『リメイク』なんで異世界勇者の俺よりも嫁の方が強いの?

@Kitune13

第1話ーさぁ労働の時間だ!働かんけど!ー

「ーー俺は思うんだよ、労働をしないということも人間の権利だって」


口の中いっぱいに広がる渋い麦色の液体、泡が口につき食道が潤う快感が素晴らしい。

男はぐいっと飲み干しプハーッと息を吐く。


「だが労働しない奴はただの穀潰しだがな」


「やめてよね現実言うの、あっお代わり」


バーの店主が呆れたように言って麦茶を入れ直した。

ちなみにこの店は麦茶はタダ、この男麦茶を飲みまくって席を占領する迷惑な客をしていた。

もはや恒例行事のようにダメ人間を謳歌する男に店主は深く溜息を吐いた。

黒髪黒目に細身の体躯、筋肉質でも無ければ痩せてるわけでもない、身長は大体百七十かそれぐらい。

顔面偏差値は平均から上ぐらい、別に醜いというわけでもないし美しく整ってるわけでもない平均値。


男は麦茶をまるでビールでも飲むかのように流し込む。


「そういうお前は知ってるか知らんがキールスの野郎は就職したんだぞ?お前も働いたらどうだ?」


「キールスはキールス、他所は他所うちはうち」


「お前がいうと全てがクソ理論に聞こえるんだが気のせいか?」


「いや俺が正しい、労働っていうのはやりたい奴がやればいいんだよ。俺みたいなやる気のない人間がやっても迷惑なだけだ、あー俺なんて思いやりのできる人間なんだろうか」


「全世界の思いやりのできる人間に謝れ」


時刻は昼十二時かそこら。

曜日は十日間ある週の一日目、労働者達は労働に赴き仕事をこなしてるであろう時間。

そんな時間にバーでタダ同然ーーいやタダで飲める麦茶を煽り続ける男は間違いなくロクでもない男であった。

富裕層などが住む表通りの住宅街から裏通りに入りそれはもう迷路のような道を抜けようやくたどり着けるこの店、店内は大変閑散としていた。


男と違い店主はきちんとした真面目そうな男であった。

美しく着こなされたスーツによく整えられた白髭、白髪の年齢を感じさせる髪とは裏腹に三十代と言われても疑わぬほどの美丈夫然とした顔。


男の服装はだらしなくシャツやズボンを着こなすどころか適当に着ただけ、そう訴えかける服装。

ある程度の値段はしそうな服もここまでだらしなく着られればみすぼらしく見える。


「そういや店主、キールスの野郎は何の仕事始めたんだ?」


「あ?キールスの坊主は確かめちゃくちゃ割の良いバイト見つけたからそこで働くんやって言って王都行ったぞ?」


「王都って......あいつ変なところで思い切りがいいよな」


「そりゃあキールスだしなぁ」


「まぁキールスだしなぁ」


二人して呆れたように溜息を吐いた。

友人相手にひどい言いようだとはかけらも思わないあたりキールスといわれる人物もそれぐらいと言うことだろう。


チクタクチクタクとオンボロ時計が時間を刻む音だけが静かなバーに響く。

店主は暇そうに清掃を始め男は麦茶を飲んでヒックヒックとしゃっくりを始める。



ーーエクス◯ロージョン!!


