第4話「並び立つ学友」

 夢の学園生活、その2日目。

 応用魔術科ミュトスのクラスメイトたちは二学期の頭からさっそく授業だが、私とノエル様の編入生ふたりは、まず学園内の施設の説明を受けることとなっていた。実にラッキーである。

 残念ながらアルト先生は午前中、宮廷魔術師の仕事で不在だったけれど、代わりにオットー教授が案内をしてくれた。これは各々の用事の合間を見て、教室と同時にそこで授業をする教師の方も紹介する形だった。

 新学期早々の話で、オットー教授を始め先生方も暇ではなかったはずだが、みな快く応じてくれたので素直に嬉しいものである。逆ハーレムの野望に目が眩んで容姿を酷評してしまったことはごめんなさい。


 そういやエルフは実在するらしいけれど、人権問題とか差別意識とかどうなってるんだろうね。アンファール王国は。

 私はそのへんテキトーなお国出身なので、外国の人くらいなら寛容に接することのできる自信があるが、頭が豚の人オークとかが出てきたらさすがにドン引きしちゃう気がする。

 まぁでも、容姿で他人を判断するのは普通に良くないな。この国の常識がどうあれ、私は気をつけるとしよう。

 オークやゴブリンは……いくら何でも恋愛対象にはならないけど、仲良くなったら損ということもあるまい。


 さて、昼食を挟んで午後はレクリエーションの時間である。

 私たち以外のミュトス生徒にとってはせっかくの半ドンを潰された形になるわけだが、この時間はクラブ活動や補習で結局潰れるのが恒例だそうなので、ひとまず安心だ。……安心か?

 とにかく、午前中に聞いた内容については既に9割方忘れた――たかだか3時間やそこらの説明で全容が把握できるほど、この王立学園は狭くない――私にとっては、もはや好みのイケメンに見当をつけること以上に重要なイベントと化している。

 思えば前世の大学でも、漫研の同志たちが居なければ詰んでいた場面が数多くあったのだ。

 尤も……。


「夢じゃ……なかったんだ」


「ほ、本物だぁ……。本物の、アルト=ペイラーだ……」


「……なんでミュトスなんかに」


「おれが知る訳ねぇだろ……」


 クラスの話題はもう完全に、手持ち無沙汰そうにしながら椅子に座る宮廷魔術師のことで持ちきりであった。

 いや、冷静に考えると私も『アルト先生は私のような転生者の存在を知っている』という事実しかわかっていないので、もっと具体的なパーソナリティを聞いてみたいのは同じなんだけどさ。

 それでもそれでも、転校生ですよ? 取り巻きの私はともかく、この超絶美少女にしてランベ村のアイドルたるノエル様への興味がゼロって、ちょっと有り得なくないですか?


