君との契約

藤原

汚れた世界

日常の崩壊

「お前は何なんだ」


「私は、そうだな一言で言えば、貴様らの願いを叶える力を与える存在だ」


「なぜ俺の前に現れた」


「そのうちわかるだろう。さあ、貴様の思いを、願いを叶えたいのなら、我と契約せよ」


 どうしてーーどうして、こうなったのか。


 ________________________________



 俺の朝は普通だ。本当に普通で何もない。別に窓から入ってくる幼馴染もいないし、毎朝一緒に登校するような可愛い女の子もいないどこにでもいる高校生の朝。

 朝は起きるのは辛いけど、時折起こしてくれるその声が俺は大好きだ。


「お兄ちゃん! お兄ちゃん起きて!!」


「んー、今起きるよ」


 俺はゆっくりと意識を覚醒させ目を開けると、目の前には妹がいる。俺の最愛の妹の月乃だ。


「起こすの面倒なんだから、自分でちゃんと起きてよ」


「悪いな。でも、久しぶりだな。月乃に起こしてもらうなんて」


 そう、俺は日常的に月乃に起こしてもらっているわけではなく、時折……それこそ、月に一度あるかないか程度だ。だから、月乃と俺とは普通の兄妹仲以上のことはない。少し仲が良いだけの、良くも悪くも平々凡々という言葉が一番似つかわしい兄妹だ。


「そんなこと言ってる暇があるなら、さっさと着替えてご飯を食べてよ。今日も練習あるんでしょ?」


「っと、そうだな。今日も頑張って走るかな」


 俺は部活もしていて、今日は休日だが、練習はある。といっても一日中ではないから身体はまだ楽ではあるが。


「よしっ!!」


 俺は着替えてから洗面台で顔を洗い、顔をパンッと叩いた。いつもの日課だ。


「お、今日も美味しそう」


「いつもと変わらないわよ。ほら、早く食べて、そうじゃないといつまでたっても片付けが終わらないわ」


「わかってるって」


 俺に口酸っぱくして言うのは母さんだ。母さんは俺が起きるのが遅いと機嫌が悪い。当然のことだが、怖いので少しやめて欲しい。

 だが、これがいつもと変わらない日常だった。そのはずだった。このまま何気ない日常が続いていく、はずだったのにーー


「行ってきます」


「行ってらっしゃい。今日お昼は冷やし中華だから、期待していてちょうだいね」


「お、冷やし中華かよし! 今日も頑張れる!」


 母さんも月乃も俺の食い意地の張った一言にいつものように苦笑している。

 俺はこの視線には慣れっこだから、そのまま家を出て自転車にまたがり、学校に向かう。

 空を見ると、雲一つない快晴で気温も高い。まさに部活日和だ。今日は走る日だなあと、少し憂鬱になりながらも気持ちは良かった。





「やっぱりキツい……」


 練習終了後、案の定俺含めた部員は疲れでぐったりしていた。今日はかなりキツイ練習だった。家に帰れば、美味しい冷やし中華が待っている。そう考えると少しは元気が出た。


 俺は部室で男たちと神聖な会話を交わして疲れを少し取ると、再び自転車にまたがり帰宅の途についた。


「暑い、もう風が熱風じゃねえか。家帰ったらエアコンつけよ……」


 練習と暑さでげんなりしている俺は身体に鞭打って心地よい空間に早急に入るために、自転車のスピードを上げた。

 幸い風が追い風であったので、抵抗もなくすぐに家にはついた。


「ただいまー」


 だが、返事がない。


「ただいまー」


 もう一度言っても返事はない。

 こんなことは今まであまりなかったけど、どこか行っているのかなと思いながら、二階にある自室に戻り、荷物を降ろして、服を取ると、それを持って風呂場に行き、シャワーを浴びた。


「はあ〜、汗を落とすのは気持ちいいな」


 全身さっぱりして、腹の虫ももうぐうぐうなっていていい加減冷やし中華が食べたいので、リビングに入った。

 俺はいつものリビングに入った……はずだった。

 絶対にいつものリビングに入った。

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