よく見て

鶴子は森谷市の南西に鎮座する渕上神社の神職兼もりや不動産の事務員、渕上育子と共に小規模な新築マンションの駐車場にいた。

12月中旬の空は厚い雲に覆われて冷たい風が吹いている。雪でも降り出しそうな雲行きだ。

駐車場の入り口に大きな樹木が立ち、車で入る時に邪魔だと感じながら入った。


「あの入り口の木、どうして切り倒さなかったんですかね?」

木を見上げながら鶴子は車を降りた。

「木は見えてるのね。ツルちゃん。」

「へっ?」

「ツルちゃん、よく見て。よーく見て下さい。」

鶴子は目をパチパチしながら言われるまま凝視する。

木はキラキラと日を浴びて天に向かって伸びている。

まきの木ですね」

「そこじゃない」

「実が付いています。普通、実がつくのは10月くらいですよね?もう12月ですよ。」

「素晴らしい観察です・・・。」


違うんだ。どうしよう。


鶴子は焦りながら、さらに観察した。

空は曇天なのに、この槇の木は太陽に照らされて輝いている。


どうして?


「え?えぇぇ?渕上さん、この木、私と渕上さんにしか見えてないとか!!ですか?」


渕上はため息をついて歩き始めた。


「正解です。行きましょう」


鶴子は渕上について歩きながら、何度も振り返り槇の木を見上げた。

木の枝には見た事の無いような、それでいて懐かしいような気のする小鳥達がとまっていた。




8階建ての新築マンションは2019年10月に消費税率が引き上げられる前に販売が始まり完売した物件だ。クリスマスには全室に入居者が入る予定だ。

新築の場合、中古物件とは違い、物件の状態確認は神経を使う必要が無い。

普段なら鍵を預かり、部屋のアピールポイントを把握して契約を取る事が必要だが全室、入居者が決まっているし、全ての設備が新品ときている。

だから所在地の確認と各部屋のオプション(家具付の部屋もある)の確認が主な仕事になる。


「8階と7階は私。ツルちゃんは6階と5階のお部屋を確認してください。」

全室のチェック項目が指示された用紙と鍵を渡された。

「はい」

「終わったら1階に集合ね。1階から4階は一緒に確認しましょう」

渕上がティティベイトのパンプスの音を軽やかに響かせながらエレベーターに向かった。

2機のエレベーターのボタンを押すと同時にドアが開いた。右側のエレベーターに渕上が乗り込み、鶴子には左のドアに乗り込むよう指を指し手を振った。

渕上が、こんな時に見せる仕草がこの上なく可愛い。つられて手を振り返し、渕上の

笑顔に見とれているうちに鶴子の為に開いたエレベーターのドアは閉じてしまった。

鶴子は慌てて上向きのボタンを押して、エレベーターに乗り込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る