02 ホットケーキ

 私の名前はルーナ。兎族のルーナよ。

 今住んでいるノーティラス王国は獣人ばかりだけど、世界的に見れば獣人はマイナーな種族なの。私はここからずっと遠い人間の国で生まれたわ。そこでは獣人は差別されていて、色々思い出したくもない事件の末に私は片目を失った。


 人間の国は生きづらかったの。

 旅をして獣人の桃源郷と呼ばれるこの国に辿り着いた。


 ノーティラス王国はとても平和で自然豊かな国よ。

 この国の人達は外敵が少ないからって、平和ボケしまくってる。

 その代表があのバカ王子よ。

 どこの国に王族専有地の森を赤の他人のウサギに貸し出すバカがいるの。

 まあ、私は助かってるから、別に良いんだけどね。


 朝の日課で、外にあるニワトリ用の小屋を掃除しながら卵を拾う。ニワトリは二羽飼ってます。……駄洒落じゃないわよ!


「おっはよー、ルーナたん!」


 噂をすればバカ王子だ。

 見上げると背の高い体格の良い男が私を覗き込んでいた。

 彼は狼の獣人だけあって、筋肉質な身体と肉食獣の鋭い目つきをしている。だけど今は優しそうに目尻を下げているせいで、そんなに怖くない。王族だけあってシンプルだが品の良い服装をしているので、雰囲気も和らいでいる。

 濃い灰色の長い髪は軽く整えて脇に流し、深い森を思わせる緑の瞳は涼しげだ。

 見た目だけは合格点よね。


 そうそう、獣人は魔力が強いほど人間の姿を完璧に装えるの。

 私はウサギ耳と尻尾を丸出しだけど、彼は完璧に人間の姿だ。王族は魔力が強いらしいけど、彼も相当に強い魔力を持っているらしい。


「今日は何を作るんだ?」


 人間の姿をしてるけど、尻尾をぶんぶん振ってるように見える。

 彼、シリウスは私の作る食べ物が好きらしい。

 二~三日に一回くらいの頻度で私の住む小屋にやってくる。


 さて、今日は何を作ろうかしら。


 私はまだ温かい卵を撫でた。

 今日は卵が多いから、卵を使ったお菓子にしよう。ニワトリさんの卵は放っておくと可愛いヒヨコさんが生まれてしまう。それはそれで可愛いから良いのだけど、沢山ニワトリさんが増えたら飼いきれない。だから毎朝チェックして卵を回収しているのだ。


「朝食がまだだし、簡単なケーキを焼こうかしら」

「やったぜ」


 喜ぶシリウスを連れて家に入る。

 砂糖の代わりに蜂蜜を使おう、蜂蜜は腐るほどある。小麦粉の入った袋から適量をボールに開けて、棚から別の小瓶を取って中の粉を少し入れた。これはトロナという石をすり潰した粉だ。これを入れると焼いた時にケーキがふんわり膨らむ。

 別の器に山羊の乳を入れて、卵を割ってかき混ぜる。山羊の乳は古くなると飲めなくなるので、ちょうど良いから全部使ってしまおう。

 用意した材料を最終的に一つの大きなボールに移し入れて、滑らかになるまでよくかき混ぜる。


「火を付けといたぞー」


 ボールから顔を上げると、シリウスが暖炉に火を入れてくれていた。

 ありがとうと言いかけてやめる。わんこは褒めると図にのるに違いない。わんこじゃないけど。


「…ついでに皿を出しておいて」

「あいよ」


 感謝の言葉もなしに追加注文したにも関わらず、シリウスのテンションは下がらない。上機嫌のままだ。何なのこいつマゾなの。

 私はシリウスの視線を居心地悪く感じながら、フライパンに薄く油をひいて、先ほど練り練りしていたケーキの種を落とした。暖炉の火でフライパンを温めてケーキを焼く。

 ケーキがふっくら焼けるにつれて、美味しそうな匂いが小屋に立ち込めた。

 中まで火が通ったことを確かめると、フライパンを火から降ろす。

 シリウスが用意したお皿にケーキを移して、上にたっぷり林檎ジャムをかけた。黄金色の焦げ目が付いたケーキに、とろりと光るピンク色の林檎ジャム。ピンク色なのは、林檎の皮を煮詰めたエキスを混ぜたから。


「できたわよ」

「ルーナたんのは?」

「これから焼くわよ」


 目を輝かせてケーキを凝視するシリウス。

 実は私は別に甘いものが好物という訳ではない。

 では何故甘いものを作るのか。

 教えたらこいつはつけあがるから、絶対言わない。


 続けて二枚目のケーキを焼き上げてお皿に移す。

 私が席に付くのを待っていたシリウスと一緒に、ケーキを食べる。


「美味しい?」

「なんであんたが聞くの」


 それは作った私の台詞じゃない。

 泡のかたまりのようなフワフワのケーキは、フォークがすっと通る。口に入れると舌の上で溶けて蜂蜜の味がした。

 私は自分の皿のケーキを半分すくいあげて、シリウスの皿の上に移した。

 シリウスはもう既に自分のケーキを平らげかけている。


「いいの?!」

「私はこんなに食べないもの」


 見ているだけでお腹いっぱいよ。

 別なところも満たされるのを感じながら、頬杖をついて彼の食事の光景を眺めた。自然と口角も上がる。

 甘いケーキの匂いと、小さな窓から吹き込む爽やかな秋の風。

 今日は良い一日になりそうだ。

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