胸の内の化け物

 合コンメンバーは全員で八人。男女四人ずつで、男子は萩井と子亀、そして俺の他にもう一人、姫宮ひめみやうたという……未知の生物。


 生物学的にはおそらく男子。ただ、その外見は限りなく女子。男子の制服を着ているというだけで、男子だという確証が得られず、一年の頃から実は女子なのではないかと一部で噂されている。


 かくいう俺も近くで見ると男子には見えず、困惑していたり……。


 しかし、問題はそこではない。問題は姫宮が萩井と仲が良いということ。

 一年の時にはその容姿で浮いた存在だった姫宮。そんな彼に声を掛けたのはもちろん萩井大和である。


 姫宮が果たして友人枠なのか、ハーレム枠なのか、俺には関係ないが、少なくとも味方ではない。萩井一味の一人として考えるなら、俺の今の状態は四面楚歌って感じか。


 っても、元々一人でやってることだから今までと変わらない。ただ、このイベントは状況が特殊で果たして俺がどこまでコントロールできるか。


「大和君、誘ってくれてありがとう。僕、友だちとカラオケ行くの初めてなんだ」


 男子なのに思わず見とれてしまう眩しい笑顔。って、何を見蕩れてやがる。アホか俺は。


「塚本君ははじめまして! 僕は姫宮詠って言うんだ。あの……このタイミングで変な感じだけど、僕と友達になってくれませんか?」

「あ、うん。よろ、しく」


 純粋という言葉は姫宮のためにあるのかもしれない。そんなことを思わせるくらい彼の笑顔は屈託がない。


 萩井一味である以上は気を引き締めて相手しなくてはと構えるも、その無邪気そうな目を見ていると毒気が抜かれていく。

 まさか、俺の警戒心を解くためのラブコメから送り込まれた刺客か何かか?


 ……落ち着けよ俺。清水に毒されているんじゃないか?


「でも、僕全然、最近の歌とか知らないから不安だなぁ」

「安心しろ詠。俺も知らない」

「大和君も? アハハ、じゃあ、一緒に探そっか」

「そうだな」


 仲良くお喋りしながら歩く二人、その前には案内する子亀。俺はというと、最後尾で引っ付いて歩いているだけ、なんて疎外感。でも、話しかけられないのは好都合だ。このまま俺は空気と化す。


「にしても、塚本が参加するとは思わなかったな」

「……そうか?」


 俺の話しかけるなオーラを余裕で飛び越え、萩井は話しかけて来た。わざわざ俺の隣まで来て何のつもりだ。俺はお前と仲良くお喋りなんてこれっぽっちもしたくない。


「あー、えーと、悪いとは思ったんだけど塚本が蔵内に……まぁ、ちょっと見ちゃってさ」


 何がちょっとだ。最初から最後まで見てた癖に。


「あ、いや、それでどうって話ではないんだけどな。……悪い、やっぱりどうってことあった。塚本のこと、蔵内すげぇ気にしてた。塚本は……その、彼女が出来るなら誰でも良かったのか?」


 ざわりと黒いモヤモヤがまた胸に広がる。

 憎しみというには表現が甘い、ドス黒い何か。一度は閉じ込めたはずなのに。


 一年だ。一年間、ずっと好きだった。もしも、彼女が困っていて、その場に俺がいたならそれがどんな事でも手を差し伸べられるくらいの気持ちでいた。

 だが、彼女に手を差し伸べたのは俺ではなく目の前の奴で、彼女の心を占拠するのも萩井だ。


 悔しい。悔しくてたまらない。


 彼女が出来れば誰でも良かった? なら、俺はどれだけ幸せでいられただろう。

 あの日、恋をしてしまったばかりに、胸の内にこんな化け物のような感情を住み着かせてしまった。


 いっそ殴ってしまおうか。

 蔵内さんが好きなのはお前だと、お前に蔵内さんを幸せに出来るのかと聞いてやろうか。何人もの女子を泣かせて、彼女を選んでくれるのかと。


 ……ダメだ。それをするのはタブーだ。ラブコメがどうのとかではない。

 それがもたらす結末はあまりに泣く人が多過ぎる。俺にその責任は取れない。


「お前には……関係ないだろ」

「なっ! そ、それはそうだけど……」


 飲み込めた。もう一度飲み込むことが出来た。


 くっそ、泣きそうだ。

 心の中がぐちゃぐちゃに散らかってる。

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