「……。……それで?」


 と、長らく沈黙を貫いていたアルト先生が、唐突に口を開いた。

 たちまち囁き声を止めるミュトスの生徒たち。まったく、いつの時代もどこの世も、学生ってのはこんなもんか。あ、今は私も学生だっけ……。


「王立学園に通ってるんだ。ここに居る全員、俺のことはよく知ってるだろ。まずは……ノエル、セテラ。お前らが自己紹介すべきだと思うんだが」


「あっそういう?」


 王立学園の魔法学部に在籍する……つまり、魔法使いを志す者なら知っていて当然、か。

 アルト先生はどうやら、私が想像した以上の有名人のようだ。それを自分から言い出す辺り、なかなかの強心臓の持ち主ではあるが。

 まぁ、私たちも別に嫌がる理由はないので、とりあえず従っておくことにしよう。


「んー……よし、というわけでノエル様からよろしく」


「ふぇっ!? な、なんで……?」


「物事には順序ってものがあるんだよ。ほら行った行った!」


 ノエル様の肩を持って檀上まで案内し、陰キャ根性で一番槍を回避する。

 結局私は『気の置けない親友に何を押し付けとるのか我は』と後悔する羽目になるのだが、それは放課後に学生寮へ帰ってからの話である。


「え……えっ、と。の、ノエル・ウィンバートです。ランベ村から……あ、ランベ村っていうのは、北の方にある……というか、少し前まであった村で」


 ランベ村では住人のみんなに慕われていたノエルだが、その実、村長の娘としての表情を解いた素の彼女は、かなり物静かで遠慮がちだ。

 大勢の前で喋った経験が皆無ということはないものの、生まれた時からずっと一緒で、気安い仲だった村人たちとのやり取りとは違う。

 ……それでも、勇気を振り絞って、きちんと自分の言葉を紡いでいるのは、あの事件を経て成長したからなのだろう。あるいは、隣でふんふんと頷く我が同志を意識してのことか。

 自分でそう仕向けておいて何だが、ファイトだぜ、ノエル様。誰がどう言おうと私は味方だぞ。


「あっ、あの……あの! とにかくそこから来ましたっ。これからよろしくお願いします……!」


 、というワードは生徒たちの間に少々の波紋を引き起こしていたが、それもひたむきに頭を下げる少女の姿の前には些細な違和感だった。

 耳を真っ赤にして一歩下がるノエルに向けて、まばらな拍手が贈られる。……そう、あくまでまばらな、である。

 これは何も、ミュトスの生徒が礼儀を知らぬ粗野な連中ばかりだからというわけではない。ただ単純に、このクラスの人数が少ないだけなのだ。

 私としても、何十人もの好奇の視線に晒される――この人数相手でも既にめちゃめちゃ緊張しているが――のは正直ゴメンなので、別に構わないけどね。


「はいはーい!! それで、そんなノエル様のお供として付けられたのが私、セテラです! ノエル様ともども、よろしくお願いしますねー」


 そんな緊張感と先鋒のノエルがもたらした安心感の下、我ながら少々スベった気配を感じつつ、私も名乗りを挙げることに成功した。

 浮つく気分を隠し切れず、なんだか慣れない陽キャしぐさのようになってしまったが、幸いにもクラスメイト諸氏から嘲笑が沸き起こることはなかった。みんな良い奴らだ。お心遣い、痛み入ります……。

 再び控えめな音量の拍手が響く中、私がすごすごと引き下がったのを見計らい、アルト先生が指示を飛ばす。


「よし。んじゃ、次は在学生の番だな。手短でいいぞ、この二人と俺に名前だけでも教えてくれ」


 ―――途端、応用魔術科生徒に電流走る……っ!!

 私たちはともかく、相手は国内でも最高峰の権威を誇る宮廷魔術師…っ!

 昨日話した感じだと、アルト先生当人は結構さっぱりした性格の人だから、恐らく本人にそういう意図はない……! ないが……!

 不人気学部とはいえ、一人前の魔法使いを志す彼ら彼女らにとっては、まさに試練の時……っ!


「では、ぼくから」


 お、昨日の始業式でも目についたカワイイ系ショタ。ミュトスの生徒だったのか。

 落ち着いた物腰は如何にも上流階級のご子息といった風情だが、この状況で何ら臆することなく真っ先に切り込むとは、なかなか肝が据わっている。将来は大物になるだろう。


「ぼくはイズナリオ・ライゼンブルク。気軽にイズ、とでも呼んで下されば結構です。魔法学部には飛び級で入学した若輩者ではありますが、応用魔術科のクラス委員長を務めさせていただいています。アルト先生、ウィンバートさん、セテラさん、以後よろしくお願いしますね」


 そう言ってにこりと微笑む少年からは、しかし小柄な体格に見合わぬ超然とした気配すら感じられた。

 イズ君か。飛び級入学とは恐れ入った。前世含めて初めて見たよ、天才ってやっぱり居るもんなんだね。

 色々と頼りになりそうだし、こういう子とは下心抜きでも仲良くしたいね。……これもある意味じゃ下心か?