丁度十二時、オンボロ時計の窓枠からアホくさい声とともに煙が噴き出した。

それを見た店主は本日二度目の深い溜息を吐いて。


「お前が働けばうちとしても都合がいいんだよ」


「どう言う意味で都合がいいんだよ?」


「そりゃあお前、嫁さんから逃げるためにここに来てるんだろう?」


「な訳ないだろ」


顔を逸らし全力で口笛を吹き始める。

あからさまな僕知りませんアピールに思わず店主はこめかみを押さえ口角を上げる男へ一言。


「嘘つけ、口が笑ってるぞ」


「いや、まぁ、そうだ」


「たく嫁さんに苦労かけさせんじゃねぇよ」


非社会適合者兼穀潰し兼ワイフネグレクター。

三つ揃っていいのはパチスロだけ、三拍子揃えてしまえばただのろくでなしである。

男は空を仰いでーーいや、屋根がある上店先は狭い路地に無駄に装飾された屋根が空を見えなくするのだが。

まぁ、上を向いて目を細め。


「言い訳を言ってもいいか?」


「ダメだ」


「うちの嫁さんさ、働けって言わないんだよ」


「言語が通じないと来た。表通りの本屋で王国共通語の辞書を買うといい」


常識を正してやらねばと店主は思うが男の真面目な顔を見て口を閉じる。

彼の口の動きを、一言を待つ店主に聞こえるよう男は口を開いて。


「ぶっちゃけ働かなくてもいいんじゃね?って思わせてくるよりもあー面倒クセェ働かなきゃいけねぇなぁと思わせてくれる方がありがたい。て言うか働きたい」


「ほぅただのクズだったか、ゴミ箱は外のが大きいからそこに入るといい」


「人は燃えないゴミじゃなくて燃えるゴミだ、外に置いてあったのは瓶回収商人用のやつでゴミ箱じゃない」


「はぁ......」


これだからこいつはと本日三度目のため息を一つ。

色々と突っ込みたいところはあると言った店主の姿を見て哀れむように煽るように男は笑って。


「溜息吐くと禿げるぞ?もう白髪なんだし頭皮を大事に、な?」


そうその顔は慈悲深い聖人のような顔であったとさ。

ニコニコスマイルに思わず店主も笑って二人は朗らかに笑い合う。

仲の良い友人たちのように笑い合う姿は大変和み、素晴らしい光景であったーー


「よしぶっ殺してやろう、ミンチかスライスか選べ」


「面白い冗談だ、やれるもんならやってみろ」


肩を組んだ状態から素早く腕を動かし絞め技に入ろうとするが男は回避、数歩下がり魔力を滾らせ始める店主へと笑う。


「またまたー、そんな脅しに俺が屈すると思ってるのかね?ん?こんな店内で魔術をーー」


「『術式展開』」


ーーパチュンッ!

虚空へと出現した三次元体の魔術陣から風魔『風弾』が繰り出され男の頬を切り裂き壁を穿った。


ギギギと壊れた人形のように男は背後を見るとそこには三センチ四方程の丸い綺麗な穴が開いていた。

圧縮された空気は高密度のヤスリで磨いたかのような跡地を残している。

無論それは対人用であり無論当たればそれなりに悲惨なグロ画像になるもので......


だが、だがそれでも男は余裕の顔を崩さずに跳躍、ひらりと身を翻し空中で三度回転、シャツの胸元から何かを取り出す。

その姿に店主は警戒し魔術の用意をし、そしてーー


「大変すみませんでしたぁっ!!」


ちゃらんちゃらんと男が胸元から出した金銭三十六銅貨、有名な菓子である綿の棒を三本買えるぐらいの虚しい金銭を差し出し誇りのかけらもなく地面に頭部を擦り付け命乞いをする姿哀れなこと哀れな事。

