第11話 水分補給
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僕と正広はいつものように二人で夕暮れの坂道を上っていた。正広の方が部活終わりではるかに疲れているはずなのだけど、足を引きずるようにしているのはなぜか僕なのだった。やっぱり運動不足が大分たたっているんだろうか。もうちょっと生活習慣を見直さなきゃいけないかもしれない。でも綿雪さんの手伝いは基本的に夜中にやらなきゃいけないし……。
「大丈夫か朝日? 顔が鮮魚コーナーの鯛みたいになってるぜ」
「それどういう状況だよ……」
実際は死んだ魚の目って言いたかったのかもしれない。
「ちょっとコンビニ寄っていいかな? 飲み物買いたい……」
「あいよ」
僕らは本来別れるはずだった交差点を右に曲がり、その先のコンビニを目指した。少し歩くと、正広が遠くを見るように額に手を当てた。
「おっ、春葉だ」
「えっ、どこ?」
「ほらほら、横断歩道の向こうの――」
「……あれ春葉なの? よく分かるな、あんな遠い後ろ姿で」
「ま、まあな」
「どうする? 呼んで一緒にジュース飲む?」
「……いや、いいかな。さすがに遠い」
なんてやり取りもありつつ。
「――うまいっ」
果汁百パーセントのオレンジジュースを一気に飲んだ僕の第一声だ。空も相当暗くなってきたコンビニの軒下で、僕たちは休憩している。
「正広二本も買ったの? 腹ぶっ壊すなよ」
「水筒の容量幾らあっても足りねーのよ。さっきまで全然水分とってなかったからヤバかった」
正広は買ったばかりの一本目のペットボトルを空にしてから言った。
「そういや正広、最近は練習大丈夫なのか? 先週も部活が延長したとか何とか言ってたけど」
「試合まで後一ヶ月切ったからなあ。俺たちも最後のチャンスだからやれるだけやらないと、悔いが残っちまう」
「やっぱり〝自主練〟とかもやってるのか?」
「まあ――そんなところだな」
「凄いなあ……僕が教室でだらだら本を読んでる間、正広はずっと野球やってきたんだよね」
「小学校の頃も含めたら結構な期間だぜ」
「小一からやってたの?」
「そうだな。大体九年間だ」
爽やかに笑いながら言う正広の顔は、二週間前よりも更に日焼けして黒くなっている。
この九年間で大きくて強い体を磨き上げた正広は、横目で見ても眩しかった。僕には手の届かなかった場所というか。
「……すげえ」
感嘆した僕の持つオレンジジュースは、まだ半分以上残っていた。
「総体の初戦は確か七月四日だったよね?」
「そうだな。それがどうかしたか?」
「春葉と僕で応援に行くことになったんだよ。頑張って勝つとこ見せてくれよ」
「お。マジか」
全くかゆくもない頬を、僕はひとりでにかいていた。
「幼馴染二人が貴重な休みにわざわざ応援来てくれるんなら、俺もやる気が出るってもんだ」
正広はにっしっし、と似合わない悪そうな笑い方をして言う。
二本目のスポーツドリンクのキャップを正広が捻ると、ぱきっ、と心地の良い音がした。
*
六月五日(木)
なんか色々心配させちゃったみたいでごめんね。本当に大丈夫だから! ちょっとびっくりしてバランス崩しただけで怪我も無いし! 落としたノートだってちゃんと全部拾ってくれたし、悪気があったわけじゃないよきっと。
ところで、良かったら数学の問題の解き方教えてもらえないかな。全然分からなくて。(笑)
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