第27話 勇者様の正体

 薄暗く狭い小屋の一角。高く積まれた干草に寄り掛かりながら、一花はこの空間で唯一外を覗けるドアに作られた木の格子を眺めていた。

 薄雲が風に流されているのが見える。


「もうすぐ夕暮れか」

 外はやけに静かだった。不気味なぐらいに。

 あれからすぐにこの小屋の中に閉じ込められた一花は、暁斗がどうなったのかもわからないまま数時間を過ごした。

 大声を出し過ぎて声は掠れ気味だし、ドアに体当たりし過ぎて疲れてしまった。


(暁ちゃん、どうなるのかな。やっぱりこのまま……)

 嫌な想像が頭を過り、一花はぶんぶんと首を横に振ってその想像を払う。

 雅の話では、まず村長の元へ連れて行かなければならないと言っていた。

 ここでは情報が入ってこないことを歯痒く思っていると、足音が近付いてくるのが聞こえた。一花はぐったりとしながらも耳を澄ませる。


 するとすぐにドアに付けられた四角い格子の窓から、みたくない顔が覗いて見えた。

「ご機嫌いかがですか、美しい人」

「最っっ悪の気分です」

 沈んでる気持ちを曝け出すのは悔しいので飛びっきりの笑顔で答えてやった。


「そうですか、お可哀相に。けれどもうじきあの妖魔は退治されます。ふふ、そうなればキミの気も変わるでしょう」

 一花はその言葉に立ち上がると、ドア越しに雅を睨み格子を掴んで訴えた。


「なんの罪もない彼に、そんなことして良心が痛まないの?」

「ええ、痛みませんね」

「なぜなら――そうしてあなたは、自分の罪を隠すことができるから?」

「っ!」

 余裕を見せていた雅の表情が一瞬引き攣ったのを、一花は見逃さない。


「やっぱり……あなた、人間じゃないのね」

「なぜ、そう思うのですか?」

「わたし魔除けの石を持っているの。あなたに触れられるたび、それが反応してる」

 一花は服越しに胸にある勾玉の石を握りしめた。


 先程妖魔に襲われた時、勾玉が反応しているのを見て思い出したのだ。

 この石には魔除けの力がある。持ち主を守ってくれると祖母に聞かされたことを。

 その時は半信半疑だったが、この石はもう何度も一花を助けてくれた。


「ずっとおかしいと思ってた。随分と都合の良いように、暁ちゃんに疑いの目が向けられるように話が進んでるみたいだって」

「そうですか。ですが、百歩譲ってボクが妖魔だったとして、彼を陥れた証拠がありますか? 全てはキミの都合のいい妄想でしかない」


「でも、あなた怪しすぎる。退魔師だなんて嘘っぽい」

「クク、可愛い人だ。けれど何事も怪しいだけでは裁けない。証拠がなければ」

 その通りだった。なんの証拠もない。


「ははははは、安心して。暁斗を退治したら、キミももう、くだらないことで頭を悩ませることはなくなるさ。いや……ボクがそうなるようにしてあげるよ」

 高らかに笑うと雅は小屋を後にした。

 そのすぐ後にまた誰かが近付いてくる気配がする。どうやら雅の差し金で見張り役がやってきたようだ。


 背伸びして格子の外を覗くと、ドアの横には図体だけは男らしい小五郎が薙刀を持って立っている。

「ごきげんよう、ぼっちゃま」

 わざと意地悪な口調で絡むと、小五郎は肩を竦めて期待通りの反応をみせた。


「ふ、ふん。雅様に刃向ったりするから、そんな目に遭うんだ」

「すっかり雅さんの言いなりなんだ。手下にでもなったつもり?」

「そ、そんなんじゃないやい。雅様は良い人なんだ。オラは暁斗の退治が済むまでアンタを見張ってるだけでいいって。それだけで、危険な妖魔退治は全部自分が引き受けるって」


「……バカ、バカバカ!」

「な、なんだよぅ!」

 一瞬怯んだ小五郎だが、逃げ腰ながらも言い返そうとしてくる。

「昼間話した事忘れちゃったの? このままじゃ、あなたは手柄を全部雅さんに取られてこの村を追い出されちゃうんだよ」


「……それは、それでいいかなって。オラ、思ったんだ」

 もごもごと耳を澄ませなければ聞こえないような声で小五郎が言う。

「いいわけないじゃない! 自分の居場所を取られちゃうんだよ!」

「でも! その代り、もう危険な目に遭うこともなくなるじゃないか」


 このまま逃げ出すのかと言いたくなったが、小五郎の気持ちも本当は分からなくもなくて一花は口を噤んだ。


「オラ、村を出ようと思うんだ。もうこの村にオラは必要ない。山奥に小さな家でも建てて、一人じゃ寂しいから、その、千世と佳世も一緒にそこで静かに暮らせればそれでいいかなって」

「……クマが出そうな山奥の、それも滝の近くに家を建てるつもりでしょう。そのせいで百年後にあなたの子孫は洪水で家が流され一文無しになるんだから!」


「な、なにを縁起でもないこと言わないでくれ」

「縁起でもない実話になるんです!」

 こんなしょうもない口論をしている場合ではないのに、このままじゃらちがあかない。


 今頃、どんな扱いをされているのか。捕まっている暁斗のことを思い、一花は深く溜息を吐いた。

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