第4話 予期せぬ出会い

あれから三日間、俺は毎日のようにこの屋敷の当主、エミリー・ウィルダートの尋問を受けていた。


いつも決まった時間になると俺を転生直後、アメリカンポリスの如くホールドアップさせた金髪ロングのメイド、アリスに手錠をめられてエミリーの下まで連れて行かれるのだ。


尋問を受けながら少しずつ自分の置かれている状況が分かってきた。

まず、第一にこの屋敷はアリシア領の軍事長官である『エミリー・ウィルダート』のお屋敷であること。それから第二にウィルダート家が保有する警戒魔術【ブラック・インサイト】を潜り抜け、入り込んだ俺が『レボネス』という犯罪組織の構成員だと疑われていることだ。


「しっかし、参ったな……このままじゃ、まずい」


その時々で手を変え、品を変えながら容疑を晴らそうと前の世界で学生をしていたことや世界のことを伝えて無実を訴えたが、エミリーの評価は変わらなかった。


でも、それは当然だ。


もし、自分の家に夜、知らない男が居たとして『一度、別世界で死んで転生しました! だから、私には害はありません!』と言われたところで誰が信用するのか、という話だ。普通に考えて信用できるわけが無い。


つまり、俺はエミリーに対して無実を訴えようにも『賊ではない』と示す決定打がない。これは転生という事象を証明できなければどうしようもない。


「一体、どうすればいいんだ……」


まるで負の連鎖のように思考がグルグルと回り続ける。

もう無理だ。打開策なんてあるわけがない。そう思いかけた三日目の夜だった。


突如、ドーンと地震のような揺れが寝ていた俺の背中を突き上げた。

何事かと体を起こしてソワソワとしていると銃のマガジンや双眼鏡。その他の装備品が入っているであろうベストを着たアリスが現れた。その容姿は軍人そのものでその目は鋭く、不適な笑みを浮かべていた。


「いよいよあなたに助けが来たようですね……レボネス、構成員の響さん?」

「何を言って……痛っ……!」


アリスは俺に一切の反論を許さず、手錠を嵌めて二階の執務室へと連れていかれた。


「響を連れてきた?」

「はい」

「ありがとう。アリス、必要ないかもしれないけど私の援護に回ってくれる? <雷鳴よ!>」

「承知しました」


エミリーは俺が居るのを確認しつつ、魔術と思われる円形の紋章を宙に浮かばせ何食わぬ顔でその魔術らしきものを発動していく。その一方でアリスはスナイパーライフルのようなひょろ長い銃を構え、スコープを覗きながら撃っていく。そして、エミリーは部屋の中に下がり俺をバルコニーに出した後、こう宣言した。


「お前等の仲間はここに居るわよ! 悔しければ力尽くで取り返してみせなさい!」


これで怯むだろうと高を括ったような笑みを見せながらエミリーは言った。

だが、黒装束を身に纏った者たちは怯むことなくこちらに接近してくる。


「ふ~ん。仲間は見捨てるつもりなんだ?」


薄ら笑いした後、深呼吸をしてエミリーは言葉を紡いだ。


「<轟く雷鳴よ・正義なる意志を以て・踊り狂え!>」


そう詠唱すると空から雷鳴が轟き、紫色の落雷が庭に降り注いだ。

その雷鳴がやんだとき、その場で動けているものは居なかった。

ぱっと見ただけだが、一回の攻撃で三十人くらいは無力化している。


「手ごたえもクソもないわね」

「エミリー様が強すぎるだけかと……」


アリスがエミリーを賞賛しつつ、立ち上がった瞬間だった。


パシューンと一発の銃声が空気を切り裂いた。その飛んできた一発の弾丸はアリスの右腕に的中し、当たった反動で部屋の中にアリスは吹き飛ばされた。


「なっ……! アリス!」


エミリーは慌ててアリスに駆け寄るが、窓の外を睨みつけ、バルコニーから反撃するように魔術をバンバン外へ打ち込み、バルコニーまで戻っていく。アリスの容態が気になった俺は混乱に乗じて這い蹲りながら急いでアリスに近づいた。


「アリス! 大丈夫か?」

「クッ……なかなか……あなたのお仲間は……やりますね……?」

「だから、ちげぇーつってんだろ! てか、そんな事はどうでもいい! 腕は大丈夫なのか?」

「うっ……」


見る限り、出血が酷い。どうにか止血だけでもしなければならないだろう。

しかし、腕には手錠が嵌められていて身動きが取れない。


「ちきしょう! 外れろ! このっ!」


ひたすら、腕を上下左右に捻って抜こうとするが、抜けはしない。


「(また、また救えないのか? こうして目の前に死んでしまうかもしれない人が居るというのに――!)」


そんなのは嫌だ。俺は救いたい。

もう人が死ぬのを見るなんてたくさんだ。


「ぬわぁぁ!!」


そう思った俺は肉を裂いてでも手を引き抜こうとしたのだが、その直後にガチャン! と音を立てて手錠が壊れた。


「……!?」


なぜ壊れたのかは分からないが、何はともあれ、手が自由になった俺は止血に使えそうな布を部屋中からかき集め、止血を試みた。


しかし、銃創が大きいこともあって血が止まらない。それも当然だ。

発砲音から着弾まで離れすぎていたことから考えてそれなりに大きい銃を使って遠距離狙撃をしたことになる。それだけでも銃の口径がデカいのは容易に想像がついた。


まぁ、そんな事を知っているのも妹を失ったショックでゲームに入り浸った賜物なのだが、ゲームと違って血は簡単には止まらない。このままでは出血多量でアリスの命が危険になる可能性が高い。……となれば、選択肢はもう一つしかない。


