別れと脱出2

一方、清史郎は現実世界で鶴子の体が置き去りにされた街中へと走り出していた。

鶴子は神社から離れ、民家の多い街中で体を離れていた。したがって幼い子供が道端へ倒れているのだから、通りかかった数人の大人たちに取り囲まれていた。

救急車や警察に通報されて、病院かどこかに連れて行かれるのは困る。

良雲が連れ帰った鶴子の魂と、小さな鶴子の体は神社の結界で再開させなければならない。

人だかりをかき分けて見た鶴子の顔は今までの焦りを消し去るほどの可愛い寝顔だった。まるで食卓で食事をしながら安心して眠っているようだった。


「鶴子」


清史郎の呼びかけた声の優しさに、周りの人たちが安心感を覚えたのも不思議ではない。食事中に眠った孫を寝室へ連れていくような自然な動きで抱き上げたのだ。

幸い、鶴子の可愛い寝顔の効果もあって慌てて救急車を呼んだ者はいなかった。

まずは遊び疲れたに違いないと、一緒に遊んでいたはずの子供達を探したからだ。


そこに現れて少女を抱き上げた老人は急速に速度を上げて遠ざかった。

その姿を見ていた大人達が、何も気に留めず解散したのは清史郎が自分の気配を見事なまでに消したからだ。


お陰で誰にも邪魔もされずに鶴子を連れ帰る事ができた。


そして神社の結界に戻り鶴子を横たえたると二人の居場所を探った。


「むう」


清史郎は額からと言わず全身から汗が吹き出し嫌な緊張に全身を固くした。


すでに霊会の扉が開き亜美の作り出した世界は消えようとしている。

見慣れた街の景色は一変し空は消え、街が霊界の扉へ吸い込まれていく。

全が当然のように扉に向かっていく中で、良雲だけは外へと飛び去ろうとしている。

片腕に鶴子を抱いた良雲は凄まじいスピードで滑空しながら前方の空間を切り裂いて進む。切り裂かれた景色さえ扉へ向かって登っていく。


清史郎も二人の元へ向かうために集中を始めたが、今少しの時間が必要だった。

今いる次元から、ほんの少しの次元調整を強いられる。

自身の体と魂を、ゆっくりと引き離す作業だ。急がなければならないが慌ててできる作業ではない。

何よりも二人の姿が気にかかり次元の調整がままならない。



「お嬢ぉぉぉおおーーー。しっかり掴まってろよ」


良雲の叫び声に、清史郎は次元の調整よりも二人の姿に意識を向けてしまった。


扉へ吸い上げられる幽限界の回収に逆らい外へ脱出しようとする二人を回収しようとするモノが現れた。


それは形という形は持たず木の葉のように舞いながら、ユルユルと漂っていたが一カ所に集まり塊になった途端に矢のように二人の追跡を始めた。


「背後からくるぞ」

清史郎は二人の元へ飛ぶよりも良雲の目になる事を選んだ。

清史郎の声を受け取ると同時に後退しながら迎撃態勢に入った。


「お嬢、ここからは片手では厳しいからな。頼むぞ。」

鶴子はぎゅっと、両手で良雲にしがみついた。

回収者はビュルビュルと巨大な矢が音をたてて飛ぶように不気味に追いかけてくる。

良雲はしっかりとしがみ付く鶴子の姿を確認してから印を結び呪文を唱える。


ノウマクサンンマンダー バーサラダー 

センダン マエカラソウタイソウタイ ウンタラター カンマンソアカ



不動明王の姿が浮かび上がると、神剣が閃光を放って後方からの回収者を真っ二つに切り裂いた。切り裂かれた回収者は飛び散り、木の葉の形に戻る。そして霊界の扉へ引っ張り上げられていく。その様子を見て良雲は再び前進をはじめる。

しかし木の葉の様な回収者はまたもや塊になりはじめた。

今度は二つの塊になって追いかけてくる。


「良雲、左右から来るぞ」


良雲は恐ろしい速さで印を結び、両の手に閃光を分けて黒い回収者に向けて放つ。

切り裂かれた回収者は飛び散り、もとの木の葉の形に戻り霊界の扉へ引っ張り上げられて行く。


「もうすぐだ。」


良雲には限界に戻る橋が見えた。

まさに一目散に鶴子を抱いて限界へ向かう良雲の前方に黒い木の葉がヒラリと横切った。

いつの間にか回収者は霧のように二人を散り囲んでいた。


「なっ・・・」


人は降り注ぐ雨を避けて歩く事はできない。

傘は足元を濡らす雨粒を避ける事はできない。

霧の中を歩く時に、髪を濡らさずに進むことはできない。


良雲は静かに胸にしがみつく鶴子の顔を見た。

ふと暖かい視線に鶴子は顔を上げた。

良雲が優しく微笑んでいる事に気づいた。


温かい光に包まれ、ふわり、ふわりと限界へ戻る橋を渡って行く。


何故か良雲との距離が離れていく・・・


「良雲さん?」


良雲は、ずっと笑顔だった。

全方向を囲まれた良雲は不動明王の光を敵に向けず、鶴子を優しく覆うことに使った。


「わ、た、し、、、一人で帰るの?」


良雲が黒い霧で覆われて行く。

ニコリと微笑んだ後に背中を向けた


「イヤだ。良雲さん、一緒に来て」



良雲が黒い霧で覆われて行く。

霧は、どんどん色濃くなっていった。




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