アーウェンスの廻廊

ごまぬん。

プロローグ

断章「ここではないどこか─────」

 果てどない荒野を行く、一人の青年がいた。


 彼が歩む大地は血のように赤く、焦げたように黒い。随所に見える地割れの底には、泥とも流砂ともつかぬ青黒い光の粒が、軍隊蟻ぐんたいありの群れの如くごうごうと渦巻いている。

 頭上を覆う暗雲から赤い雷が迸る度、それは硬質な破砕音を伴って空間を引き裂き、禍々しい極彩色のを生じさせる。

 そこにあるのは、誰にも止められぬ荒廃であった。


「―――――これで、よかったのかな」


 ふと、青年の前に立ち現れる影があった。鈴の鳴るような高い声。

 膝下まで伸ばした白銀の長髪。男女の区別すら読み取れない超然とした美貌。星雲や銀河の高精細写真を思わせる、複雑で壮大な色彩が閉じ込められた瞳。

 すらりとした肢体は黄金比めいて完璧な均整を保っており、その身には古代の神官を彷彿とさせる紋様入りの貫頭衣を纏っている。


「……。……あぁ」


 憔悴と疲労に掠れた声が漏れる。

 ■■は、彼がこのような声音で話したのを聞いたことがなかった。


「これが、君の見たかったもの?」


「何だそりゃ。そうだよ。……そうに決まってる。やったんだよ、俺たちは」


「……そう、かな」


「いいだろ、もう。なぁ、それより次はどうする。俺はどうすればいい?」


 黒髪の青年が獰猛に笑う。

 その深紅の瞳は、既にどんな光も映していなかったが、決して盲目ではなかった。青年の視線は、確かに目の前の■■に焦点を合わせていた。


「次は何を壊せばいい。誰を殺せばいいんだ? 赦しは要らない―――血が欲しい。俺たちが踏み潰してきたわだちのすべてに、報いるだけの血が」


 携えた剣を握る青年の手は震え、それでも柄から離れようとしない。

 一度生まれてしまったものが、一度始まってしまった物語が、容易く終わることはない。


「……、……うん。わかってる。大丈夫……大丈夫だから」


 ■■が一歩踏み出す。青年との距離が縮まっていく。


「約束だよ。僕たちは何も変わらない」


「あぁ。―――俺はお前の剣だ。これからもずっと、お前のためにこの力を振るう」


「うん。―――僕は君の神様だ。誰もが君を拒んでも、僕だけは君の味方でいよう」


 終わっていく宇宙の中で、ふたりの間にあるものだけが永遠だった。


 長い夜が来る。止まぬ悪夢が始まる。彼らにとって、これまでもずっとそうだったように。

 だが願わくば、次の目覚めこそは―――――。

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