「じゃあ、次はおれが行くのが筋かね。クラス副委員長のグラム・トレディアだ。一応、北西部の騎馬民族の末裔で、ここじゃあ伝統的な原始呪術を勉強してる。これからよろしくな」


 グラム君。金褐色の髪に、わずかに赤みがかった肌の青年。

 女子高生よりかはマダムに人気の出そうな渋い男前だが、強面な第一印象に反してさっぱりとした口調が親しみを感じさせる。コミュ力もなかなかのものと見た。

 体格もがっしりしているし、きっとバスケ部かアメフト部だ。


「じゃあ次、リシャール。おまえ行けよ」


「え!? 俺っ!?」


 そんなグラム君につつかれて漫画みたいに飛び上がったのは…………うん、その、なんというか。

 中肉中背、濃い茶髪に同じ色の瞳―――以上。驚くほど特徴がない。

 つい朝方に外見で人を差別しないことを内心誓った私だが、彼に関しては性格まで気弱と来た。

 地味などという次元ではない。顔とか性格がどうこう以前に、名前すら覚えられるか怪しいぞ………。


「はぁー……マジかよぉ……っ、あ! あ、あぁあ、えぇっと、ハイ! 俺、じゃなくて僕、り、リシャール・ゼイビアックスです! 魔術の腕は、そんなになんですけど……ミュトスでは、神話や伝承の研究をメインに活動させてもらってます! よろしくです!」


 すげぇ。この世全ての地味を煮詰めたような男だ。逆に一発で覚えてしまった。

 クラスメイトですら何人か『誰?』みたいな顔をしているのが少々気にかかるが、インドア仲間ということならば私は嫌いじゃないぞリーサル君。あれ、リベラル君だったっけ……?


「このぶんだと、席の順で行くのかな。なら次は私だね」


 そう言って次に立ち上がったのは、ここに来て初めての女生徒だ。

 リフォーム君よりやや薄い茶髪をポニーテールにした、エメラルド色の瞳の眼鏡女子である。

 眼鏡のイメージもあってあまり利発そうには見えないが、リキュール君に比べれば遥かに落ち着いている。元々穏やかな性格なのだろう。


「リリエル・マイストリナ・ロゼロニエです。リリって呼んでください。見ての通り、ミュトスにはあまり女の子って居ないから、二人が入って来てくれてとっても嬉しいです。仲良くしてくださいね。あぁ、もちろんアルト先生も、よろしくお願いいたします」


 リリエル……リリさんね。OK、セテラ覚えた。

 しかし上品というか何というか、立ち居振る舞いがものすごく丁寧だ。やっぱり貴族家のご令嬢だったりするのかな?

 あの手の眼鏡女子は怒らせると怖いと相場が決まっている。リリさんに限って悪役令嬢という風情でもないが、口の利き方には本当に気をつけた方がよさそうだ。


 で、隣で頬杖ついてる黒髪ロングの美人さんは、


「………………」


「……あ、アスハ? アスハの番だよ…?」


「…………。……アスハ・サイジョウ。よろしく」


 なんと。

 色素の薄い青灰色の瞳を除けば、生前の私に若干似たビジュアルなので、まさかとは思っていたがつまり……そういうことなのか。


「ご……ごめんなさい。アスハ……サイジョウさんは、ヒノトの学校からの留学生で、まだこっちにあまり馴染めてないみたいなんです。お二人やアルト先生のことが嫌いなわけじゃないと思うので、どうか許してあげてください」


 違った。私と同じ転生者ではなかった――尤も、言われてみれば確かに、アルト先生は彼女にはさほど関心を払っていないように見える――ようだ。

『ヒノト』とは確か、ここアンファリスとは別の大陸にある遠い国の名前だったはずだ。きっとこの世界のどこかに、オリエンタルでジャポネスクな雰囲気の土地が存在しているのだろう。いわゆるお約束という奴だ。


