第7話連絡先交換大作戦③

「で、でも悪いよ。あんな人混みだし」

「俺よく購買に買いに来てるから平気平気。それよりその〜……、神泉さんが困ってる様だったし、俺で助けになるんだったら何かしたいって……さ」

「……!」


 え、なにそれヤバーイ! ヤメてそんな優しくしないでもっと好きになっちゃうじゃん! なにそのハニカミ笑顔? ホントに? ま?

 倉敷くんの笑顔におそらく私は顔が真っ赤だろう。まともに倉敷くんの顔が見れない。

 けど、せっかく倉敷くんが私に気を使ってくれているんだ。何か言わなきゃ。何か……。


「ま、まぁそこまで言うんだったら、買って来てくれても良いけど?」


 アッホかぁ! 学習能力なし子か私は! 本当何なの? バカなの死ぬの? そんなこと言われて『はい行きます』なんて言うお人好しがこの世にいるわけないじゃん、そんな人いたら私はもうメロメロに……——。


「——……うん! 任せて!」


 はいメロメロでーーーーす! もう私は貴方に首ったけですよ、夢中ですよ大好きですよ! 良い人すぎない? 何でこんな良い人が私なんかに話しかけてくれるの。あっ、良い人だからだ!


「とりあえず神泉さん、これ持ってて」

「え、あ、うん」


 倉敷くんは両手に抱えたパンを私に渡してくる。ミックスサンドやメロンパン、あんぱんの三つがあった。

 3個もパン食べるんだ。さすが男の子だなぁ。


「何か要望のパンとかある?」

「え!? えと、明太パン」

「了解、じゃあちょっと行ってくるね」


 倉敷くんはそう言うと、壁の様な人混みへと駆けて行った。

 遠くから見た感じ、まだ人の壁はあるが、最初の頃よりは随分と減っている様だった。おそらく焼きそばパンやコロッケパンといった惣菜パンが売り切れたからだろう。

 ここからは菓子パンがメインとなる。明太パンまだあるかなぁ……。


 人混みのせいで、倉敷くんの姿は確認できない。今どこらへん何だろう。まだ後ろの方かな。

 正直なところ、あの人混みに倉敷くんを送り出したのはものすごく悪いと思っている。もう倉敷くんは自分のパンを確保しているのに、またあの中に行くのは相当大変だろう。それに、もし怪我でもしたら合わせる顔がない。だから、無事にさえ帰って来てくれたもう私はそれで……。


「——ん! ——い——つ」


 あ、何か聞こえた。あれは倉敷くんの声だ。どうやら人混みの中間らへんに辿り着いたらしい。購買のおばちゃんに向けて何か喋っているみたいだ。

 手を上げて何かを必死で叫んでる。私の為に、必死に叫んでくれてる。


「倉敷くん、頑張ってる」


 倉敷くんの腕がうな垂れる。目的のものはなくなっちゃったのかな。でもまた手を上げて叫んでくれてる。何度も腕がうな垂れるけど、その度に叫んでくれている。

 私は、そんな倉敷くんの姿から目が離せなかった。一生懸命頑張ってくれてる倉敷くんから、目を離せなかった。


 購買のおばちゃんが完売の看板を設置している。それを見た幾らかの人だかりは、まるで蜘蛛の子を散らす様に去って行った。あの人たちはお昼ご飯なしで過ごすのだろうか……。

 そして、倉敷くんはと言えば。


「神泉さん……本当にごめん」


 握りしめたコッペパンを私に渡した倉敷くんは、ひどくうな垂れていた。


「明太パンも、その他のパンも取られちゃって、もうこれしかなくて……、あんだけ大見得切っといてこれとか、本当に情けない」


 どうやら戦利品がコッペパンなことに落ち込んでいる様だ。本当にお人好しである。人の為にわざわざあんな人混みの中に突っ込んで、何かしら買って来てくれだけで感謝されるべきなのに。


