第277話 刃とは

「カナデ君。私と勝負をしなさい!」


 トゥナは、マントの隙間から木剣を握った手を出し、俺に向け真っ直ぐと伸ばす。

 涙の後が残る彼女は、真っ直ぐに俺を睨み付けていたのだ。


 どう言うことだ、なぜここに彼女が?

 俺はルームが作ったマジックアイテムを見に……そうか──!


「ルーム……はかったな?」


 この広さの城で、偶然に出会うとは考えにくい。

 そうなると、トゥナに会わせるために彼女が手引きした、そう考える方が自然だろう。


「ウチは嘘は言ってないで? 嬢ちゃんが羽織っているマント、あれはウチの作品やしな?」


 あろうことか、ぬけぬけと……。


 ルームのやつは俺をその場に残し、訓練所に据え付けられている椅子に座った。

 まるで、今後の展開を観察するかのように。


「ねぇカナデ君、聞いてるの!」


「ちょっとまてって、何で急に勝負なんだよ。意味が分からないぞ?」


「私は──やっぱり納得できないの! だから貴方が勝ったら、今回は着いてくのを諦めるわ。でも、私が勝ったらここから連れ出して──カナデ君の側に居させてよ!!」


「トゥナ……」


 悲痛とも取れる彼女の声が、城内の通路に反響する。

 

 今まで、何度も聞いたトゥナからのお願い。

 それは誰かを守ったり、助けたりするためのものだった……しかし、今の彼女が願ったのは彼女自身の願い、ワガママだ。


 それを聞いて、嬉しくないわけがない。

 嬉しいに決まっている!


 でもその願いを叶えるのは──今じゃないはずだ。


「私は譲る気は無いわ。カナデ君も……考えを変えてはくれないのよね? なら冒険者は冒険者らしく、力で決めましょう」


「まったく……俺の生業が鍛冶だって、忘れてるだろ……?」


 さてどうしたものか。

 彼女の様子からすると、このままお断りした日には、無理にでも着いて来そうだしな……。


「鑑定眼!」


 彼女の身体能力は、数値としても間違いなく上がっている、通常時の俺が敵わないほどに。

 しかし、抜刀時のステータスなら十分に俺が上回っている……。


「分かった……その勝負受けるよ」


 例え彼女が成長していたとしても、一対一の戦いならまだ俺に部があるだろう。


 一の太刀で受け流し、二の太刀で決める!

 一度受け流しさえすれば、速度で凌駕した俺の抜刀術を止める手だてはないからな。


「ルールは一本先取。相手に当てるか、無力化した方の勝ちで良いかしら?」


「あぁ……」


 彼女には悪いけど、今回は負ける気はない。

 マジックバックから鞘に納めてある木刀を取り出し、無銘と差し替える。──それにしても、彼女とは何度剣を交えればいいんだよ。でも懐かしいな、向かい合って本気で戦うのは……船の上で以来か?

 

 思い起こせば、何もかもが懐かしく感じるな。グローリアの酒場で、お節介を焼いたのが彼女と知り合うことになった切っ掛けだったか?


「あの時は……我ながら、らしくないことをしたよな」


 トゥナと距離を取り、面と向かう。

 あの時だけじゃない、今までも今この時も。

 十分らしくないことをしているよ。


「刃は何かを守るために振るうものだ、奪うために振るってはならぬ……」


 この世界に来て、多くの命を奪ってきた。

 俺は何かを守る為に、刃を振るってこれたのだろうか?


 ただこれだけは言える──今から振るう刃は、彼女を思う気持ちで振るうと! 


「それじゃぁ、合図はウチがしたるわ! 二人とも、準備はええか?」


「「いつでも!」」


 お互いに武器を構える。

 腰を落とし、抜刀の構えを取る俺に対し、半身で木剣を構えるトゥナ。

 

 空気が乾燥しているかの様だ……喉が乾き、唇が乾燥する。

 目の前の少女の眼光は鋭く、獲物を狙い済ます獣の様だ。──気負わされるなよ……俺!


「ほないくで、勝負……開始や!」

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