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その日、大陸の癌が取り除かれた。

大きのものにとってそれは平和への一歩であり、甘い蜜を吸っていた少数のものにとっては地獄への入り口となって。


◇◆


大陸の中央に属するピューロリウム王国は海に面しており交易が盛んに行われている。

北を海に、西から南を強力な魔物が蔓延る毒闇の森に東を700kmにわたって大陸を分断するアライゾ山脈に挟まれた大国である。

領土のほとんどをこの人が住めない森と広い海であったことから、北へ北へと領土を拡大した。

人が登ることが出来ない鋭く尖った山々と一度は行ったら二度と帰れないとされる森をいこうとするものなど存在せず他国からの侵攻を一度も受けなかった。

また、年に2回ほど海からの攻撃を行ってくる国もあったが早い時期から海に進出し海洋技術を発展させていた王国に他国の船が叶うわけもなく侵攻というにはお粗末なほどに蹴散らされていた。


戦争もなく、魔物にも滅多に襲われることもない王国には一箇所だけ地獄と呼ばれる場所があった。

そこは火と血に飢えた都市 大公国首都であるサンギィスサウドトゥルク。

あまりに長い為、サウドと呼ばれることもある。

大公国というのは国家であるものの書類の上では王国の属国となっている。

西から南へ伸びた領土は例の森に沿うように外壁が設けられ、本国に魔物が行かないように防波堤となっている。

普段から死と隣り合わせのこの都市では世界中からありとあらゆる違法な薬物が、軍から横流しされた強力な武器が、人が買うことを禁じられている魔獣が、とっくの昔に廃止された奴隷が、それらを扱う非合法な商人達が集まり国際指名手配犯や闇組織を客に商売を行なっていた。


王国を治めるアボゥルリウム王家と大公国を治めるサンギィスリウム家は元々ネブラリウムと言う王家であった。

しかし780年ほど前、血と暴力によって統治をしようとした第一王子のウラド・ウルム・ネブラリウムと平和的統治を目指した第二王子のアウトゥス・ドゥオ・ネブラリウムとの間で激しい権力争いが起き多くの貴族の支持とウラドのやり方に危機感を覚えた近隣国の援軍を得たアウトゥス側が勝利を収めた。

本来ならば王になるはずであったウラドは辺境へと押し込まれた。

結果だけを見れば第二王子の大勝利であったが、実際には武闘派と呼ばれる強力な私兵を持つ貴族や王権派と呼ばれる正当な王を重んじる歴史の長い大貴族のほとんどが第一王子に味方をしており、アウトゥスが王になってからは王国は歪んだままであった。

王を簒奪した第二王子は王国のイメージを一新するため名をネプラリウムからアボゥルリウム家に改め、又同時期、簒奪された第一王子は我こそが真の王であると言わんばかりにネプラリウムからサンギィスリウム家へと改名をした。

他国からは東王国と西王国と呼ばれたり、逆にアボゥルリウム家を王として認めていない国まである。

その理由は、軍事力の差であろう。

平和な王国本土へと紛れ込もうとする魔物を駆除し、海からの侵攻を蹴散らし、商人を取り締まり、物流を管理し、国内で起こりうる犯罪組織の暗躍を阻止し、都市間の治安を維持する。

その全てを大公国が補っており、他国から見たこれら二つの国は、王国が属国で大公国が事実上の国主であるように見えているだろう。

これは大公国きっての政策であり、こちらに頼らなければならぬほどに王国を弱らせ、傀儡にするというものだ。

そして問題は全て王国に押し付けて反発しようものなら何もしなくする。

本当に何もしない。

暴れたり侵攻したりなんてせず、物流を止め、治安維持をやめ、海からの侵攻を放置し、食い止めていた魔物を野放しにする。

これほどの脅しがほかにあるだろうか。

いや、ない。

びびってYESマンと化した王国は120年にも渡り、大公国の操り人形とかし、歴代最高の馬鹿王を生み出し続けた。


平和で戦争もない王国に比べ、サウドでは放火、殺人は当たり前。

森の魔物は壁を越えて街へ入り込むし、船で密入国してきたイカレ野郎共は好き勝手に殺し回るし、街を守るはずの騎士は街で放火を行い、領主は適当に選んだ通行人を広場で処刑していた。

