一章 サラブレッドの王様 1
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町村優駿は見知らぬ部屋で目を覚ました。
真っ白な天井と蛍光灯を暫くのあいだ意味もなく見比べて、自分の置かれている状況を確かめるべく辺りを見回してみた。右側にはよく医療ドラマで散見されるような脈拍計らしき物が置かれ、左側には点滴のスタンドがある。その管が左腕に繋がっている事に気付き、町村は自分に何が起こったのかを思い出した。
マリモナインで最後の直線に入ったとき、手前の馬が寄れてマリモの脚が掬われた。
折角いい手応えであそこまで行ったのに——勝ち負け出来る勝負になるだろうと確信していただけに悔しさも一入だった。
あれからどれくらい眠っていたのだろう。自分が落馬して病院に担ぎ込まれたのはわかるが、日時を知ることの出来る物が無い。端末は何処だろう、と身体を起こしがてらに手足の無事を確認していると、病室の戸が開いた。
「あら、あんた起きてたの」母の早苗だった。
「今日って何日?」
「開口一番に訊くことがそれなの?」
「マリモは無事?」
無頓着も良いところだ、と早苗は米神を押さえてため息をついた。
「母さんは馬の事なんかわかりません。あんた自分が何日意識なかったと思ってるの? 三日よ三日! ちょっとは自分の心配や回りへの配慮とかできないの。母さんずっとつききっりだったんだからね。ああもう血圧上がる。こんな危ない仕事……あんたまだ若いんだから、今から専門学校行って、真っ当な仕事探す手だってあるでしょう。父さんもユウがその気なら口利きしてくれるって言ってるんだから。おじいちゃんに気を遣う必要なんて無いんだからね。あんたの人生なんだから。ああもうこんな時間。早く先生呼んでこなくちゃ――」
母親はいつもこうだった。
競馬をギャンブルとしての一面でしか捉えず、騎手という職業についても悪人面した金持ちの余興の駒みたいな見方をしている。それ故にギャンブルという『悪い世界』で息子が命がけのレースに挑む姿を良く思っていないのだ。
そんな母を説得しようと、競馬はロマン、競馬は夢、なんてこの業界の常套句を並べてはみたものの、自分自身に実感のない空虚な言葉には何の力もなく、騎手になった今でも、母に心変わりさせるような言葉は思いついていない。
それは、まあ良い。口うるさいだけで済むのだから。
自分は何よりもまず、町村
東京優駿——日本ダービー。
全てのホースマンが憧れる競馬界の祭典にして頂点。
このレースに勝てたらなら、競馬を辞めても良いと豪語する騎手や調教師は数多い。
それだけ、ダービーに勝つのは難しい。長年騎手として活躍してきた祖父でさえ、ダービージョッキーになることなく引退している。祖父はその夢を自分に託したのだろうが、いい迷惑だった。こんな名前をしていたら、ダービーを獲らなければ一生馬鹿にされてしまうではないか。
とは言っても、当初の反骨心すら薄れさせる低調な成績が、最近ではモチベーションまで引き下げて、母の話に耳を貸そうかなんて気の迷いすら起こり始めている。
今が正念場だった。
医者の話では、身体に外傷は全く見あたらないそうだ。
落馬して三日も眠っていた割には、打ち身らしい痛みも無く、歩行についても問題ない。
日常生活にはすぐにでも戻れるそうで、念のために二日ほど大事を取って検査入院を経て退院した。
それにしても、医者が首を傾げるほど自分の身体に落馬の影響は見られない。
何やら長い夢を見ていた気もするが、その内容がどうしても思い出せなかった。
とても大事な事だったような、そうでもないような。
一先ず無事を報告しなければと、中央競馬のNRAに電話を入れてみたのだが、どうにも煮え切らない対応だった。
『はい替わりました……えぇ、そう、そうですね、町村騎手。お元気そうで良かった。落馬されたんですよね、え、えぇ……あーはい。うん? いやいや、何でもありません。憶えています。ちょっと記録の方が、PCがおかしいのかな、いえこちらの話しです。しかしですね、落馬の影響がどこに出てくるかわかりませんから、復帰はしばらく――』
