【15】 セクハラ
峠から退散し、下ってきた先にある自販機のあるスペースにバイクを止め、和也は一匹女狼と一緒にいた。周りでは同じように上から退散してきた走り屋たちがたむろっていた。
「いやぁ、今日も来たねぇ」
たまり場から退散する原因になった車は、この時間帯になると来る。その場で何をするわけでもなく、だべっている連中を適当に蹴散らすのだが。
「まぁ、毎度のことですしね」
「流石に少し控えないとね。目ぇつけられ始めるかもね」
あまりにも頻繁にこういったことが起きると、最悪あの峠がバイク禁止にでもなってしまう。限度が大切だ。
「タイヤがもうそろそろやばいかも。スリップサイン出始めてる」
一匹女狼は自分のバイクのリアタイヤの傍にしゃがみ込み、タイヤを撫でている。
「え?もうですか?最近替えたって言ってましたやん」
「単位取り終わった大学生は暇でね。最近はサーキットにも行き始めたのですよ」
「ほ~!ついにサーキットデビューですか」
「小さいサーキットだけどね」
埼玉や山梨にあるサーキットの名前を出す。それなりに有名で、和也も過去に数度走ったことのあるサーキットだった。
「予想以上に減りが速くてさ。高い買い物だけどまた買いに行かなくちゃね」
グリップ力の高いタイヤは性能はいいが寿命は短い。サーキットで走り込むとしたら公道で走るよりも寿命はすぐに縮まる。
そうは言っても楽しそうに話す彼女を見て、以前から思っていたことを質問する。
「女狼さんて・・・」
「ん~?」
「彼氏とかいないんスか?」
女狼はきょとんとする。
和也と女狼はそれなりに仲はいい方だ。しかし、これまでこういったプライベートに踏み込んだ質問をしたことはない。
女狼も予想外の質問に驚いているのか、少しの間、固まっていた。
周りの連中も聞き耳を立てているのか、少し静かになっているのが分かった。
しかし、女狼はすぐにいたずらっぽい顔になり、ニヤニヤする。この表情も彼女らしいものになってきた。
「なぁに?あたしのそういうことに興味あんの?」
「え、まぁ・・・」
「え~?ねぇねぇ、この子が私に彼氏いるかだって!」
女狼はけらけら笑いながら、隣にいた走り屋の連れらしき女性に笑いかけた。和也よりも年上に見えた。
「お年頃だしねぇ」
「気になっちゃうよねぇ!!」
和也の気を知ってか知らずか、和也をからかう。
年上の女性にいじられる恥ずかしさから、和也はふてくされたような顔になる。
「ごめんって」
女狼のことだ。その質問に深い意味がないことは分かっているだろう。
「冗談きついっすよ」
「いや、どういう意味よ!」
女狼は和也の肩を小突きながら笑う。
「本当に単純にそう思っただけですよ。彼氏がいたらバイクにここまで時間もお金もかけられないと思うんですよね」
バイクは普通に乗っているだけでもそれなりにお金がかかる。加えて、サーキットを走るのだってタダではない。タイヤだってここまで消耗の激しい使い方をしているのなら、ひと夏で交換一回では済まないだろう。他の消耗品の交換ペースだってかなり早いはずだ。ガソリン代だって馬鹿にならない。
それに、恋人がいれば土日祝日には共に出かけるものではないのだろうか。恋愛経験の浅い和也にはよくわからないが、そういうものではないのだろか。暇さえあればバイクに乗っているイメージのある女狼はデートする時間はあるのだろうか。
「今はフリーだよ」
時間やお金の問題は置いておいて、一匹女狼は外見は非常にきれいな人だ。暑苦しいバイクにまたがりヘルメットを被って汗にまみれても、それさえも見る人によっては妖艶に見えなくもない。私服がどんな風なのかは知らないが、何を着てもきれいでオシャレなのだろう。その陽気な性格でどんな男性とでも打ち解けるだろう。
周りの男連中がほっとくはずがないと思うのだが。
しかし、恋愛というのは一方的なものではない。男がアプローチをかけても一匹女狼にその気がなければ恋仲にはなれない。ともなれば、彼女には今は恋愛する気がないということだろう。
「そうですか」
「うん。だからこの後、一晩どおぉ?」
人をからかうのが好きな人だ。この先にある妖艶な光で包まれた建物を親指でクイッと指さしながらニマニマ見てくるが、今度は鼻で笑ってやる。男相手ならこういうことを言ってもいいと思っているのだろうか。和也の中の一匹女狼に対する評価に、下品という項目が追加された。
周りの男連中が再びがやがや話し始めた。聞き耳を立てていたのがバレバレだ。もしかしたらこれから彼女にアプローチをかける男が出てくるかもしれない。
「まぁ、そんな話は置いといて、私は明日にでもレブル行こうかな。いや、もう今日か」
レブルとは、一匹女郎の行きつけのバイク屋さんだ。和也が通学に利用する駅の近くに店を構えており、和也も頻繁に利用する。
「マジすか。俺も今日オイル交換しに行こうかと思ってたんですよ」
「ほんと?」
「はい。女狼さんが来る前に行かないと待たされそうなんで早めに行きますね」
「え~」
和也は過去に、一匹女狼がタイヤ代と工賃について店主相手に熱弁していたせいで時間的に大幅に遅らされたことがあるので、今回は先に行って済ませておこうかと思った。
「待っててくれてもいいんだよ?」
「いや、俺はそのあと夕方にバイトがあるんで」
「バイト先に押しかけてやる!!」
話し込んでいるうちに空には雲が漂い始め、じめじめした風が吹き始めていた。遠くの方から雷の低い音が聞こえる。走っている間に降ってこなくてよかった。今なら家に着くまでには雨に打たれなくて済みそうだ。
周りでだべっていた他の面々も次第に帰り始めた。
和也と一匹女狼もそれに混ざって帰路につき、流れ解散となった。
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