「あ、あの倉敷くん」

「あっ! そうだ神泉さん、神泉さんが今持ってる俺のパンの中から、好きなの持って行ってよ! 大丈夫、何でも良いよ。俺コッペパンも実は大好物だから」


 倉敷くんは精一杯の作り笑顔を作ると、そう私に言って来た。

 コッペパン大好物だったら、何で最初に自分の分で買わなかったの? それは今私に他のを選んでもらうため。私がツナサンドとかメロンパンを選んでも気にしない様にするためでしょ? 倉敷くんは優しいから、そんなことわかっちゃうんだから。

 でも私はもう最初から決めてある。私はこれが本当に欲しいと思ってるの。


「私、コッペパンもらうね」

「え!? 何で、神泉さん別に遠慮しなくても……——」

「これが、ほ・し・い・の!」

「……!? は、はい」


 何だか倉敷くんが不思議そうな顔で見てくる。恥ずかしいなぁ……。

 残り三つのパンを倉敷くんに返し、私はすぐにコッペパンの袋を開けると。


「……はむ」


 一口かじり、確信する。

 やっぱりそうだ。倉敷くんが一生懸命私の為に買って来てくれたこのパンだ。そうじゃないハズがない。

 私は相変わらずの無表情だけれど、視線は外したまま顔だけ倉敷くんの方へ向け。


「倉敷くんが頑張って買って来たこのコッペパン、いっ今までのどのパンよりも一番、美味しい……よ」


 後半の言葉は尻すぼみしていったけど、精一杯の言葉を伝えた。

 恥ずかしい……。でも、今までの中で一番美味しいのは本当。倉敷くんが買ったこのパンは、私の人生で最高のパンだった。

 私の顔、赤くなっていないかな、大丈夫かな。

 そして何だか反応のない倉敷くんが怖い。恐る恐る視線を向けると、倉敷くんの頬が真っ赤に染まっていた!


「えぇ!? く、倉敷くんどうしたの!? ささっさっきのでやっぱり疲れちゃったり!?」

「……はっ!? あ、ち、違うんだ神泉さん。なっ何でもなくて」


 手と頭を高速に振り回す倉敷くんに若干驚いていると、ピタッとその動きが止まる。

 ゆっくりこちらへ振り向くと、やっぱり疲れているのか、ほんのり頬を赤く染めた倉敷くんが口を開き。


「あの、神泉さん。神泉さんはコッペパンを選んでくれたけど、やっぱり俺としてはお詫びがしたくて」

「え? だ、だからそんな」

「こここっ今度何か食べに行きませんか? その俺、奢りますんで」

「ぶぅえ!?」

「いや! あの、迷惑じゃなければ何ですが」

「え、そそっそんなの……」


 そん、そそっそんなの……、そんなのぉぉぉぉ……。


「いいい行きますしょうんっ!」

「しょうん!?」


  はぁ……はぁ……びび、びっくりしたぁ……。汗がやばい、動悸が止まらない……。


「あ、じゃあ神泉さんのライン教えてもらっていいかな? その、連絡したいし」

「あぁはいはい、ラインねライ……ン!?!?!?」

「えっ!? ダメだった!?」

「えあ、ちっ違うの! 全然ダメじゃない全然いいの気にせんといて。ハイこれ」


 動悸が、動悸がぁ! ダメ持たないよぉ! 心臓がバクバクだよぉ!


「あ、ありがとう。じゃあまた細かいことは追って連絡するから、それじゃ!」


 頬を真っ赤にした倉敷くんが足早に去っていってしまった。寂しいような、こっちの身が保たないところだったので助かったのやら。

 やはり倉敷くんはお疲れのようだ。でも、まさかご飯を食べに行く約束の他に、念願のライン交換までしちゃって……。


「くふふふふ……」


 あぁ、今日は何て素敵な日なんだろう。もうすぐお昼休みは終わるけど、お腹も胸もいっぱいだ!

 何か忘れている気がするけど、まぁいっか。早く倉敷くんから連絡来ないかなぁ!

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