第34話 Epilogue1 再会と再開

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 まだ一月も半ばの夜は冷え込みも厳しくて、僕は両手をコートのポケットに突っ込み、マフラーに顔を埋めて待ち合わせの場所に向かっていた。マフラーで顔が隠れていようが二人は僕のことがすぐに分かったようで、目的地に居た二人は僕を見るなりすぐに手を振ってきた。僕も軽く右手をあげて、二人の存在に気付いている事を示した。

 正広に最後に会ったのは二年前ぐらいだったのだけれど、更に背が伸びているような気がする。黒いダウンにデニムのパンツといった服装で、全身の筋肉量が明らかに僕とは違っていた。

 春葉に至ってはほぼ五年ぶりに会った。化粧が少し濃くなっていて、口紅が電灯で照らされて赤く輝いていた。カーキのトレンチコートに黒のワイドパンツ。女子大生らしく服装がおしゃれだと思った。

 僕はといえば、大して身長も伸びず髪型やおしゃれにも大して力を入れないものだから、見た目が多分高校一年あたりからまるで変わっていない。三年は着ているだろう黒のチェスターコートは毛玉や白い埃が目立って仕方ない。取るのも面倒になってもう大分経つ。

 僕、春葉、正広は三人並んで歩き出した。

「二人とも相変わらずそうで何よりだよ」

「三人で会うのも結構久しぶりよね」

「なんでも良いからさっさと店入って飲もうぜ」

「正広もうのんだくれみたいになってるじゃないか。大丈夫か」

「別に意識無くなるまで呑んだりしねーよ。予約は春葉がやってくれてんだっけ?」

「安いチェーンの居酒屋だけどね。朝日は今日呑むの? ギリギリ誕生日じゃないから未成年扱いになっちゃうわよ」

「んー、別にいいんじゃない。今までも家とかでならたまに飲んでたし」

「そっか。まあ多分日付跨いで色々喋るとも思うし、そうすれば朝日も二十歳だもんね」

「ハッピーバースデー僕」

「何か奢ってやろうか? バイト代だけじゃ色々やりくりも困るだろ」

 なげやりな僕に正広がニヤニヤと笑う。

「就職してるからって金に物言わせようとするなよ嫌いになるぞ」

「悪い悪い。……とにかく入ろうぜ、確かここだろ」

 正広はこの数年で少し性格が悪くなった気がする。気がするだけなのかもしれないが。

 居酒屋で春葉が予約の事を告げると、三人分のグラスが用意されたテーブルに案内された。

「最初はピッチャーにビール入れてくれるんだって。グラスは交換制」

「ビールかあ……苦くてあんまり僕好きじゃないんだけどなあ」

「朝日の分も俺が飲んでやろうか? 後でチューハイなり何なり頼めば良いんじゃね?」

「正広滅茶苦茶飲む気だな……まあいいや、任せた」

 乾杯を済ませた後、僕はすぐさまグラスを正広に渡した。僕と春葉がちまちまと料理をつまんでいる間に、気付けば二杯とも空になっていた。

「美味いなあ。ビールの苦味が楽しめないってことは、朝日はまだ味覚が大人になりきってないんだろうな」

「子供扱いするなよもう二十歳だぞ」

「二十歳なんてまだまだガキだぜ」

「正広もだろ」

 絡み方がちょっと面倒な正広に春葉が怪訝そうな顔をする。

「正広あんまり飲みすぎないでよ? ビール二杯空けるのも早すぎ」

「いつもこんなもんだっての。逆に春葉酒全然減ってねーじゃん。飯で腹いっぱいになるぞ」

「私はちょっとずつ飲むの! 水みたいにビール飲む勿体無い正広と一緒にしないでよ!」

「ビールの飲み方に勿体無いも何もあるか! 飲んで気持ちよくなってナンボだっての!」

「……ねえ、気になってたんだけど朝日なんでそんなに笑ってるの?」

 二人の様子をのんびり眺めてヘラヘラと笑っていたのがバレてしまったようで、春葉が強い口調で僕を問い詰めた。

「いや、二人とも別れた後のほうが仲良さそうだなと思ってさ」

「「仲良くないっ!」」

「相性バッチリじゃん」

 声の重なった二人が顔を見合わせてにらみ合うのを見て、僕は更に大笑いする。

「相性良くないから別れたのよこんなヤツ!」

「蓋開けてみろ! 色々面倒くせーからコイツ!」

 笑いすぎて腹筋がねじ切れそうだった。