「ははは。まぁ、うちには気難しい生徒も多いですからね。みな実に個性的で、話してみれば面白い方ばかりなのですが……。そうすると彼らなどは、その筆頭ということになるのでしょうか」


「……あぁ?」


 イズ君がニコニコしながら見やった先には……うげ。


「ンだ、イズ。俺に何か文句でもあんのかコラ」


「そういうわけでは。それより、次は先輩ですよ?」


「ケッ……」


 ガタガタと机が鳴るが、しかしその男子生徒は席から立ち上がっていない。組んでいた足を入れ替えただけだ。

 アルト先生もそれなりに目つきが良くない方だけれど、彼はまたレベルが違う。眉根には険しい谷が刻まれており、そのプロレスラーじみた巨体とも相まって、まるで不機嫌な熊のようだ。

 赤銅色の頭髪は、私の前世の時代で言うところのソフトモヒカンに近い形に整えられている。

 そう……有り体に言えば、個人的にはあまりお近づきになりたくない類の人物だ。


「ダイナ・ファッバーロ。無駄に慣れ合うつもりは無ぇ、そこの先公ともだ。偉そうに講釈垂れたりしやがったらブッ潰す」


 清々しいまでの、ヤンキーである。

 アルト先生世代ならまだわからないが、私の時代には既にサムライやニンジャと同レベルの絶滅危惧種だった。彼らのような人種はテレビの中にのみ存在する生命体であって、実物など見たことがあろうはずもない。

 王宮に仕える最高峰の魔法使いに向かって、初対面であんな台詞を吐ける度胸は認めざるを得ないが……いっそ怖いというよりも、なにかと生き辛そうだなんて思ってしまった。きっと余計なお世話なのだろうが。


「……苦手なタイプだ」


「意外。目つきとか言葉遣いとか、先生も大概チンピラっぽいのに」


「単位出さねェぞ」


「すんませんした」


 職権濫用だ。後で教育委員会に抗議しよう。


「…………チッ、これだから田舎者は」


 ―――ぼそりと呟かれた一言は、本を閉じる音に遮られて誰にも聞こえなかった。

 が、直接聞こえずとも、自身に向けられた侮蔑に気付かないほど、ダイナ・ファッバーロも鈍感ではなかった。種火のように燻る敵意の宿った目が、声の主の方へと推移する。


「何だ、今日の俺は随分とな。お前にまで目をつけられるなんてよ」


「冗談はその態度だけにしておけ。あの方は本来、あなたのような見習い未満の魔術師は、対面することさえ憚られる存在だ。後で憲兵に連行されても知らんぞ」


 待ってくれたまえ言葉の洪水をワッと浴びせかけるのは……!

 なにこの人ら、怖いんだけど! めっちゃバチバチ言ってるんだけど!


「テメェ―――」


 嫌だなぁ。シンプルに嫌だ、こういうの。

 そりゃあ世の中には色んな人が居るんだ、馬の合わない人と同じクラスになることもあるさ。

 でも、私の視界に入る範囲ではそういうのは無しにして欲しい……とか、そう思ってしまうのは私の我儘だろうか。


「同級の仲間が失礼を致しました。代わってお詫び申し上げます、宮廷魔術師殿」


 慇懃な、見るからに作り物の微笑を顔に貼りつけながら、その男子生徒は言い放った。

 学園指定の標準的な制服の上から、お医者さんの白衣のような外套を羽織り、左目には瀟洒な金の縁取りを持つ丸い片眼鏡モノクルを掛けている。

 年齢層からして違うイズくんほどではないが、顔立ちはまだ少年と言っても差し支えない程度には甘い。だが、線の細さに反して堂々とした立ち姿と、冷たく鋭い白藍色の瞳からは、そういった歳相応の可愛げは微塵も感じられなかった。