と、『待った』が掛かってしまった。
担当者の妙な歯切れの悪さに首を傾げ、町村はため息をついた。
少なくとも一、二週は出走してはならないと電話越しに通達され、自分の数少ない乗鞍が減ってしまった。今現在の予定では、今月中に自分が乗れる馬はゼロ。
馬に乗れない騎手ほど惨めなものはない。が、それでも仕事はある。
レースに出走する馬の調教に乗って、調教手当で少しでも稼がなければ。
賞金を稼ぐ機会が無いのだから、ぶつくさ文句を垂れていても仕方ない。
三日ほど実家で骨休めをして、小言が酷い母と、負け犬とからかう妹の居る生活にうんざりしたところで、茨城県美浦村にあるミホ・トレーニングセンターへと戻った。
トレーニングセンターとは、競走馬を育成するための訓練施設だ。
調教師がここに厩舎を開き、競走馬を持ちたい馬主から馬を預けて貰うことで仕事として成り立っており、一七〇〇頭を超える馬がここで調教を受けている。
馬だけではなく、敷地内には馬を直接管理する厩務員、騎手、施設の職員、NRA職員など、彼らとその家族も生活している。このトレセン(トレーニングセンター)自体が、一つの集落、村のようなものだ。ここに、競走馬たちの調教に用いるコースが加わる為、総面積が二二四万平方メートルという広大な施設になっている。
昼時。
馬の調教は朝早くに行われるため、この時間では厩舎スタッフは帰宅している者が多い。午後からは馬の健康状態ををチェックしたり、状態に合わせて軽い運動をさせたり、調教方針などの確認をするスタッフミーティングが行われる。
なのでこの時間では誰も居ないかも――そう思いつつも、町村は所属している厩舎へと向かった。
施設内での制限時速は二〇キロ、馬優先が掲げられる独特な雰囲気の道路。
住宅街の一般道のように見えても、そこら中に馬の匂いが漂う特異な空間。
たった一週間離れていただけなのに、既に懐かしさが込み上げてくる。
町村は独身寮から取ってきた電動スクーターで人も疎らな道を進んだ。
断っておくと、徒歩での移動はオススメしない。
良くある東京ドーム換算で言えば、四八個分に相当するからだ。
同じ造りをした幾つもの厩舎を通り過ぎ、トレセンの最奥にある厩舎までやってくると、小野寺と書かれた表札を門柱に掛けた厩舎に到着した。
小野寺厩舎は、町村がデビューと同時に所属した初めての厩舎だ。
何でも、この厩舎の調教師である小野寺勲は、厩舎立ち上げの際に元騎手でもあった祖父——町村正治に世話になったそうだ。
その縁で、言ってしまえば『コネ』で、競馬学校卒業と同時にこの厩舎の世話になっている。その恩を騎乗で返そうと思って早五年、返せそうに無いのが勝負事である競馬の難しいところだった。
町村は厩舎前でスクーターを止めると、手押しで敷居を跨いで事務所に止めた。
「やっぱ誰も居ないか」
事務所の窓を覗き込んでみたがもぬけの殻だ。
厩舎からも物音一つ無い。
普段なら寂しがり屋が厩務員に構って欲しくて嘶いていたり、こらえ性の無いやつが馬房を蹴りつけていたするが、今日はどうしたのだろう。
まさか乗り役の騎手が居なくなった所為で、電撃廃業に追い込まれたのでは——と、うだつの上がらないサラリーマン風の調教師である小野寺の顔が思い浮かぶ。
良く言えば、人の良さそうな——悪く言えば、万年課長のような哀愁を帯びた顔だ。
カッポ、カッポ——と、背後から地面を踏む馬の足音が聞こえ、反射的に振り向くと、ブルフフフ——と鼻を鳴らした馬の顔が目の前にあった。
額に白い流星が綺麗に流れる鹿毛の馬は、町村の顔に鼻を近づけてブホ、ブホと匂いを嗅いでくる。
馬自体に動じる事は無かったが、鞍上から掛けられた声に身体が硬くなった。
「誰かと思った。生きてたんだ、ダビ夫」
「げっ、香澄」
「なにさ、げって」
自分をダビ夫呼ばわりしてきたヘルメットとプロテクター姿の鞍上は、小野寺香澄。
アイドル顔負けの整った目鼻立ちを日に焼いて、ダメージ入りのジーンズから零れる素肌が眩しい。これが騎手であったなら、メディアが殺到するような美少女ジョッキーとして特集が組まれていたであろう。
厩舎街のアイドル的な存在だが……。
しかし——町村は彼女が苦手だった。