そんな哀れな彼に思わず店主は涙を堪えて、


「バカは休み休みやれ」


全力で顔面を踏みつけた。


「痛いなぁっ!?空中三回転前転跳躍土下座(お金もあるよ♡)をした俺を踏むとはこの鬼畜!鬼!変態!幼女趣味!」


吠える吠える吠える、それはもう三下以下のワンコのように吠える。


「おいお前最後の方明らかに喧嘩売ったよな?生憎と俺は特売って言葉に弱いんでその喧嘩買い占めさせてもらおうかねぇ」


虚空に数十の魔術陣が展開、狙いは全て男へと設定されている。

指を一つ鳴らすだけでこんにちわ蜂の巣、さようなら人生する状態に土下座を一切崩さず男はカサカサと動く。


「いやほんとまじでやめてください僕貧弱な村人A、話しかけても定型文しか返さない存在なんで本当。靴舐めてやろうか?ん?」


「てめぇが何を言ってるか知らんがくだらないってことはわかる。バカなこという時間があるんだったら仕事を探せ」


店主はくねくねと動き出した男の手を踏んづけた。

半泣きで男は立ち上がり年に見合わない子供のような体勢、言い草で。


「仕事仕事うるさいな!お前は俺のオヤジか!」


「客にはよくマスターやらオヤジと呼ばれてるが何か?」


「面倒くせぇなこいつ!?」


「特大のブーメランが頭部に刺さったようだが大丈夫か?あっ、頭は元から大丈夫じゃなかったなごめんな」


「諦めんじゃねぇよ!?というか俺は正常だ!」


「自らを正常と自負する奴は大抵ロクでもない人間だ」


「ふっ俺は正常じゃないぜ」


「事実だな」


「そこは正常だなって返せよ裏切り者トレイターめ!」


「ブリカス語でわざわざ言うな」


王国共通語とブリカス語。

元はブリカスの植民地であったためにブリカス語が現地言語と混ざってできたのが王国共通語。

ブリカス語はその名の通りグレートルーザーブリカス帝国及び北部ワタシランド連合皇国の言語だ。

遥か昔は世界中に植民地を持っていたが独立運動やら本国への侵略戦争、などなどがあり王家と大統領、内閣総理大臣、総統が両立する謎国家へと変貌している。

国家元首が混沌とした体制の為他国との戦争よりも内乱の方が多いと言う。


侮辱と煽りたっぷりの地名に思わず男はブリカス(ryに赴いた際に笑って粛清されかけたことがあるのだ。


土下座と見下し、視線が交錯し一瞬即発どころか謎の空気が流れる中ドアが開かれ一人の女性が店内に入った。


洗濯洗剤の匂いと花の香りを漂わせる女性は白銀の豪奢な髪を編み込み、背後で作られたポニーテールは惜しげも無く細く儚げなそのうなじを晒している。

色白で碧眼、肩まで伸びた髪、そして亜麻色のコルセットと白色のシャツが黄金比とかく語りきた胸を強調、若草色のロングのフリルスカートが清楚さを醸し出している。

まるで彼女が居る場所こそ貴族の舞踏会の様に華やいで見える。


彼女の姿を見とめた男は素早く立ち上がり店主へと微笑みかける。


「そうだなぁ、最近なぁ魚の値段が高いよなぁ」


「いや、魚類の値段は今年は豊漁御礼、去年よりも二割引きぐらいで安いぞ」


空気を読め、そう言わんばかりの視線を無視する豪胆さを持つのが店主である。


女性はにこやかに笑いながら男へと近づき優しく肩を叩いて。


「出かけるときは一言言ってください、心配するじゃないですか」


「おっおぉ、そうだな。これから気をつける」


頬を掻いて男は目をそらす。

その動作は照れ隠しの様にも見えるがそうではない。

軽くハイライトの消えた女性の碧眼は深海の様に黒く濁り深淵を湛えていた。


「それと私の視界外へと行く時は一言断るかーー」


「いや待て、待つんだ。視界外に出るのは良いだろ?な?」


「いえ、マコトさん視界外に出るところっと死んでそうで怖いので」


「俺どれだけ貧弱なの?マンボウなの?」


男ーーマコトは苦笑いを浮かべながら数歩下がる、すぐに迫られる。

白魚の様な手に裾を掴まれ顔を近づけられ全力で目をそらす。


「マンボウがどの様な物かわかりませんがおそらくマコトさんよりも生存率が高いことでしょう」


「いや待て、魚類よりも生存率が低いって俺はアリか何か?」


「アリは働いてますよ?」


「すみません」


言外に無職だろアリに失礼と言われているのだ。

ちなみに女性本人にその悪意はない、天然だ。


