第13話 鬼ごっこ開始! (あなたの従者です)

「……で。事情って?」


 外に出た途端にこれだった。


「いきなりだな?」

「当然でしょう。俺、あんまし不正とかそういうの得意じゃないんで」

「……そうだな。妾はこれまでの道行で嘘を言ったつもりは毛頭ない。ただ言ってないことはあったな。アイツの言っていた王位争奪戦は、妾の言っていた魔王討伐の旅と同じ意味だと思え」


 それを聞いた絵ノ介は、ただでさえ深くなっていた眉間の皺を更に寄せる。段々と話がきな臭くなってきている。


「待て。勘違いするな……と言っても無駄だろうな。だが貴様、魔王討伐の旅と王位争奪戦では言葉のイメージが違うだろう」

「そもそも、その二つが一緒になる意味がよくわからないんすけど」

「不思議に思わなかったか? 何故に妾が第四王女と呼ばれているのか」

「ちょっと話が逸れましたね? 上に三人王女様がいるから、とか?」

「半分不正解だな。第四王女の意味は『王位継承権序列第四位の王女』の意味。つまり、妾の上にいるのは第一王女、第二王子、第三王子の三人のみだ。ところで、この三人のことを城で一度でも見た覚えがあるか?」

「……まさか!」


 絵ノ介の中で、点と点が線で繋がった。

 王位争奪戦と魔王討伐の旅の意味が一緒だという情報も加味すると、第四王女の上にいるはずの王女や王子がいない理由が浮き彫りになる。


「全員出てるのか!? 魔王討伐の旅に!?」

「その通り。魔王の復活が起こらずに、第一王女または王子が充分な教育をこなしたとき王位は継承されるというしきたりになっている。だが魔王が現れた場合はそうではなくなるのだ。。勇者王国アストラルフェロウは、そうやって世界を守る力を保持してきた」

「バカげてる! それでもしも王女、王子が全滅したら……」


 言いながら、段々と語尾が小さくなっていく。

 絵ノ介は考える。現状、魔王討伐の旅に出ている王子や王女は全員ではない。目の前に、旅の下準備をしているだけの王女がいる。


 これはなにを意味するのか。王政の対応がやたら悠長だと感じた理由はなにか。


 考えられる答えはただ一つ。


「第四王女は、保険、なのか……!」

「その通り。もしも第一から第三までの王位継承権を持つ全員が死んだ場合は魔王討伐は一旦中止。魔物などの氾濫を騎士団や冒険者ギルドなどを併用して抑えつつ、残った者が王となり、新たな世代に可能性を託す。それがアストラルフェロウにおける魔王討伐戦の常道なのだ」

「それ、スパンはどう頑張っても十年じゃ足りないっすよね」

「どんなに頑張っても二十年はかかる。どころか、王になった時点で魔王討伐の最前線からは脱落だ。だからイヤなのだ。妾も兄上たちの力になりたい。故に父上に直談判した! その結果が……!」


 五百万ルドを自力で稼ぐことができたなら、という交換条件付きの許可。

 いや、実質上要求は却下されているのだろう。慌てて金をかき集めようとした王女が今、どんな目に遭っているかを省みれば明らかだ。


「今更なんすけど、王女様。五百万ルドってどのくらいの価値なんすか?」

「王国首都に二つほど家を買えるな。家具完備で」

「家具完備で!?」


 そんな量の金を稼ぎたいとなれば、確かに短絡的な詐欺を企てるだけの動機として理解はできる。


 だが、これでもまだ情報不足だ。


「……王女様。ここから先は嘘を絶対に言わずに答えてください」

「なんだ?」


 フウ、と呼吸を整え、落ち着いて絵ノ介は問いかける。

 宝石のように綺麗な目が、こちらを真っ直ぐ見つめていた。


「どうしてそこまで魔王討伐の旅に出たいんすか?」

「言っただろう。妾は兄上たちの手伝いを……」

「それは変っすよ。だって魔王討伐の旅には王位争奪戦の面もある。つまり自分以外の王候補は全員敵と言えるはずだ。椅子取りゲームである以上、協力要素なんて皆無でしょう?」

「……ところがそうでもないのだ。そしてそれこそ、妾が旅に出たがっている理由でもある」

「つまり?」


 予想外の返答に、時間が凍った気がした。


「なんて?」

「とてもではないが王の器ではありえない。魔王が誕生してくれて助かったと言える。通常なら本人の王の資質とは関係なく、血が濃いからという理由で第一子が王になってしまうからな」

「……つまり、一番上の王女から王位を奪うために旅に出たいと?」

「その通りだ」

「でもそれなら……」


 この先を言うのは憚られた。

 王の器足り得ない第一王女から王位を奪う方法は他にもある。それは絵ノ介の世界では一般的なものだと言えた。


 誰かが第一王女を暗殺してしまえばいい。なにも魔王討伐の旅という邪道に頼る必要はない。王政においてはこれも一つの立派な手段だ。


 殺人自体が人倫に反している、という最大の問題点はあるが。


「暗殺してしまえばいい、だろう? そうだな、民にとって一番不幸なのは無能な王が頭になってしまうこと。我が国の未来を思えば、あの女は早々に殺してしまうのが一番いい。だがそれは無理なのだ」