「私はコンスタンティン・シープラニカと申します。ご存知かはわかりませんが、魔術師ギルドの副長、カイゼル・シープラニカは私の父です」


「ほォ」


 アルト先生はどうやら、彼―――コンスタンティン君のお父さんと知り合いのようだった。

 魔術師ギルドの副長というのがどんな地位かはわからないけど、響きからして宮廷魔術師と同列に語られても違和感はないように思う。

 それにしても、なんとなく小ずるそ……隙の無さそうな雰囲気とか、どうも胡散くさ……腹の底が読めない感じだ。

 そして、明らかに貴族っぽいこの人ですら若干へりくだってるのを見る限り、アルト先生のスゴさがまた際立つってもんよ。宮廷魔術師マジやべぇ。私の前世で喩えるなら、どのくらい偉いのだろうか。官房長官くらい?


「ゲルダの婆さんも大概だが、あれとそこそこ仲良くやってるカイゼルも相当の狸だよなァ。お前の親父さんが大声出してるトコとか、見たことねェし想像もできねェぜ。家じゃあどうなんだ?」


「えぇ、母には頭が上がらないようで……貴族家の当主としては度胸の足りぬ器だと、本人もよく自嘲していますよ。尤も、職務に打ち込むばかりで家庭を顧みない魔術師も多い中、その優しさに救われたことも多いのですが」


「そいつは良い。親父さんにはまたよろしく言っといてくれ。もう下がっていいぞ」


 コンスタンティン君が短く『はい』と呟き、椅子に座る。

 脇に置いた本には、もうしばらく手をつけるつもりはないようだ。さっきまでのように他人の自己紹介を聞き流すのも、次で最後になるからだろう。

 ……次で、最後?


「あれ? なんか、人減ってない?」


 昨日この教室に集まった時は、というかほんの5分か10分前くらいまでは、もうちょっと人数が多かったはずだ。

 始業式で並んでいたところを見るに、古式科の生徒は総勢30人程度だった。教室の方もそのくらいは普通に収容できる広さだ。

 にも関わらず、次に喋る人の後ろの席はみな、なぜか無人となっているのだ。


「……あ」


 ふと、応用魔術科最後(?)の一人が声を出す。

 やや上ずったハスキーボイス。暗い印象だがどこか愛らしくもあり、恐らく女性。

 ―――ていうか、室内なのにやたら鍔広の黒い三角帽子を被っているし。雨期明けの秋口とはいえ、暑さのぶり返す日も少なくないこの季節に、帽子と同じ黒のローブを着込んでいるし。ついでに明度と鮮度の低い青紫の癖毛をしているし、肌はちょっと健康状態が心配になるくらい白いし……まぁ、その、なんだ。


「そ……それ、たぶんワタシの……」


 こんなに特徴的なのに今まで気付かなかったことが不思議になるほど、極めて典型的ステレオタイプな『魔女』がそこには居た。

 鉤鼻でこそないのだけれど、代わりというべきか伸ばし放題の長い前髪で目元が隠れている。メカクレ属性とはあざとい。


「私の? なになに?」


「……ぁ……う……で、でも、言ったらこ、怖……怖がられるかも、知れない……」


「怖がられるって。逆に気になるなぁ」


「あァ、やっぱり幽霊ゴーストか。おおかた黒魔術の一種だろうが、この数を使役してるとなると……もしかして死霊術師ネクロマンサーなのか?」


「アイエエエエエエエ!? ゴースト!? ゴーストナンデ!?」


「ゴーストより今のセテラの方が怖いよ!?」


「あ、待ってノエル様、それはマジで傷つくからやめて。そういうのは。てか、幽霊なんてそんな―――」


 まさかと思って目を凝らしてみれば、どうだろう。

 果たして、席に座っている生徒の数は、私が指差し確認している間にも増えたり減ったりを繰り返している。

 何ならたまに足や頭の無い人も居るし、明らかに人間じゃなさそうなシルエットの方もおわすし、ちょっと言葉で表現したくないような造形のやつも散見される。

『幽霊部員』とは学園モノのゲームやアニメでよく聞く俗語だが、よもや同級生の半分が本物の幽霊で占められているとは、一体誰が予想できただろうか……!?