「まっまぁユイ、今回ばかりは俺が悪かった。とりあえず帰ろう」


「いえ、話が終わってません。この前話していた性病を完全に予防する新魔術の構築が終わったのでその......夜の......ソレを......」


頬を赤面させユイと呼ばれた女性はモジモジと艶かしい肢体を動かす。

今日洒落た格好をしてるのはソレが理由かと察してマコトは苦笑いを浮かべすぐに至極真っ当な顔へと変えた。


「ユイ、いくら性病予防できたと言ってもやはり危険性というのはあるんだ」


あっこいつ丸め込む気だなと店主がため息を吐いた。

だがそんなことに気づかずユイは可愛らしく小首を傾げる。


「そうなんですか?」


「あぁ、そうだ。そういう行為は俺の国では三十歳になるまでしなければ魔法使いになれるんだ」


何言ってんだこいつと店主は睨む。

だがやはり気づかずにユイは興味を示した様子でマコトの双眼を見つめる。


「魔法使い、行為をせずに年齢に達することで魔法を使える様になるのですね」


「あぁ、そうだ。その為には一度たりとも城に攻め込んだことのないある一種の勇気あるファイナルウェポンが必要なんだよ」


「ふぁいなるうぇぽん?」


発音できないのがクッソ可愛いと内心思ったり罪悪感を覚えたりしながらもマコトは続ける。


「そう!つまり童貞でいなければ俺が魔法を使える日は来ないーー!!」


「なっもしかしてソレが理由でマコトさんは魔術が使えないんですか!?」


「そうだ!だから三十代まで俺は行為をするわけにはいかないのだ!」


こいつ頭大丈夫かと店主が冷めた目でマコトを見る。


「ですが、そのマコトさんが三十代になる頃まで生きていられるかわからないのでやはり今日ーー」


「しかーし!対応策がある!」


「対応策ですか?」


「そうだ、西洋の伝説に存在する聖杯だ!俺は聖杯を手に入れるぞー!!」


聖杯、ありとあらゆる願いが叶うと言われる万能の願望機。

それはお伽話や騎士の話、神々の伝説ではつきもので存在は架空のものとして周知されている。

だが最近になって魔術学院の講師が聖杯は存在する可能性があるといった趣旨の論文を発表したため探す人間は多い。

無論主婦兼魔術師であるユイもそれを知っている。


「そうですか、聖杯があれば魔術を使える様願うことも可能ということですね!」


「あぁそうだ、ということでまだ行為はーー」


「できるじゃないですか、行為をしても聖杯さえあれば魔術を使える様になれるんですし」


冷や汗一筋。

マコトは一貫して勢いで乗り越えようと声を張り上げる。


「いっいやまだダメだ、行為というのは女性にとっては痛いものと言われている」


「......今女性にとって痛いものなんだと、まるで体験し見たことのあるかの様にいっていたら浮気を疑いましたよ」


「そんなわけないだろう?俺はお前が心配なんだ。痛みを軽減するためには世界樹の妙薬が必要だ」


普通に痛み止め買えと店主は睨むがマコトは無視をした。


やってる事は邪ながらそれでも本心から心配していると面と向かって言われたユイは髪をぐるぐると弄り照れた様に俯いた。

左手でこっそりと展開していた嘘発見用魔術を早々に発見したマコトが一歩リードしている。


ーー計画通り!!


ゲス顔を浮かべてマコトは彼女の両眼をしっかりと見て。


「だから行為は、できないんだ!」


ドヤァと効果音が響きそうなほどのドヤ顔でマコトは締めくくった。

店主は呆れを通り越して映像記録魔術を使い黒歴史を保存し始めている、真面目にやめてくれとマコトは切実に思う。

だが当のユイは嬉しそうにはにかみマコトの裾をくいっくいっと引っ張る。


「わっわかりしました。それとお夕飯は何にします?今日はマコトさんが食べたいものでいいですよ」


「おっいいな、帰りに一緒に買い物して帰るか」


「えっえぇ、そうしましょう。それはいい事です」


「じゃあな店主」


「はぁ......兄ちゃんろくな死に方しねぇぞ?」


「そうですマコトさん!これからはできるだけ気をつけてください!


何か噛み合っていない、だがその違和感にユイが気づく事はない。

それを知るマコトは苦笑いをしながらユイの手を引いて店を出た。

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