「どうして?」

「人格は最悪だが、アストラルフェロウ建国以来最強の王女だからな。竜種をも昏倒させる毒が効かない。刃を刺しても血が流れず、火の海に放り込んでも裸足で戻ってくる。おもりを付けて海に放れば拘束を引き千切り泳いで帰るし、刺客を放っても蝋燭の火を吹き消すがごとく返り討ちにする。あとは――」

「待て待て待て待て! 比喩表現かと思って聞き流していたが、その口振り! まさか本当にやったことを列挙してるのか!?」

「妾自身信じたくはない! だがすべて事実だ! 暗殺が王位を奪う正攻法だとわかっていても、その正攻法がことごとく通じない! だから魔王討伐の旅における古い掟を使わないと王位をあの女から奪えないのだ!」


 悲鳴のような声。弱音のような事実。それを王女は絵ノ介に告白した。


 できればずっと隠したかった。これはアストラルフェロウの恥部でしかない。王座に付けば大惨事を引き起こす王女を、自分たちはどうにもできなかったという過去。


 そしてその尻ぬぐいを、異世界から誘拐してきた客人たちに協力してもらおうと言う。

 どこまで恥知らずになれば、これらを素面で言えるのだろう。


「……すまなかった。自分たちの国の不始末を、他人に押し付けるこの蛮行は許されないものだろう。そして、事情を大して説明もせずにそれに協力させようとしたことも不誠実極まりなかった。それもわかる。だが……!」

「それを押しても絶対に王にさせるわけにはいかない人物だった、ということっすか」


 ゆっくりと王女は頷いた。その表情は痛みを噛み殺すような、影のあるものだ。


「本当なら貴様らにはどこまでも協力してもらうつもりだったが、あの力を見て確信した。あまりにも妾の見通しは甘かった。妾に制御などできはしない。あの女は恐ろしい。強い。理不尽で、言っていることの半分も理解できない。まるで件の姉上のようだ。違いがあるとすれば、いつも笑っているか、いつも仏頂面かの相違だけ」

「……あの女と似てるって言われるアンタの姉、本当恐ろしいんすね」


 あまり会いたくなくなってきた。ただでさえ竜歩だけでも手一杯なのだ。これ以上、厄ネタに首を突っ込みたくはない。


 理性の部分ではそう思う。思うのだが――


「……王女様。今の話が本当なら、俺は」

「いい。言わなくていい。後で王立図書館に行って、勇者退散の儀式について調べてくる」

「え」

「……本当に済まなかった」

「……」


 王女は随分と弱っていた。

 あの女の暴威を目の当たりにした直後なら自然だが、こうなると逆に不憫でしかない。


 もしも、もっとまともな人間が彼女の味方になってくれたならと夢想する。

 だが現実にはそうではなかった。


 それがすべてだった。


「ところで、こちらからも一つ訊きたいことがあるのだが。あの女が言っていた『イゾンショウ』とはどういう意味なのだ? メディはわかっていたようだったが」


 気を取り直し、王女は少し明るい口調にして絵ノ介に雑談を振った。今は、それに応じることにする。


「文字通り、薬で記憶を消すわけっすから気にするのは当然だと思うんすけど」

「む……?」

「……あれ」


 ひょっとして、もっと前の段階の話なのだろうか。


「依存症の意味そのものがわからないってことっすか?」

「ふむ。まあ、その通りだな」

「ええっと、要は薬には気持ち良くなる成分があってっすね、それを求めて患者が不必要なくらい薬を求めるようになっちゃうんすよ。下手な使い方をすると」

「なんと。ああ、そういえば医者がそのようなことを前にチラリと言っていたような気がするな……? つまり、神亡き世界には記憶を消してしまうちょっと危険な薬がある、と?」

「大雑把にその理解で問題無いっす。前に俺も、アイツに未認可の睡眠薬とアルコールを盛られて大変なことになったことがあるんすけど、流石に今回はあれより丁寧にやると思いますよ。本人そう言ってたし」

「……二人で手が足りるのか?」

「ああ、それなら大丈夫。アイツには――!」


 ――しまった!


 背中が粟立つ。すぐに絵ノ介はギルドの入口に向き直った。

 先ほど絵ノ介がどかしたはずの、入口を塞ぐテーブルがある。


 苛立ち混じりに蹴り飛ばすが、テーブルの向こう側で更になにかが積み上げられているのか、僅かにしか動かない。


「しまった! アホか俺は! アイツに人手なんか必要なかったろ!」

「どうした?」

「王女様! このテーブル、魔法かなにかで吹っ飛ばせないっすか!?」

「向こう側に多少の被害が出ていいなら……」

「多少ならそれでいいんで!」


 王女は判然としないながらもテーブルに手を当てる。すると、テーブルが発火して五秒と待たずに燃え尽き、灰と化した。

 やはりテーブルの向こうにも椅子などが雑に積み上げられていたが、こうなれば中に入る分には問題ない。

 足元に注意しながら踏み入ると、怪我の治療をされた冒険者たちが部屋のあちこちに転がっていた。


 竜歩とメディシアの姿は見えない。


「くそっ! どこ行った!」

「……なんだ? どうしてメディがいない? 一体アイツらはどこへ……?」


 状況が呑み込めない王女に絵ノ介は振り返り、端的に事実を纏めた。


「メディシアさんが攫われた!」

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