そしてそれらの死体に群がる魔物や恨みから魔物となったアンデットが闊歩し普段から街は血と腐臭と炎に包まれていた。


そんな都市でオレ、ラシエト=ウラド=サンギィスリウムは生まれた。

ミドルネームは偉大なる真の王、ヴラドサンギィスリウムの名を取ったものだ。

オレが生まれたのは、丁度父上に嘘の投資を提案して金をだまし取ろうした宝石商が火によって浄化された日でもあった。

生まれたばかりのオレを抱き抱え城のテラスから燃え上がる炎を見せながら父はニカりと笑い宝石商の末路を聞かせたらしい。

街一番だった宝石商は一区画を治めるほどで焼くにはかなり時間がかかりそうなものだが、酒でもためていたのかよく燃えたそうだ。

一区画のキャンプファイアによって暗い都市を明るく照らした、その日に生まれたオレは神話に登場する悪を光で滅する神ラシュトから名前をとってラシエトになった。

生まれてからずっと父はお前は光に祝福された子供だと父は明るく語った。

その言葉通りオレは生まれつき光の加護を持っていた。

だが、一日早く産まれた兄は鬼神の加護という力に優れた加護を持っていた。

力と血に塗れたこの都市では兄の加護は領主にふさわしかった。

子供の頃見た兄は加護によって強化された化け物だった。

だが力に頼りすぎた兄は傲慢さをまし、力だけで解決しようとするただのデブになり下がった。

そんな兄に仕えるのが嫌で領主になる為に足掻いたオレは街から認められるほどの人脈と何十倍も生まれ持った力に差があった兄を下し次期領主へと成り上がった。


これであとは領主になるだけだった。


だが、人生というものはうまくいかないもので、突如として帝国軍がアライゾ山脈を越えて侵攻。

今まで考えでも見なかった空からの攻撃に王国はもちろんのこと大公国も反撃をする間もなく粉砕され、血と腐臭と火で塗れた国は、死と灰に塗れて沈黙した。

帝国が山脈を越えて来た時点で敗北を悟ったオレは荷物をまとめ、信用している私兵をいく人か連れさっさと逃げ出した。

逃げるついでに普段から殺してやろうかと思っていた兄に剣を持って奇襲をかけたところ、向こうも同じことを思っていたのか護衛で固めており、完全な奇襲ってあったものの見事に兄の首を刎ね、同時に左腕を兄に切り飛ばされていた。