 告白を迷っていた正広の面影も、自分の恋愛感情に振り回されていた春葉の面影も無くて、ただただ腐れ縁となった二人がそこにはいた。

「別れたのにそれだけ憎まれ口叩き合えるのって相当仲良いと思うんだけどなあ……」

「顔見るのもウンザリよこんな筋肉バカ」

「絶対コイツ性悪だぜ。朝日もこんな女と付き合わなくて正解だよ」

「暴言吐くたびにお互いの呼び方が悪くなっていくのも、何か夫婦漫才みたいで面白いよな」

 僕を睨みつける春葉。僕が薄ら笑いを浮かべていると、今の状況にイライラしたのか店員さんを呼んで角ハイボールを頼んだ。

「気を取り直してのんびり飲もうよ。別れ話なら僕の目に付かないところでやってくれ」

「もう別れた後だってば!」

「朝日ってこの数年で結構イヤミっぽくなったよな」

「あ、それ私も分かる。なんか皮肉とかドンドン言うようになったよね」

「んー、僕自身も否定は出来ないな。でもそれ言い出したら正広も春葉もだろ」

「私は別にそんな事無いよ」

「俺も変わったつもりはないぞ」

「そんな事無いよ。例えばさあ――」

 僕が二人の変わったポイントを挙げると二人はそれを頑なに否定したりして、逆にここが変わってないよなって所をお互いに言い合って、それをきっかけに少し昔の話が始まったりして。

 本当に久しぶりに会った僕たちは、沢山の話に花を咲かせた。

 とても、心地の良い空間だった。


「……でね、正広がユズナちゃんと結婚するーって滅茶苦茶宣言して回ってるのよ」

「あ、それ僕も聞いたことある! 多分幼稚園同じだった奴全員知ってるんじゃないか?」

「おいもう止めてくれ俺のメンタルが限界だ」

「ちょっと酔うとすぐナイーブになるのね正広って」

 いたずらっぽく笑う春葉と、少しベソをかいているような正広。その様子が少し微笑ましい。僕はコップの底に若干残っていた焼酎の水割りを飲み干した。

「そういえばさ、正広ってまだ二年前の彼女さんと付き合ってるんだっけ、ミオリさん」

「ん? ああ。まだ一緒にいるな。もうちょっと待ってもらって、金がある程度貯まったら結婚しようかなって思ってる」

「すごいなあ。私結婚とかまだ何も考えてないや」

「春葉は言っても男子と会うことも多いし、好きな人が出来たら自分である程度動くからどうにでもなるよ」

 春葉への台詞が少し卑屈になってるのに気付いて、心の中で気をつけろと自分に注意を促す。

「まあ来週ぐらいに同じゼミの男の子とご飯食べに行ってくるんだけどね」

「へー、皆どんどん動くなあ」

「……朝日は誰かいないの? 気になる人とか」

「気になる人……かあ」

 時計をふと見る。十二時を二十分ほど過ぎている。

「あ、そう言えばさ」と春葉が思い出したように右手の人差し指を立てる。

「正広は覚えてない? 朝日の綿雪さん事件」

 ぴくりと、耳が勝手に反応する。

「ん、覚えてんぞ。あれだろ、朝日が突然学校来なくなって、追いかけてみたら民宿で恋のおまじないやってたやつだろ?」

「そうそう! あれ本当ビックリしたわよね。しかもその後交通事故で奇跡的に無傷だったのに数日意識不明。さすがに心配したわよ」

 春葉は楽しそうに笑う。

「あの後結局朝日って綿雪さんには何もしなかったのよね」

「――そうだね。オクテ……だからさ、僕は」

 僕の弱気な台詞の直後。どっと押し寄せる〝感情の何か〟に、僕が戸惑っている時だった。

「じゃあさ、明日はどうするの?」

「――は?」

「あ、日付こえてるからもう今日なのね」

 戸惑う僕に、正広が声をかけてくる。

「もう全部思い出してるだろ? 多分」

「朝日は正広と違って一途だもんね」

「だから俺を比較に出すなって」

 語りかけてくる春葉も、正広も、僕の方を向いてニヤニヤと笑っている。

 率直な疑問が湧いた。

「……お前らって、どこまで知ってるの?」

 呆気に取られた僕がそう言うと、正広は黙って泡盛の入ったグラスを傾け、春葉は正広にそうしたように少し意地の悪い笑みを浮かべる。

「さて、どこまでかしらね」

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