12 瞬間の思いを、捕まえる。

 瞬間の思いを、捕まえる。


 あなたを、つかむ。


「綾川先輩は、まだ稲田先輩のことが好きなんですね」

 泣きながら、小夜は言った。

「……うん」

 綾川先輩は言う。

 うん。……うん、か。

「だから、ごめん。三笠さんの気持ちはすごく嬉しいけど、その告白を受け入れることはできない」

 綾川先輩は言った。

「……稲田先輩には好きな人がいて、その人と稲田先輩が付き合っていたとして、……二人が恋人同士になっていたとしても、それでも、綾川先輩は稲田先輩が好きで、稲田先輩のことを思って、稲田先輩と同じ高校を受けて、その高校に受かって、(私を置いて)その高校に通って、また稲田先輩と同じ部活動に入るんですか?」小夜は言う。

「うん」

 綾川先輩はいう。

「それじゃあ、ストーカーです」小夜は言う。

「違うよ。ストーカーじゃない。ちゃんと稲田先輩にも、同じ高校を受けることは連絡していあるし、稲田先輩も、いいよ。こっちにおいでって、そう言ってくれたんだから。……僕の気持ちを知りながらね」

 その言葉を聞いて、小夜は驚く。

 そうなんだ。と小夜は思った。

 小夜が個人的に稲田先輩と連絡をとっているように、綾川先輩も、こうして、稲田先輩と個人的に連絡をとっていたりするんだ。


「僕は稲田穂村先輩が好きなんだ。その思いを今はまだ、諦めることはできない」

 綾川先輩は言った。

「じゃあ、私も諦めなくていいですか?」

 小夜は言う。

「え?」

 綾川先輩は驚いた顔をして、小夜を見る。

「私も、稲田先輩と、綾川先輩と同じ高校を受験します。私の成績じゃ、ちょっと厳しいのはわかっているけど、受かってみせます。そして、二人と一緒の部活動に入ります。そしたら、また、その部室で、今みたいに、綾川先輩に好きですって、告白します。そしたら、そうしたら、綾川先輩は、私の告白を受け入れてくれますか?」

 小夜は言う。


 天文部の薄暗い部室の中に二人きり。

 今日は卒業式で、綾川波先輩が、小夜の通う星見中学校から卒業して、いなくなってしまう地球最後の日。

 だから、小夜はもうなにも怖くなかった。

 失うものもない。(今日で地球は終わりだから)

 だから、こんなことが言えた。

 普段なら絶対に言えないこと。

 小夜の、本当の、本当の気持ち。本当に綾川先輩に伝えたかった思い。その思いは、きちんと綾川先輩に伝わったのかな? あるいは、綾川先輩はやっぱり今も宇宙にいて、地球にいる私と電波の交信なんてしてくれないのかな? (……あるいはタイムラグが数年くらい、あるのかな?)


 向かい合って座る、小夜と波。

 小夜はじっと、波のことだけを見つめている。

 波も同じように小夜を見ている。(いつもみたいに、稲田先輩じゃない。今の綾川先輩は、本当に、……私だけを、見てくれている)


「先輩。どうなんですか?」小夜は言う。

 そんな小夜を見て、くすっと笑うと、綾川先輩は「それは……」と言って、小夜に、自分の、小夜の質問に対する答えを言ってくれた。

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