第2話 吸血鬼

熱い。

体全体が炎に包まれているかのように熱い。

いや、これは体の外というより中が熱いのか。

自分では無い何かに体を侵食される感覚がする。

だが、そんな感覚も次第に薄れていった。―――――――――――――――――

――――――意識が覚醒していく。

目が覚めると、自宅のベッドの上にいた。

汗がびっしょりで、制服が張り付いて気持ち悪い。


「あれ?」


疑問が浮かんだ。

なぜ僕は制服のまま寝ているんだ?自分の制服を確認してみると、白色のワイシャツが赤に染まっていた。

必死に記憶を探る。



思い出した。

昨日の出来事。

非常に非現実的で、非科学的で、人に言ったら笑われるような荒唐無稽なこと。

僕は吸血鬼に襲われたのだ。


「おい人間」


どこだ!?どこからかあの吸血鬼の声が聞こえてきた。

だが、周りを見渡しても見えるのは僕の普段の部屋だけだ。

ふと、この声は耳から聞こえてきたのではないことに気づいた。

体の内から聞こえてくるような。

脳内で再生されている声のような。

そんな感覚だ。


「そうじゃ、矮小な人間よ、儂はお前の内におるのだ」


何?理解が追い付かないが、それが本当なら最悪だ。

なにしろ、人生最大の苦痛を味わわせてきたやつが体内にいるのだから。


「まあ、落ち着け、儂がお前の血をもらったのも、お前の体を依り代したのにも訳があるんじゃよ」


訳だって?あの痛みを正当化する理由があるのなら、聞いてみたいじゃないか。

吸血鬼は語る。


「見ての通り、吸われての通り、儂は吸血鬼じゃ。吸血鬼、と聞いてお前ら人間は、自分たちの血を吸う化物、自分たちを吸い殺す化物を想像するだろう。だが、実際は違うのじゃ。まあ吸血鬼が実在すると思っている人間なんぞ珍しいがのう。吸血鬼。読んで字のごとく、血を吸う鬼。これも確かに正しい。だが、読み方を変えれば別の解釈もできると思わんか?逆から読むのじゃよ。鬼の血を吸う者。これが実際の吸血鬼の在り方じゃ。」


「鬼の血を吸う者だって?それじゃあ吸血鬼以外にも鬼がいるみたいじゃないか」

僕は吸血鬼に問うた。


「ほう、人間の癖に頭が回るじゃないか。その通りじゃ、吸血鬼以外にも鬼は無数におる。中でも最強の鬼、と呼ばれているやつがおる。名は酒吞童子しゅてんどうじ。儂の心臓をえぐり取ったのも其奴じゃ。吸血鬼は血を力の源としておる。だから心臓を失った儂は力の大半を失った。その状態から逃げられたのは本当に奇跡じゃな。その後逃げた先でお前を見つけたというわけじゃ。矮小な人間ごときに宿るのは不本意じゃったが、死んでは元も子もないからのぉ。失った心臓部をお前の心臓で埋めるように、憑依したわけじゃ。お前を人間と呼ぶのはやめておこう。儂が宿ったお主は儂の吸血鬼としての能力を使える。これはもはや人間とは呼べないじゃろう。“人間擬き”じゃ。」


人間擬き。


吸血鬼はそういった。


そうか、僕は人間をやめてしまったのか。

衝撃の事実であるが、余り驚きが湧かない。

これも人間擬きになった、言うなれば吸血鬼化した影響だろうか?


「そうかもしれんのぉ。儂も憑依したのは初めてじゃから断言はできぬが、儂の血がお主の血と混ざっておるのじゃから、脳に影響が出ても何ら不思議でない。脳に影響が出れば、思考が変化するのは必然じゃろう。」


恐ろしいことをさらっと言うなこの吸血鬼は。

しかもさっきから自然に思考を読まれている。


「血は全身に流れておるからのぉ。もちろん脳にもじゃ。思考を読むことなど容易い。視界を共有することもな。じゃが、心臓を失った儂では他人の体をすべて乗っ取ることはできぬから安心せい。」


心臓があったら人間に憑依などしないがな、と、吸血鬼は嗤う。

しかし、唐突に真剣な雰囲気になった。

吸血鬼は話を続ける。


「ここからが、本題じゃ。儂の心臓をえぐり取った鬼、酒吞童子は、儂を追いかけるじゃろう。最強と呼ばれる奴を殺しうる存在は儂以外にはおらぬからの。だが、儂を殺しに来るのは今すぐというわけではない。奴には四天王と呼ばれる四体の配下がおる。いや、おった、と言うのがここでは正しいかのぉ。四天王は全員儂が殺してやった。」


カッカッカッカッカッカ、と、吸血鬼は高らかに嗤う。


「確かに殺した。じゃが四天王は酒吞童子を殺さぬ限り復活してしまうのじゃ。厳密には酒吞童子が四天王達を蘇らせる。さすがに四天王抜きで、酒吞童子単騎では儂を殺りにはこないじゃろう。あやつが最強と呼ばれる所以は実力もそうじゃが、頭も冴えるからなのじゃ。負ける可能性のある戦いは絶対にしない、圧倒的戦力で敵を蹂躙する、それが酒吞童子という鬼じゃ。四天王の復活させるには一年ほどの時間がかかる。それまでお主を鍛えまくってやるぞ。」


鍛えまくる。

吸血鬼はそういった。

僕が酒吞童子と戦うのか。

自分が敗れた相手に人間擬きが勝てると思っているのか、と疑問に思った。


「今のままでは、儂の能力でアシストしても、もって数秒といったところじゃな。だが、吸血鬼は鬼の血を吸う者じゃ。鬼の血を喰らうことで能力が上がる。能力の上昇率はより強い鬼の血ほど高い。上位の鬼を喰らい続ければ儂の全盛期の能力をも取り戻せるじゃろう。そうすれば、勝てる可能性が出てくる。」



血を喰らう。

そうすればいよいよ本当に人間ではなくなるだろう。

だが、喰らわなければ、戦わなければ、一年後、僕と吸血鬼は殺される。


こうして、僕と吸血鬼の物語が始まった。

血にまみれた、戦いの物語が。ーーーーーーーーーーーーー



「そういえば、名前はなんて言うんだ?いつまでも吸血鬼と呼ぶのは不便だ。」

僕は尋ねた。

それを聞いた吸血鬼は

「おー、そうじゃな。言っておらんかった。儂の名は、」


アイリス=ラミア=フェルト、

吸血鬼の始祖じゃ、


と、答えた。

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