中学生と見紛う程に小柄な香澄だが、歴とした厩舎の職員で、持ち乗り調教助手という馬の世話と調教を同時にこなす職人である。名字からも分かる通り、調教師である小野寺勲の娘。言ってしまえば、社長令嬢だった。
それも近づきがたい要素だが、なんと言っても彼女は、愛想というものが微塵もない。体内にある愛想成分を全て馬の飼い葉に注いでしまっている。寝ても覚めても馬のことばかりで、対人関係が欠落した、見事なまでのホースマンだった。
「あのさ、それ止めろって言ってるじゃん。一応年上なんだけど、おれ」
「早く生まれただけでレースに勝てるなら苦労しない。認めて欲しかったら結果だしなよ」
ね、愛想無いでしょ?。
こんな性格のせいで、彼女を狙う若い連中は突破口を見出せていないらしい。
自分はと言えば、祖父の関係で昔から小野寺家と親交があり、彼女が超絶無愛想人間であることを知っていた。
それに、香澄の担当馬に乗ることも無かった。
同じ厩舎で働いていても、これまで仕事であまり接点は無かったのだ。
「そうだ。あんた入院したからみんな大変だったんだよ。あっちこっち駆け回って頭下げて乗り役を融通して貰ってたんだ。ちゃんとお礼しときな」
「言われなくったってそのつもりだよ! 母ちゃんかお前は!」
「あんま大きい声出さないでよ。馬がビックリする。ほら、さっさと退いてよ」
路傍の石でもどけろと言った無感情な声と、指先だけで香澄は指図した。
そんな突っけんどんな態度をしなくても良いじゃないか、と町村は渋々道を譲る。
香澄が手綱を引いて、馬を洗う洗い場へと向かう最中にはたと思った。
「そう言えば珍しいな、こんな時間まで。いつも時間守ってキッチリ仕事してるのにさ」
厩舎やトレセンの様子を見たとおり、ほぼ全ての厩舎が午前の仕事を切り上げている。馬に関しては地下鉄のダイヤよりも正確さを求める香澄だが、今日は寝坊でもしたのだろうか。
「……ちょっと、手の掛かる子が入ってきて、時間が押しただけ」
「ふぅん。あ、そうだ。マリモナインがどうなったのか教えてくれない? NRAの事務所に電話したときに聞きそびれちゃってさ。ネットでも情報が出てこないんだよ」
「まりもないん……? 知らない。そら、ライラック、シャワーするよ」
と、彼女は馬を進めてそのまま洗い場に消えていった。
「知らないってこたぁ——無いだろがよ。可愛くねぇ」
香澄が無愛想なのは昔からだが、幼稚な嫌がらせをして人を不快にするような真似はしない。馬の安否に関わる情報を隠すことは無いはずだ。
だとしたら——自分が何か彼女を怒らせるようなことをしたのだろうか。
確かにあの落馬事故は多少こちらにも責任があったかもしれないが、あの時は追うのが正解だったはず。馬がヘトヘトになって寄れてしまうほど追っていた騎手が悪い。
釈然としない感情を腹に溜め込み、町村は悶々としながら厩舎の方へと足を向けた。
厩舎の中、馬とボロ(馬糞)が入り交じる独特の臭気を久々に嗅いで、町村は頭がクラクラした。その強烈な匂いの中、ふと、これまで考えていたマリモナインの姿がぼやけていく。あの馬は、いったい何処の厩舎に所属していた馬だっただろう。
毛色は――脚質は――血統は。
「あれ?」
マリモナインとは――何だっただろう。
記憶が定かでは無い。意識が遠退く。耳鳴りが酷い――。
ブルフフフ。
馬房から顔を突き出し、鼻を鳴らした馬に気づいて我に返った。
その一頭の馬は町村のシャツの裾に噛みつくと、その場に止めようとしているみたいだ。
「おい、何だよ。飯はちゃんと食ったんだろ」
馬の額を撫でてやるが、甘えている訳ではなさそうだった。
ジッと、厩舎の奥を見据えてもう一度鼻を鳴らし、彼は町村の服を放した。
それから後退ると、またジッと町村を見つめている。何か様子がおかしかった。
馬体に異常があるわけでは無さそうだし、獣医を呼ぶ必要があるとも思えない。
馬は何かして欲しいことがある際、前肢の脚を上げ下げする前掻きをする習性があるのだが、要求があるわけでは無さそうだ。
隣の馬房からも一頭の馬が首を伸ばして町村を見留めると、彼もまた厩舎の奥を見据え、首を引っ込めてしまった。
奥に何かあるのか?
