幾重の羽根は舞い散った

第23話 幾重の羽根は舞い散った

「まだまだ夜は明けねぇなァ」


「そうですね」


紺色から紫に変化していく空を見上げながら呑気にそんな言葉を発した。

夜はまだ明けないと言いはしたが、どんなに願っても、どんなに祈っても、夜というのは必ず明ける。太陽が顔を出し、街を照らすのもそう時間は掛からないだろう。


「なァ? お前もそうは思わねぇか? 前国王サマよ」


「な、何が目的だ! レイヴン・クロウ! それにスパロウのところの女も! 王室を守るのが貴様らの仕事だろう! なのに、」


「なんで、近衛兵を殺して、自分に刃を突き立てているのか、って? そんなのひとつに決まってるだろ」


にっこりと笑った俺の発言は、前国王のあまり良くない頭でも理解出来たようだ。顔を真っ青にして震えている。

太く、醜く、肥えた豚。

そう称される程には己の欲望に忠実な男だった。

この男と少しでも血の繋がりがあると思うと吐き気がする。


「そうは思わないか? 凉萌」


「はあ、まあ。前国王には興味の欠片もありませんので」


「ま、そうだろうな」


前国王の父親はある種、国王という名前に恥じない程に妾が居た。

その内のひとりが生んだ男が凉萌の父親だ。こんな男よりも立派な人間だったのに、どうして選定されなかったのか、不思議なくらいだ。

まあ。今となっては終わった話だ。どうでも良い。


「俺は、お前にずっと聞きたかったことがあった」


「な、なんだ……っ」


怯えに顔を歪ませ、カタカタと身体を震わせる、あまりに情けない男の姿に思わず笑い出したくなった。

こんな情けない男に、カナリアは穢されたのか? と。

カナリアを責めたかったわけではない。こんな男ひとりからでも守れなかった自分を責めたくて、でも、もう終わったことなのだ。

カナリアはあの重たく黒い雲が雨粒を降らせた日に、俺の手によって死んだ。

どうして死ななければならなかったのだろうか。カナリアを手に掛けなければならなかったのだろうか。

ずっと考えていたけれども、答えは出ないままに今日という日を迎えてしまった。


「町娘を食い散らかしていた時期があっただろう? そこに、俺の婚約者だった女も居た筈だ」


「そんなもの……っ」


「知らねぇ、だなんて今更通用すると思うなよ」


こっちはしっかりと調べて来てんだからよぅ。


「俺がなんで殺したいほど憎い男の居る『王室』を守る場所を作ったか、お前分かるか?」


何度殺しても殺し足りないほど憎い男を守ってきたか、頭の悪いお前だって分かるだろうよ。


「俺は、お前を殺す為に今までお前を守ってきたんだよ」


蒼白かった顔がどんどん赤く染まっていくのを見て、俺はにんまりと笑った。

けれども次の男の言葉に、俺は呆気に取られることになる。


「貴様は、貴様達はいつもそうだ! 俺のことをいつだって馬鹿にして生きている! 俺を真に理解する存在は今までに居たことがなかった! 俺が醜いからか! 俺が肥えているからか! 俺が強欲だからか! 王とは強欲であってはならないのか!」


血反吐を吐くように叫ぶその姿の――なんと醜いことか。


「それってぇとなんだ? お前は理解者が欲しくて今まで横暴の限りを尽くしてきたと? そんな人間のどこに誰が惹かれるっていうんだ? 俺はまったく惹かれないね。むしろ嫌悪感さえ抱いたくらいだ」


「貴様に何が分かると言うのだ!」


「分からねぇよ、分からねぇけど。これだけは分かる」


一拍置いて、俺は静かに言い放った。


「俺はお前が大嫌いだ。だから殺す」


息を飲んで辺りを見渡して、自分を助けてくれる者を探す愚かな様を見ながら。俺は前国王に近付いていく。

コツリ、コツリと靴が大理石を叩く音が部屋に響く。

ようやくだ。ようやく、俺の復讐劇が――終わる。

腰に巻いたベルトに下げた鞘から刃を抜いて、男の首に突き付ける。


「終わりにしよう」

その言葉ひとつで、すべては終わった。


――すべて、終わる筈だった。


「……なんで止めた」

凉萌。と女の名前を口の中で転がすように呼んだ。

前国王の首を刎ねる筈だった俺の剣を受けたのは、俺が与え俺が教え込んだ凉萌の細身の剣。

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