Vol.6.1 【ライバル店】

カランカランッ♪


店の扉が勢い良く開かれたかと思うと、娘の水菜緒(みなお)が慌てた様子で飛び込んできた。


「お父さん、大変、大変だよ!」

「おかえり、水菜緒。でも皆さんがびっくりされているから、まずは落ち着こうか」

「あ、はい。ごめんなさい」


頭を撫でながら、そう諭すと落ち着いて、お客様に頭を下げる水菜緒。

うんうん、素直に真っ直ぐ育ってくれて嬉しい限りです。

お客様も大半が常連客で水菜緒とも面識があるので、笑って許してくれている。


「それで、何が大変なんだい?

もしかして例の彼からデートにでも誘われたのかな?」

「デっっ」


そう言うとボッと音が出そうな勢いで顔を赤くする。


「そそそんな、デートとかじゃないし、皆で遊びに行くだけだし。

……って、そうじゃなくて。

ライバルなの、ライバル」

「おや、他の可愛い女の子が彼にアタックをかけてるのかい?」

「だから、それは大丈夫だから、あの人の事から離れて。

近くにライバル店が出来たの。

うちより駅に近い大通りに面したところに。

このままじゃお客様取られちゃうよ!」

「ああ」


なるほど。

水菜緒が言っていることが大体飲み込めてきた。

確かに2ヶ月前から工事をしている場所があった。

見れば大手喫茶店のチェーン店で、一昨日無事にオープンしたらしい。


「そうだね。今度のお休みに開店祝いを持って伺おうか」

「って、お父さん、どうしてそんなに暢気にしていられるの?」


私の落ち着いた様子を見て、水菜緒の興奮もどこかに行ってしまった様だ。


「それはまあ、そのお店がこちらに営業妨害を仕掛けてくる、というのであれば対策を練らないといけないと思うけれどね。

そうでなければ、私達はいつも通り、今以上にお客様に喜んでもらえるお店作りをするだけだよ」

「そうは言っても、絶対向こうのお店は開店記念だ~とか言ってセールしたり、色々やってくるよ。

うちでもそういう事しないとダメなんじゃない?」

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。

何より、住み分けは既に出来ているようなものだからね」

「住み分け?」

「そうだよ。想像してごらん。

もし同じケーキショップが並んでいて、片方はお友達のお父さんが経営しているお店、もう1つは知らない人が経営しているお店。

水菜緒だったらどっちのお店からケーキを買いたいと思うだろうか」

「それはもちろん、お友達のお父さんが経営している方だよ」

「そうだね。うちの喫茶店に来て下さっているお客様も、ここが好きだから来てくれているんだ。

そういう人たちは他にお店が出来たとしても来てくれるだろうね。

逆にそれで離れていく人は、そうでも無かったという事だろう。

それは私達が好きになってもらう努力を怠っていた証拠だ」


そこまで聞いて、ようやく水菜緒にもピンと来るものがあったらしい。

しわが寄っていた顔が笑顔になってくれた。


「えっと、じゃあじゃあ。

わたし、お客様にもっとうちを好きになってもらえるように頑張るね!

それじゃあ、すぐに着替えてくるね♪」


そう言って居住スペースに繋がる扉の向こうに駆けて行く水菜緒をお客様達と一緒に見送った。



######



そんな事があった3ヵ月後。


カランカランッ♪


店の扉が勢い良く開かれたかと思うと、水菜緒が慌てた様子で飛び込んできた。


「お父さん、大変、大変だよ!」

「おかえり、水菜緒。でも皆さんがびっくりされているよ」

「あ、そうだった。ごめんなさい」


頭を撫でながら、そう諭してあげる。

そういえば前にもこんなことがあったなと思いながら。


「それで、何が大変なんだい?

もしかして例の彼から告白でもされたのかな?」

「こくはくっ!?」


一瞬にして真っ赤になる水菜緒。

うん、この様子だと違うみたいですね。


「それはまだ早いというか、なんというか。

って、違うの。大通りの喫茶店、潰れちゃったみたいなの」

「ああ、そうらしいね」

「あれ、お父さん知ってたんだ」

「親切なお客様が教えてくださるからね」

「そっか。でもどうして向こうは潰れちゃったんだろう。

もしかしてうちも危なかったりするの?」

「いいや。有難いことにうちは大丈夫だよ」


水菜緒が不安そうに聞いてきたので、すぐに否定してあげる。

こういう話をうやむやにしてしまうと、尾ひれがついて大変なことになることもあるから。


「そうだね。あのお店が潰れた原因か。

場所が悪かったのが原因のひとつではあるだろうね」

「場所?でも大通りに面してるんだよ?」

「そう。でも駅からは少し離れていただろう」


そう言うと素直に頷く水菜緒の目は続きが気になって仕方ないようだ。


「喫茶店を利用する人は大きく分けると2つ。

1つは近所に住んでいる人。もう1つは仕事帰り、学校帰りの人。

前者の人の多くは、行きつけのお店がある事が多い。うちのお店のようにね。

そして後者の人がまず行こうとするのは駅前にあるお店だろう。

わざわざあと少し歩けば家に着くのにお茶を飲んでから、と思う人は少ないだろうからね。

だからそのどちらも該当しないあの場所だと相当大変だろうなと思っていたよ」


さすがに3ヶ月で店じまいしたというのは早いなとは思ったものですが。

それも仕方ないのかもしれないですね。


「せめて、ご近所に開店の挨拶廻りをしていたらもう少し結果も違っただろうね」

「あ、そっか。確かにお友達に聞いてもそういうのは聞いたことが無かったよ」

「そう。一方的に店を開いたから来い、じゃあ人は来ないんだよ。

来て欲しいのであれば、まず自分から行かないといけない」

「『愛されたければ、まず自分が相手を愛すること』だね」

「ああ。そういうことだね」


私の母がいつも言っている言葉を口にする水菜緒。

そうだね。それを忘れなければきっと幸せになれるだろう。

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