直感的にそう思った矢先、一番奥の馬房から物音がする。他の馬たちが静か過ぎるほどに静かなので、馬の寝床である敷料を引っ掻く音まで良く聞こえてきた。
そう言えば先ほど、かすみが新しい子がどうのと言っていた。
最近入厩した馬のことだろうが、問題児であることは彼女の様子から明白だ。
もしかすると盛大に暴れて、この厩舎の格付けでボスにまでのし上がってしまったのだろうか。だとしたら、人間にも刃向かう可能性がある。
厩舎スタッフまで舐められては、大事故に発展しかねない。
「しゃーない、見てみるか」
今の内に誰が主人なのか、立場をはっきりさせてやらねば。
そう勇み、町村は問題児が居るであろう一番奥の馬房へと向かった。
彼が馬房を覗こうとした矢先、中から前掻きをして敷料を掻きむしる音が立ち、ブルルと鼻が鳴らされた。
「――」
最奥にある馬房の前に立ったとき、町村はその有るはずのない光景に目を疑った。
馬房には一頭のサラブレッドが静かに佇み、背後の採光窓から差しこむ日差しが後光のようにこの馬を包み込む。日差しを照り返すのは馬着というにはあまりにも優雅と滑稽さを併せ持つ深紅のビロードのマント、そして黄金に輝く両耳の間に置かれた小さな王冠。
なぜ――どうして――。
記憶の奥底から噴き上があがる夢の情景。馬の王国での出来事が甦る。
額に輝く星の白斑が入った鹿毛、マントと王冠を身につけ、威厳を湛えるその双眸。
間違いなくこの馬は、夢で出会ったサラブレッドの王――。
「オベイロン」
自分の口から衝いて出た王の名、咄嗟に馬房のネームプレートに目を走らせる。
そこには確かに『キングオベイロン』と記載されていたのである。
町村は混乱した。自分は白昼夢を見ているのか、それとも夢が現実になったのか――。はたまた、夢という形をとった虫の知らせ的な物なのだろうか。
あの出来事が夢であることに疑いはないが、虫の知らせにしたってこの格好は無い。
祭事で馬を着飾る風習は日本各地に有るが、高価な現役の競走馬にこんなコスプレをさせる厩舎なんて聞いたことがない。
「何がどうなってんだ」
呆然として町村がオベイロンを見つめていると、馬蹄の音が近づいてきた。
洗い場に居た香澄がライラックを曳いて厩舎に帰ってきたのだ。
「何さ、あんたまだ居たの? こんなとこで油売ってる暇あったら、馬乗せて貰えるように営業でもしてきたら良いのに」
「あ、あのさ! この馬――」
「オベイロン? 新しい子だけど。あっ! やっぱり、ぜんぜん飼い葉減ってないしぃ。あんた何で食べないのさ。もう、どうすっかな」
香澄は嘆息して踵を返すと、一先ずオベイロンの斜め手前にある馬房へとライラックを誘導し、馬装を外し始めた。あっさりと流されてしまったが、オベイロンの珍妙さはそんな生易しい態度で流されるものではない。
後先のことなど考えず、町村はもどかしさから香澄に追いすがるように訊ねた。
「この馬喋らなかった?」
その時、厩舎が静まりかえった。
香澄は降ろした鞍を抱えたまま固まり、哀れむような顔を向けてくる。
「馬鹿だとは思ってたけどさ、落馬してとうとうキちゃった? 病院に戻る?」
当たり前の反応を前に、自分が馬鹿な事を口走っていることに気がづいた。