腕を失って痛みで意識が飛びそうになる中、光魔法で止血をして、家宝の剣持ち、父がくれたトリコーン帽を被り、母が生前、誕生日に買ってくれた礼服に着替え外へ出た。

もし、生きていたらまた会いましょう。

付き合いの長かった組織の顔役達にそう言って全力で走って船に乗り込んだ。

船を持たぬ者たちが地獄の番犬のように船を出しても乗ろうと追いかけて来た。

船をに掴まっている男を槍で突き刺し海へ捨て、小船で乗り込もうとした人達を無慈悲にも砲撃で沈めた。

人でなしの国に生まれ、血と暴力に塗れた国の領主になろうとしていたオレでも流石に酷いと非難の声を上げた。

槍で突き刺した男は刃物を持っていたが、小船に乗っていたのは女子供だった。

彼らは必死に助けて下さいと言っていた。

別に刃物を持っていたわけでも無かった。

割と感覚が麻痺していたオレでもほかに方法があったんじゃないかと思った。

でも、頭ではそう思っても手に持った槍は振るい続けたし、砲撃はやまなかった。

酷いと思ったし、助けたいとも思った。

だが、一人助けたら自分も自分もと言って何千も何万も助けなければ行けない。

大きな船だが乗れて200人、何日も航海をしなければ行けないから8人、今船に乗った人数でいっぱいだ。

殺しは初めてじゃなかったし、助けてと言っている人を無慈悲に殺害する光景を見るのも見飽きた。

大砲から発射される魔封弾が船を粉砕し赤い何かと水飛沫を上げ沈んでいった。

魔風弾に内封された魔力が爆発を起こし割れるような破裂音を立てて熱風を撒き散らす。

海面には港まで続く血の道と今まででどんな時より赤く燃え上がる都市。


父上はどこに行ったのだ。

遠くで燃え上がる都市を眺めながらそう思いふけった。






◇◆



最後まで語りきったオレに静まり返った酒場。

今日は宴会だというのに話し始めてからみんな一言も話さない。

おい、トイレくらい言ってもいいんだぞ?


「その、ゴンスさん。これ本当何ですか?」


「ああ、だいたいは本当だ」


「だいたい?ですか」


「物語の方に戦うと志願した人を置いて一人で帝国に立ち向かうシーンがあっただろう」


「はい」


「ラシエト様はあれに似たことをされたのだ」


「え?したっけ?」

そんなカッコいいことをした覚えはないな。

いつしたんた?

全く思い出せない。


「されましたよ……ほら兄上の」


「ああ!アレか!」


「え?何すか、そこ詳しく」


「ラシエト様は共に戦うと申し出た我々を置き去りにして猛毒を塗りたくった剣を片手にお一人で兄の寝室へ奇襲をかけたのです」


「そうそう!思い出した、それでな、兄は卑怯なことに護衛で固めていてな。何とな数人がかりで剣や槍で攻撃してきたんだ!卑怯ものめ!

あ、それでな。

兄が振るった下手な剣が当たって左手が切り飛ばされて凄く痛かったんだが、あ、父上!助けて兄さんに殺されちゃうよ!と言ってドアの向こうに話しかけたんだ。

で不意に全員が後ろを向いた瞬間に腰にさしていたナイフを兄の首におしつけて人質をとったんだ。

剣を向けようとすれば兄を盾にしてたんだけど不意打ちのつもりで襲いかかって来た兄の直属の部下の剣筋が運悪く首を刎ねてしまったわけよ」


とここまで話したところで、卑怯という単語が聞こえてきた。

ウンウン、そうだよ。

兄に正々堂々ととかいう言葉はないのか。

まったく、同じ腹から産まられたのが恥ずかしいよ。


「皆もわかってもらえたと思うが兄は鬼ではなかったが卑怯ものだった

こっちは一人だというのに」


その言葉に皆ギョッとしたように顔を見合わせて化け物をみた火のような顔でオレを見て来だした。

なんだなんだなんだ!?


「え、それ本気で言ってます?」


「は?で何?」


「え、だから卑怯って…」


「うん」

え?何、なんなの?


「卑怯なの……船長の方じゃないすか」



「は?何を言ってんだお前は」

は?何を言ってんだお前は


おっと口に出してしまった。


「いや、だって護衛で固めてるのは仕方がないとして奇襲をとか不意打ちとか最悪っすよ。

光を纏った剣で邪悪と立ち向かういいイメージが壊れていきますよ

というかさっき言ってた話も着色してんじゃないすか?」


「私に聞かせた内容と違くないですか?嘘は良くないと思います」

「あ、そういえばせんちょーって昔はもっと貴族っぽかったって聞きましたよ」

「僕が子供の頃はよく、下民が穢れるわ寄るな消えろとか言って唾吐いてましたよね!?」


おいおいおい、せっかく優しくてフレンドリーな船長にイメチェンしようとしてたのになんてこというんだ。

こ、こら、お前ら、過去を掘り返すのはやめろ。

てか聞きましたっていうとゴンスお前、何話してんだよ。


「おい、お前、貴族っぽかったってなんだよ。

正真正銘、貴族だったんだよ」




「なんだよ、何か不満でもあるか?」


「悲劇の…」


「だからそいつオレじゃない」



「てか話戻しますが毒の塗られた剣で奇襲とか人間を盾にとか魔族すか?!

