米神和樹のケース


「ねえおじさん。家に泊めて欲しいなぁ」

 春も終わりかけ初夏に差し掛かる頃。

 仕事が終わり帰宅途中、えらくかわいい女の子に声をかけられた。

 歳は10代後半か。20は確実に超えていないと確信できる。

 セミロングの茶髪。大きな瞳が特徴的な整った顔立ち。そこら辺のアイドルよりよっぽどかわいかった。


「おじさんじゃねえ。てか未成年なんて家に泊めるわけないだろ。悪いけど他をあたってくれ」


 かわいいことは認めるが、そんなことで手錠をかけられるほうがよっぽどめんどくさい。


「えー。ダメ? じゃあ1回ならセックスしてあげるから、ね?」

「バカ言うな。もっと犯罪に近づいたわ」


 最近の若者は……というかバカ者って感じだ。

「じゃあ犯罪にならないって言ったら?」

 そう言ってその女の子は手まで完全に覆い隠していただぼだぼのカーディガンの左だけ捲って俺に見せてくる。そこにはパスと呼ばれる水色の腕輪が着けられていた。


 俺はそれでも面倒ごとを背負いたくないのでなんやかんや理由をつけて断ろうと奮闘したが、結局女の子を家に上げてしまった。

 ここまで来たら諦めるしかない。

「ねえおじさん。名前教えて?」

「米(よね)神(がみ)和樹(かずき)」

 ぶっきらぼうに聞こえるように答えた。

「まぁおじさんでもいいよね?」

 もう好きに呼んでくれという意味を込めて手をひらひらと振った。


「おい。なんで勝手に冷蔵庫開けてんだよ」

 がさがさと物色してるバカ女。

「お腹空いちゃってさ~。このままだとセックスに集中できないなぁって思って!

おじさんも私ができるだけ濡れて乱れていっぱい喘いだほうが嬉しいでしょ?」

「頼むから帰ってくれ……」

 諦めたはずなのに俺は何度目かわからないため息をついた。


 もう放っておいて俺は換気扇の下でタバコを吸い始める。

「女の子の前でタバコ吸うとか気が利かなーい。

ところで銘柄は?」

物色を終えたのか、なにが楽しいのかわからない笑顔で話しかけてくる。

「ロンピーだよ」

 箱を見せて、ふぅーと煙を吐き出す。薄いバニラの香りと確かな味わい。いつのころからかこれを吸っていた。

「一本ちょーだい?」

 投げやりな気持ちで箱を手渡す。慣れた手つきで箱をトントンと叩いて一本取り出すと口に咥えて俺に火を出すように顔を近づけてきた。黙って愛用のジッポライターで火をつけてやる。


 ふかすわけではなくうまそうにその女は吸い始めた。

 ふたりで煙を吐き出す。なんとも言えない心地よい時間だった。

 俺が先に吸い終わり灰皿でタバコの火を消すと冷蔵庫を開けてビールを取り出した。めざとくそれを見つけた女は

「あたしにもちょーだい」

 と今度は返事も聞かないで勝手に飲み始めた。

「未成年のくせに飲みなれてるな」

 率直な感想を伝える。


「前にセックスした男の人が教えてくれたの。テクニックなんてかけらもなくて、へたくそだったくせにいろいろ悪ぶって教えてくれたよ」


 予想通り“こういうこと”は初めてではなかったようだ。

「台所の下にインスタントのラーメンが入っているから食っていいぞ」

 俺は冷蔵庫から適当な総菜を出して立ちながら食べ始めた。


 俺は食べ終わるとそのままシャワーを浴びに風呂へ行こうとする。そこでふと疑問に思った。

「お前、着替えは?」

 カバンひとつ持っていなかった女が着替えを持っているとは思えない。尋ねられたそいつはきょとんと意味がわかりませんという顔をしていた。

「なんでそんなこと聞くの? どうせ裸で布団に行くんだから関係なくない?」


 こいつは本当に体を差し出すつもりらしい。今までがそうだったから今回も、ということしか思えないのだろう。だからはっきり言ってやる。

「お前みたいなガキとヤることなんてねーよ」

「え~。あたしセックス好きなんだけどなぁ。」

 戯言をシカトして着替えをもって浴室に向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る