若干頬が熱くなるのを感じながら、体裁を保とうと口早に話題をねじ曲げていく。
「違うって! そう言うんじゃなくて、だってほら、見ろよこの格好。こんなのあり得ないだろう!?」
競走馬は自分たちのペットではなく、オーナーである馬主の所有物だ。それを勝手にこんな風に着飾っていることが知られれば、もう小野寺厩舎は誰からも馬を預けて貰えずに廃業の憂き目に遭うだろう。それだけ、この行為は危険を孕んでいた。
「あり得ないも何も、この子は馬運車から下りて来た時からこの格好だったし、外そうとすると怒るんだもの。馬主さんはうちの方針に任せてくれるらしいし、落ち着くまでは好きにさせとくわ」
「なる……ほど」
町村は得心いった。
馬主の仕業だとしたら、こちらも強くは言えない。
しかしこんな格好が気に入るだなんて、変わった馬も居たものだ。
普通、犬でも猫でも、馬であっても、動物は衣服を纏わされるのは嫌がる物だと思っていたが……。
それにしても、と香澄が馬房から首を出すオベイロンの額を撫でた。
「どうしてお前は飼い葉を食べないの? そんなんじゃ、今にガリガリになっちゃうぞ」
ため息交じりにはき出された言葉に吊られ、改めてオベイロンの全身を見回した。
王冠とマントがあまりにも印象的過ぎるせいで気づけなかったが、オベイロンの馬体は随分とやせ細っていた。
夢の中で見たキングオベイロンの馬体は、ギリシャ彫刻もかくやという様な肉体美で、盛り上がる筋肉から発せられる威圧感が尋常ではなかったのだ。
しかしこちらのキングオベイロンは、マントに身体がすっぽり隠れてしまうほどの痩せ馬だった。
「これって新馬?」
「一応、二歳だけど、岩手からの転厩馬でレースは使ってる。今はこんなだけど、デビューから連闘しててもう三勝上げてるんだからすごいっしょ。強い馬だよ。あたしはこの子ならクラシック行けると思ってるんだけど……それどころじゃないもんね。さっぱし飼い葉も食わんし水も飲まんの。見てよこの寝藁、昨日から綺麗なまんま」
香澄に言われて視線を落とすと、確かに敷き料には全く汚れがない。
馬房は馬にとって寝室であり、食堂であり、トイレでもある。
馬たちは自分の寝床で用を足さなければならないので、定期的な馬房の掃除は必須だ。馬たちも、自分の汚物で汚れた部屋なんて御免なわけで、前掻きをして掃除を要求する馬だっている。何が言いたいかというと、キングオベイロンは排泄が出来てないのだ。
「このままじゃダメだなぁ。移動が辛かったから食欲が湧かないってことならわかるけど、水も飲まないのはダメ。獣医さんに連絡してくる。あたしがいない間にオベイロンに変なことしないでよね。あたしの担当馬なんだから」
「そんなことしねぇよ」
あっそ、と素っ気なく香澄は踵を返して厩舎を出て行った。
まさかこの馬が香澄の担当とは思わなかった。
だがあの香澄の肝いりというからには、やはり素質馬なのだろう。自分には縁がないな、と独り言ちた町村は元気のなさそうなオベイロンの広い額を撫でた。
「どうしてメシ食わないんだよ、お前。骨と皮だけになっちまうぞ」
「そのようなこと、余に言われてもわからぬ」
「――」
えぇ……。
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