人間やめてませんか?」

「ははは!そりゃあ違わねぇ!」

「悪魔かよ」

「ひゃはははは、悲劇の…ぶふっ」



「調子のンな、引退してえのか?」


いくら仲がいいとはいえ海賊舐められたらそれまで、船長として線引きが大丈夫だ。舐めるのと優しいのを履き違えんな。

海賊は裏切り者は許されない。

裏切らなくても引退も許されない。

海賊の引退というのはつまるところ死んだということだ。

ちょっと殺気を出しながら睨みつけるとあっという間に静かになった。


あーあ、駄目だな……

何をやってるんだか。

これじゃあ今までと一緒だ。



「あ、すみません。

ちょっと興奮してました」

『『すみませんでしたー』』


でも謝ってくれてよかった。

これで面子を保つことが出来る。

舐められたら終わりなんだよこの商売は。

でも時代は変わりつつある。

昔は、もっと荒くれ者が後先考えず暴れるのが海賊だった。

今や海賊は海の傭兵だ。

組織が、国が依頼して敵船を沈める、海の掃除屋といったところか。

海を持たない国は海兵が育てられないから海を渡る際には海賊を雇うし、自国の要人が海難事故にあったら海賊に探させるような時代だ。

時代は変わった。

無秩序な連中では海賊は務まらない。

ここは、もちろん秩序ある海賊団だ。

最初に集めた人材が良かったのか今や大陸一ともいわれる。

元商人、元料理人、元貴族。

エリートだけを集めたエリート海賊団。

今まではそんな感じでやって来た。

彼らは公国の崩壊によって職を失った者たちやその子孫だ。

けれど、オレとゴンス以外に不老を持った奴はいないから自然と人数は減って行く。

それに今は戦争がない時代だ。

商人も料理人も貴族も海賊になったりしない。子孫たちもまともな職につくも者も多い。

だから、スラム街で通行料とかふざけたものを取っていた組織を叩き潰してその中から比較的優秀な奴を入れてみたが、ああ酷い。

なってないな。

上に対する態度がなってない。

優しくしたのは、親切だ。

それを履き違えてまるで友達のような口聞いてんじゃねぇよ。

あ?馬鹿にしてんのか?


ふぅー……っと、はぁ。

まぁ、あのまま謝らなかったら罰を与えないといけなかったし。

一応察して謝ってくれて良かったよ。

ワイン一樽担いで近くの島まで泳いでこいとかいうところだった。

ふっ……命拾いしたな。



「んん!では仕切り直しと行こうか!

そのネタ以外で、好きに騒げ!

無礼講だ!ただし、オレ以外にな!?

そしてぇー、奢りは、ベラベラ勝手に話してくれたゴンスが持つ!

高え酒も頼んでいいぞ!!」


「え?!ちょ…」

「「「おおおおおおおおおおおお!?」」」

「パネェわゴンスさんあざっす!」

「よっ、太っ腹!」

「すんませーん、注文いいすか?酒場にある酒端から端までください!」

「ヒェアアハァァアイェア!酒飲み放題だぁ!」

「ゴチです」

「ひゃあ、他人の金で飲む酒はウメェわ!」


無礼講だ。と上が言ったとしてもそいつは嘘だと思った方がいい。

無礼講=自分には普段通り立場を弁えた上の行動をしながら少し羽目を外していいよ

と言う意味だと言うのに、全く。

新入りには一から十まで言わなければいけないなんてな。



「お前ら…!自重をしれ」

ゴンスが何かいうも馬鹿騒ぎする声に掻き消されその言葉は届かない。

お前は自業自得だ馬鹿。



「ギャハハハ、ゴンスさんじじゅうてなんすか?」

「じじゅうウメェ」

「あ、追加でメニューに載ってる料理全部ください。」

「(ゴクゴクゴク…)プハァー」


いや思考が停止している酔っ払いにはわかってもらえないようだ。

てっお前、全部って食いきれるのか?

食いきれなかったら無理やり食わすからな?責任持てよ?

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