その2


 白麗びやくらいに手でつかまれたまま、恐怖にふるえながらしばらく飛んでいくと、大きな建物内に入った。恐らくここが龍王りゆうおうの住む城なのだろう。

 一番奥にある部屋まで白麗たちは進み、そこでようやく鳴鈴めいりんは解放され、地に足をつけることができた。ほっとして小さく息を吐いたあと、周りを観察する。

 飾り気のない白で統一された部屋の内部。上を見上げると、天井は驚くほど高い位置にあった。

 そして、なにげなく正面を見ると、部屋の奥に白いうろこの龍がいた。

 その龍の瞳は赤く、まるですべてを見通しているかのような、そんな叡智えいちに溢れた目をしていた。

 そしてなによりも、白麗や青嵐せいらんよりも強い存在感と威圧感。

 どことなく父と似た雰囲気ふんいきのその龍から、鳴鈴は目を離すことができなかった。

『龍王様、里の結界をくぐり抜けたと思われる人間を連れて参りました』

 低く頭をさげて言った青嵐の言葉で、この白い龍が龍王と呼ばれる存在なのだと鳴鈴は知り、納得した。

 龍たちの〝王〟と呼ばれる存在だから、父と似た雰囲気だと感じたのだ。

『ご苦労であった、青嵐。……ふむ、なるほど。この人間の娘はとてもんだたましいをしておる……このような純真な魂を持つ者がまだ人間に存在しているとは……これならば、結界を潜り抜けられたとしても仕方あるまい』

 感情の読み取れない顔をして言った龍王に、鳴鈴は問いかける。

「それはどういうことですか? そもそも、ここはいったいどこなのでしょう? わたしがいた山とは違う場所ですよね?」

 鳴鈴が先ほどまでいた山の近くに、このような立派りつぱな里はなかったはず。

 それに、こんな場所は見たこともない。

(仮にここが国内だとしても、こんなに大きな龍たちが入れる建物がある里のことを誰も知らないなんてありえないわ。あったら絶対に目立つはずだもの)

『おぬしの言う通り、ここはおぬしのいた山とは別の場所……いや、少しずれた次元にある隠れ里だ。……人間の娘よ、名はなんという』

「あ……名乗るのが遅れて申し訳ありません。わたしは蓮華国れんかこくの公主、鳴鈴と申します」

『では、鳴鈴。おぬし……白麗の鱗を持っておるな?』

 すっと目を細め、確証があるかのような口ぶりで龍王は問う。

 鳴鈴は戸惑とまどいながらも、首を横に振る。

「い、いえ……今は持っておりません。返そうと思ったら消えてしまって……」

『なんだって!?』

 龍王ではなく、なぜか青嵐が驚いて叫んだ。

『龍王様。それはつまり……?』

『うむ……信じ難いことだが、白麗と鳴鈴は〝つがい〟になってしまっているようだ。白麗……なにがあった詳しく述べよ』

 龍王に厳しい目で見つめられた白麗は渋々しぶしぶといった様子で経緯を説明した。

『……俺が空を飛んでいたらこいつが落ちてきて、いつの間にか背に乗っていた。その時なぜか鱗が取れて、返せと言っていたら鱗が消えたんだよ』

 その説明に青嵐は信じられないというような顔をし、龍王は渋い顔をした。

(……えっと……鱗が消えると、まずいことでもあるのかしら……? それに、白麗様の口調がなんだか違うような……?)

 どうにも話の流れがわからない鳴鈴は、手を挙げて恐る恐る尋ねた。

「あの……〝つがい〟とはなんですか……?」

 一斉に鳴鈴に視線が集中し、鳴鈴はいつになく緊張きんちようしてしまう。

 そんな鳴鈴の問いに答えてくれたのは、龍王だった。

『〝番〟とは、生涯を共にするとちかった一対いつついの龍のことだ。〝番〟となった龍は生涯を対の龍と添い遂げる』

「まあ! 素敵!」

(龍にそんな素敵な風習があるなんて知らなかったわ!)

 ロマンティックだわ、と鳴鈴がはしゃぐのとは対照的に、龍王たちは冷めた目で鳴鈴を見ていた。

『そこの白麗の〝番〟におぬしがなってしまっているのだ。龍と人間が〝番〟になるなどありえぬ。これは由々ゆゆしき事態だ』

『そもそも、なぜ彼女が白麗の〝番〟になれたのですか? 〝番〟はお互いの鱗を与え合うことで成立するもの──人間では無理なのでは?』

 龍王と青嵐の会話に鳴鈴は戸惑った。

(龍と人は〝番〟になれない……? それなのに、わたしは白麗様の〝番〟になってしまったから、お二人は難しい顔をされている、ということ?)

 よくわからないが、どうやらまた〝お騒がせ〟を起こしてしまったらしい──鳴鈴はそう認識した。

『青嵐の言う通りだ。私にもどうして白麗と鳴鈴が〝番〟になれたのかはわからぬが、龍と人という異種族間での繋がりでは互いに鱗を与え合うことができないゆえに、完全な〝番〟になったとは思えん。完全な〝番〟になっていないのならば、〝番〟を解消する方法もあるはずだ。昔は龍も人も共に暮らしていた時代があった……その時代にはおぬしらと似たような事例があったかもしれぬ』

 そう言って一旦いつたん言葉を区切った龍王は、厳しい目で白麗と鳴鈴を見つめた。

 その迫力に、鳴鈴は思わず息をむ。

『白麗の──いや……〝銀龍〟の〝番〟が人間などと、到底認められん。良いか、白麗と人間の娘、鳴鈴よ。〝番〟を解消する方法を探しだし、〝番〟を解消するのだ。それまでは、元の場所へ帰すわけにはいかぬ』

 その言葉に鳴鈴は驚き、先ほど感じた威圧感も忘れて叫ぶ。

「それは困ります! わたしは早く国へ帰らなければならないのです! ここに留まっているわけには……!」

『──いかなる理由があろうとも、おぬしを帰すわけにはいかぬ』

「そんな……」

 にべもなく断られ、鳴鈴は失望のあまりに座り込んでしまう。

 項垂うなだれる鳴鈴に構うことなく、会話は続けられる。

『そこの娘の面倒は、白麗、おぬしが見てやれ。不完全とはいえ〝番〟になった相手だ。……それに、〝番〟になってすぐは離れられんしな』

『……仕方ないな』

 渋々といった様子の白麗と龍王の会話を、鳴鈴はぼんやりと聞いていた。

(……お父様……黄蓮こうれん……わたし、どうしたら……)

 鳴鈴の胸の中は、この先どうなるのかという不安でいっぱいになっていた。

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