召喚士リルナのわりとノンキな冒険譚

久我拓人

プレリュード

前日譚 ~職業訓練学校卒業式~

「次、リルナ・ファーレンス君」

「はいっ」


 ガランとした教室に元気な少女の声が響いた。

 すっくと立ち上がった彼女、リルナは少し足早に教卓で待つ先生の下へと急ぐ。

 しかし、その小さなお尻に魔の手が忍び寄る。隣に座っていたお爺ちゃんは、いつものようにリルナのお尻を触ろうと手を伸ばした。


「おっと。もう触られないよーだっ!」

「ほっほっほ。良い成長じゃな。お尻も胸も小さいままじゃが」


 そんなお爺ちゃんにリルナは舌を出して、あっかんべーをしてから笑った。

 茶色の髪は少し短いポニーテールに結い上げられ、彼女の活発さを表していた。大きな瞳も同じく茶色で、顔立ちは童顔という言葉がピッタリなぐらいに幼い。12歳という年齢だが、同じ年頃の少女より成長は遅く、身長も小さい。青を基調とした服とスカートの上には、最低限のポイントアーマーが右肩と左胸を守っていた。リルナの職業は前衛ではなく後衛職であることをアリアリと表している。

 特徴的なのは、左手首に巻かれた大きな青いリボンだろうか。少しくたびれた印象のあるリボンだが、まるでリルナの存在を後押ししてくれるかのように揺らめく。

 そんな手首とリボンと頭のリボンを揺らしながら、リルナは教壇の前まで移動した。


「よく卒業してくれました」

「えへへ~」


 にっこりと笑う担任の先生に言われ、リルナも照れながら笑う。

「これで現存する召喚士は三人となりました」


 三人。

 ちょうど、教室にいる人数と同じだ。

 リルナは思わず、教室を振り返る。


「ふぉっふぉっふぉ」


 そこにいるのは、同級生のセクハラお爺ちゃん一人。あとは、誰もいない。机と椅子も、たったの二つしかなかった。


「召喚士が増えるかどうか、リルナ嬢ちゃんの活躍にかかっとるのぅ」

「えっ、マジでっ!?」

「マジじゃマジじゃ。なんせ、わしはもう活躍できんから」


 お爺ちゃんはチラチラと先ほど受け取ったオキュペイション(職業)カードを見せた。そこにはズラリと並ぶ文字列と数字。最初は騎士で数値は67。そこからズラズラと職業名が並び、最後は召喚士で数字は0だった。


「ロックさんは我が校の名物ですからねぇ。現役を引退してから、あらゆる職業をマスターしていく……稀代の暇人として」


 先生の言葉にお爺ちゃんは、ふぉふぉふぉふぉ、と嬉しそうに笑った。


「はい、リルナさんのオキュペイションカードです」

「あ、はいっ」


 少し震えそうになる指を少しだけグーパーをして押さえ込む。先生が両手で持つカードを、リルナもうやうやしく両手で受け取った。

 その際、視界に左手首の青リボンが入ってきた。少し泣きそうにもなるけれど、それよりも誇らしい気持ちがリルナの中に溢れてきた。


「ようやく、スタートラインに立てたんですね」

「えぇ。リルナさんのお父さんも、ここから旅立たれました」


 キリアス・ファーレンス。

 この世で最も有名な召喚士の名前であり、リルナの父親の名前でもあった。しかし、彼はもういない。後にも先にも、キリアスの他に召喚士として名を馳せた者はいなかった。

 むしろ忘却の一歩を辿る。

 召喚士は、もうこの世界に必要とされていないのか、皆の記憶からも消え果てていた。


「キリアス様が活躍している時は、召喚士も人気の職業だったのですが……彼が行方不明となってからは徐々に人気もなくなり、今は世界でたった三人となりました。いえ、実質リルナさん一人といっても過言ではないでしょう。ですが、どうぞ頑張ってください。良い意味で捉えれば、召喚術はあなたの固有スキルとも言い換えられます。どうぞ、活躍を。そして、キリアス様を越えられるよう、先生はここから見守っていますよ」

