【12】 夏期講習

 和也は、今日もバイトであった。学校がない日は、バイトかバイクか勉強に限る。夏休み中ともなると、それしかやることがなかった。時たま、明人が遊びの誘いをしてくることもあるが、本当に都合が合わないので大抵は断ることが多い。それを信じない明人は家まで押しかけてくることあったが、そのときは家に招き入れて適当に相手をし、時間になったら帰ってもらった。

 夜の営業時間も終わり、和也は麗奈と閉店作業をしていた。

「あの・・・」

「ん?」

 麗奈が話しかけてきた。

「前回はありがとうございました」

 前回というのは、麗奈が変な中年に絡まれていた時のことであろう。風邪の影響もあって仕事でミスをしてその中年にいびられていた時に、和也が助ける形でその場を請け負ったのだ。和也からすれば、こんなに律義に礼を言われなくても大して気にしていなかったのだが。というよりも、つい最近のことにも関わらず既に忘れてさえいた。

「ああ。そんなに気にしなくてもいいよ。俺なんか何回ミスしたかもわからんし」

「それはそれでヤバい気がしますけど・・・。とにかく、ありがとうございました。埋め合わせは必ずしますんで」

「律儀やなぁ」

 会話しながら、カウンターの後ろにあるゴミ箱の袋を二人で手分けしながら回収する。

 今日の和也と麗奈の業務は、店内にある三つのレジ群のうちの一つである中央レジを担当するものであった。普段は中央レジは女の子のバイトかパートのおばちゃんたちが担当するのが普通であったが、今日はたまたまパート組が全員不在であったために、男バイトである和也が中央レジに派遣された。夕方の時間帯はそれなりにお客さんの数も多いので長々と会話することはできないが、もう営業時間を過ぎていて後はのんびり片づけをするだけなので、言葉も自然と多くなるものであった。

 すべての閉店作業が終わった従業員は事務所に戻り、帰る準備をする。ロッカーにエプロンと自前の備品を放り込む。

 自販機でキンキンに冷えたコーラを買って小休憩していると、ベテラン従業員のおじさんから声がかかる。

「俺見たよぉ。この前変な客に絡まれてたでしょ~」

 茶化すような感じで言ってくる。誰にも見られていないと思っていたが、どうやらどこからか一部始終を見ていたようだ。

「えぇ、見てたんスか」

「見てた見てた。あ~またやってるよって思いながらねぇ」

「お客さんからダル絡みされること自体はそんな多くないんですけど! てか見てたんなら助けてくださいよ。俺泣きそうになってたんですから」

 泣きそうになどなっていないことは互いに分かってはいるが、笑い話にするために話を盛る。

「いやぁ、ベテランの和也様なら大丈夫でしょ」

「ベテランなら、まずあんなことにはならないでしょうに」

「確かに」

 おじさんは笑いながら奥へと引っ込んでいった。

 SNSでバイクレースの情報を読んでいると、麗奈から声がかかる。

「この後時間あります?ごはん行きませんか?」

「んん?あぁ、そうねぇ・・・」

 和也は、今日の昼頃に見た天気予報を思い出す。雨は降ることはないようだが、今日はバイクに乗るのはなんとなく気分が乗らない気がする。しかも今日は風が異様に強い。いくら天気自体が良くても、風に煽られながら乗るのは気持ちのいいものではない。財布の中身も休ませる必要もあるだろう。

「そうだね。行こうか」

「はい。ありがとうございます」

 帰り支度を終え、世間話をしながらファミレスへと向かった。



 仕事終わりに飲むコーラは本当においしい。仕事中も飲めないわけではないが、それとこれとは別だ。面倒ごとが全て終わったからこそ、身に染みるのだ。

 中年みたいな声を出して、ドリンクバーで注いできたきたコーラを飲み干した。料理自体はまだ頼んでいないので、テーブルにあるのは二人分のグラスだけだ。

「将来、結構な酒飲みオヤジにでもなりそうですよね」

 オレンジジュースをちびちび飲みながら、麗奈は呆れたように言う。

「いや、いつか分かるときがくるはずだよ」

「言う事もオヤジっぽいんですね・・・」

 麗奈は言いながら手帳を取り出し、何やら書き込んでいる。

「ん~?女の子はやっぱり手帳が必須なのかね、お嬢さん?忙しそうだねぇ」

 遠目からでは何が書いてあるかは分からないが、見た感じでは割と忙しそうだ。 

「酔っ払いのつもりですか。夏休み中は夏期講習に通ってるので多少の忙しさはあるんですよ」

「夏期講習?塾行ってんの?」

「はい。今は夏限定ですけど。先輩もそろそろ通った方がよくないですか?」

「塾ねぇ・・・」

 まだ本格的にやるような時期ではない。一応、普段から勉強はやっているつもりでだが、受験が目先にあるような学年ではないのだ。今から塾に通うというのは少し早すぎるような気がした。ましてや、麗奈は和也の一個下の学年だ。随分と準備が早い。

「行ってて損はないですよ」

「まぁ、もう少ししたら考え始めるさ。流石にまだ早すぎる」

「そうですか。いい塾紹介するので、その時は言ってくださいね」

 麗奈はいたずらっぽく笑う。

「さては営業だな?」

「さぁ?」

 麗奈はメニューを手に取る。

「今日は奢りますんで。好きなの頼んでください」

「え?なんで?」

「埋め合わせというか、お詫びというか・・・」

 流石に何のことを言っているか、和也でも分かる。分かるが、本当に律義すぎると思った。

「いや、マジで気にしないでいいってば。後輩から奢られるってのも、なんかもやもやするし」

「まぁ、そう言わないでください。私なりにけじめを付けたいだけですから」

「そっか・・・」

 彼女がそれでいいと言うのなら、きっとそれでいいのだろう。それに変に断り続けるのもかえって空気を悪くしそうな気もする。

「・・・じゃぁ、今日はそうしてもらおうかな」

「はい」

 和也はハンバーグとライスを注文した。一応、控え目の値段のものにしたつもりだが、やっぱり少し歯がゆい感じがする。麗奈はスパゲッティを注文したようだ。

 少し話をした後、和也は席を立ってトイレに向かう。ドリンクバーに少し先にあるドアに向かう。

 すると、見覚えのある姿が目に入った。ドアから出てきたのは、派手な見た目の子。着崩した制服でギリギリのスカート。

 椎尾七葉だった。

 




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