「ご、ご、ご、ごめんなさい……わ、ワタシ、ア、アルト先生の……言う通り……ネクロマンサー、だけど……、まだ、半人前だから……。……あ、で、でも、この子たちは安全、のはず……です……。ただの、浮遊霊、なので……」


「ねぇ私『浮遊霊』ってワードに良いイメージ全く無いんだけど。そこんとこどうなの」


「基本的には無害なのは事実だな。基本的には。ところで名前は?」


「あ……あ、そ、そ、そう、でし、ですよね……。め……メロウ・タナップ……、です……」


「ねぇ『基本的には』ってなに?」


「確かに、おれたち特に何もされたこと無いな」


「私も初めて見た時は驚いたけど、すっかり慣れちゃったよ」


 戸惑うメロウさんを、グラム君とリリさんがすかさずフォロー。せっかくの転生美少女フェイスを台無しにしながら騒ぐ私とは違って、信じがたいほど落ち着いている。

 小規模クラスなりに結束は固いようで何よりだが、幽霊って見慣れてしまえるものなのだろうか。しかも1人や2人ではないというのに。


「ふむ。これで全員か? ゴーストの生徒が居るなら話は別だが」


「いいえ。卒業生の霊を除けば、もうひとり生者の生徒が在籍していますよ」


「OBの霊も混じってるんだ……」


「ただ、彼……カナタ先輩は少しばかり、お家の事情が特殊でしてね。ラザフォード家の養子、と言えばわかりますか?」


「あァ……。噂は聞いたことがある。どうせまたデモフィンのジジイの尻拭いだろ。だが、生き残りが居たとはな」


「でしたら話が早い。どうも立て込んでいるようで、学園への到着が遅れているんです」


 そう語るアルト先生とイズ君の間には、明らかに音声にならない文脈が込められていた。

 やだ……なんかああいう、秘密の符牒的な? そういうので会話するの、めっちゃカッコいい……。

 でも、目の前に居るのに私だけ意味のわからない言葉で喋られるのは、ちょっと怖いかも知れない。特に後者は可愛い顔してるだけに余計怖い。

 と、まぁそれはそれとして。


「ふーん。もう一人居るんだ。主役は遅れて来るって感じ?」


「ははは、面白い表現ですね。しかしカナタ先輩は、主役を張るには今日に限らず遅刻が多すぎます」


「悪くない。仲良くなれそうだ」


「たしかに」


「セテラ……、遅刻……する気でいるの?」


 ノエル様はたぶん本気で言ってるんだと思うけど、一連の流れを冗談と受け取ったみんなが――ダイナさんとコンスタンティン君を除いて――からからと笑う。

 努めてゴーストの群れを別にすれば人気のないクラス、と偏見の目で見ていたが、何だか暖かくて良い人たちじゃないか。


「……仲良くなれるといいね、セテラ」


「ん? あぁ……うん。そうだね」


「いつかは、ほら。あのお二人とも」


 未だ緊張のほぐれない、だけど確かな微笑みの表情を形作って、ノエルは前を向いた。

 そこには、これから同じ時間を過ごす、愉快で個性的な仲間が集っている。

 ……やっぱり、いつの間にかずいぶん大きくなったなぁ。


「もっちろん」


 ならば私も、及び腰になってはいられないだろう。

 イケメン天国だの何だのみたいな妄想は……ひとまず置いておくとして。まずは着実に、出来ることから一歩ずつだ。

 さぁ、遠からん者は音に聞け。近くば寄って目にも見よ。


「その方が、楽しいに決まってるもんね!」


 私はセテラ、もしくは颯坂柚月。

 このクラスの全員と、友達になる女だ!

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