「ありがとう、先生。わたし、頑張りますっ!」


 リルナは両手を握り締めてガッツポーズを見せた。

 少し頼もしいようで、それでいて心配をさせる、そんな印象に先生はお爺ちゃんを見た。


「ふぉっふぉっふぉ、世界を作っていくのは若者じゃよ。わしら爺は、平和な世界を眺めているのが一番じゃて」

「私はまだ35歳ですけどね」


 少女と老人を前にして、中年の先生は苦笑するしかない。

 他のクラスが賑やかなのに比べて、召喚士クラスはこうして静かに卒業式を終えたのだった。



 ~☆~


 学校の前でリルナは職業カードを見ていた。

記されているのは召喚士という文字と、0という数字。訓練学校を卒業しただけでは、レベルは1にもならない、という訳だ。


「よう、リルナ。無事に卒業できたんだな」

「良かったね、リルナちゃん」


 不意に背後から声をかけられ、リルナは振り返る。そこには男女のペアがいた。男性は青の胸当てを装備した戦士であり、女性は赤の鎧を着た騎士である。


「タイトとニーア! 卒業できた?」


 男性の名前はタイトで、女性はニーア。ふたりは幼馴染であり、リルナと共にパーティを組んで『大精霊ウンディーネ巡礼授業』をこなした仲だ。


「もちろんだ」


 二人はオキュペイションカードを見せる。そこに刻まれた戦士と騎士の文字に0の数字。みんなスタートは0だ。それでも、リルナは手を叩いて二人の卒業を称えた。


「リルナも同じだろ」

「えへへ~」


 言われてリルナもカードを見せる。学校前ではリルナ達と同じ儀式がそこら中で行われている。自然と発生する恒例行事らしい。


「そういえばロックお爺ちゃんはどうするの? これで全ての職業を卒業したんでしょ?」


 ニーアの質問にリルナは、えっとね、と答えた。


「先生になるんだって。今までの職業経験を活かして新しい職業を作るとか」

「新しい職業って?」

「魔法戦士とか?」


 おぉ、と戦士と騎士は感嘆の声をあげた。


「確かに、俺も魔法が使えたらって思うしな~」

「私も防御スキルと回復魔法が合わさればって思うもんね」


 なるほど~、と二人は納得したようだ。


「ねぇねぇ、二人はこれからどうするの? 結婚?」

「まだ結婚しねーよ」

「とりあえず、故郷のガッシ国に帰って一旗あげるわ」

「そっか~」

「リルナは?」

「わたしも、故郷があるヒューゴ国に戻るよ」


 そうか、と二人は笑顔を見せた。


「それじゃぁ、ここでお別れだな」

「元気でね、リルナちゃん。また機会があればパーティを組もうね」

「うんっ!」


 タイトとニーアはリルナとがっしり握手をすると、少しだけ別れを惜しむ表情を見せる。それはリルナも同じだったかもしれない。

 それでも、それを拭うように手を振ると、二人は故郷へと向けて歩き始めた。


「いやぁ、青春だねー」

「うひゃうっ!?」


 少し感傷に浸りそうになるリルナの耳元で声がしたので、思わず声をあげて飛びのいた。そこには細い身体つきの少女。少し意地悪そうな三白眼に愉悦の表情を浮かべて、去り行くタイトとニーアの背中を見送っている。


「サッチュじゃない。脅かさないでよ」

「盗賊スキルの一つ、ハイディング。相手の背中にこっそり忍び寄って一撃で殺す技」

「殺さないでっ」

「殺しはしないよ。仲間だもんげ」

「バカにしてる?」

「してないよ。別れが大嫌いでね。こうでもしないと涙がチョチョ切れて耐えられないのさ」

「ほんと?」


 目の前の盗賊少女は、どうみてもヘラヘラとしていた。サッチュもまたリルナとパーティを組んだ一人である。


「サッチュはこれからどうするの?」

「どっかの盗賊ギルドに所属するよ」

「どっか?」

「そう。どっか。盗賊は少し謎めいていた方がそれっぽいでしょ」

「謎の方向性が違う気がする」

「あはははははは」

「いや、そんな面白いこと言ってないし」


 無表情で笑うサッチュにリルナがツッコンだところで、サッチュは軽く手をあげた。


「じゃ、またね」

「うん。またね」


 それっきりサッチュは振り返ることなく行ってしまった。


「……私も行かなきゃ」


 ふぅ、と一息。

 それからリルナは前を見る。

 この広大な世界で、冒険者とよばれる存在になったこと。

 そして、偉大すぎる父親と同じスタートラインに立ったこと。

 それらを深く噛み締めながら――

 リルナは、その第一歩を踏み出すのだった。

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