「エミリー! アリスを治療できる魔術とかないのか!?」


俺はエミリーに向けて叫ぶ。

すると、エミリーは振り向いて青き紋章を俺の方へ浮かべ、叫ぶ。


「っ!? どうして手錠を!! 殺されたくなければ、動かないで!」

「こんな状況でふざけてる場合か! 今、こうしてる間にもアリスが死ぬかもしれないんだぞ!」

「うるさい! レボネスの構成員の分際で!」

「エミリー! 一度、冷静になれ。俺がそのレボネスだが、カポネスだか知らねぇが、その構成員なら当に逃げるか、後ろからお前に不意打ちを仕掛けてるだろうが!」

「そ、それは……!」


エミリーもヒートアップして居たが、俺の言葉に何も返せなくなる。。

だが、次の瞬間、エミリーはもう片方の手を外へ向け、詠唱する。


「<雷鳴よ!>、<雷鳴よ!>」

「エミリー! まだ話は終わってないぞ! おい、聞いてんのか! エミリー! エミリー・ウィルダート!」

「うるさいわね! 分かってるし、聞こえてるわよ! 治癒魔術はある! でも、下の連中がさっきの狙撃で勢いづいてるのよ! 私だって出来るならアリスに治癒魔術を掛けてあげたい! けど、魔術をかけてる余裕なんてないの!!」


そう言っている最中から弾が二発、飛んでくる。この状況では確かに良い獲物になってしまう。


「なら、その狙撃主を殺(や)れれば良い。俺は攻撃は出来ないけど、見つけることは出来る」

「まさか、本当に狙撃主を見つけられるの?」


成功する確証はないが、俺は頷き返す。

ここで何もしなければアリスは確実に死んでしまう。


「ただそれにはエミリー、お前の協力が必要だ。空高いところで明るい光を炸裂させることはできるか?」

「えっ? ええ、できるわ!」

「なら、やってくれ! 狙撃手の位置は俺が割り出してやる!」

「どうやって見つけ出すつもり? しかも、よりによってアンタを信用しろっていうの?」

「何度も言うぞ? これはアリスのためだ。何が得策か冷静に考えろ!」


俺はそう言い捨てながらアリスの背中から双眼鏡を取り、準備を整える。


「……ああ!! もう、分かったわよ! <炎の業火よ・我の答えに応じて・爆ぜて燃え尽くせ!>」


エミリーが詠唱した魔術により、空に真っ赤な炎が顕現した。その炎は少しずつ、少しずつ熱と輝きを増していく。そして、俺は同時に双眼鏡で庭の方を覗き込む。

すると、チカッチカッと何かが光るのが見えた。その光は俗に言うライフルスコープの反射光だ。


「よし。わかったぞ! 敵の数は三だ。距離600、十時の方角に1、一時の方角に1、距離900、二時の方角に1だ。位置は全員、外壁の向こうにある樹木の上だ。体は草木でカモフラージュしてる!」

「……それだけ分かれば十分よ!」


エミリーはそう言い切ると深呼吸をして両手を前に突き出し、言葉を紡ぎ始める。


「<雷帝の加護を宿し・雷鳴を響かせる我は・聖なる光を示すものなり・罪人には地獄を・良民には力の施しを与えよ・今こそ力を示せ・雷帝の竜心よ!>」


そう紡ぎ終えるとエミリーはなぞる様に手を動かす。広範囲に発生した雷の嵐がその動きに合わせて猛威を振るう。それはまるで竜が動き、荒れ狂っているようなほどの凄まじさだった。その嵐で狙撃手はもちろんのこと、ほとんどの敵が地面にひれ伏したのは言うまでも無い。


さすがに敵も広範囲の攻撃に驚いたのか、屋敷内へ突っ込んでくる者はなく、すぐに踵を返して退いていく。エミリーはそれを確認すると息も絶え絶えになりながら、アリスへと駆け寄り魔術で治療を施す。


「はぁはぁ……<聖なる風よ・精霊の加護を以て・かの者を癒せ>」


エミリーがそう言葉を紡ぐと傷口の周囲は白く光り、その周囲には温かな風が構築され、アリスを包んでゆく。その風が少しずつアリスの傷を癒していく。


「良かった……間に合ったな」


俺が心を撫で下ろしているとエミリーは外を向いて舌打ちをした。


「響。あなたことを完全に信用したわけじゃないけど、今はアリスの事をお願い」

「えっ……?」


バルコニーの方にエミリーが歩いていくとその向こう側――正確には空を歩いてくる一人の少女が見えた。先ほどの魔術で雲が発生したため、その相貌はよく分からないが、その姿にはどこか見覚えがあった。もちろん、この世界で会った三人目の人間だ。面識なんてある訳がない。


「初めまして、雷鳴の魔術師さん」

「何の用かしら……? 灰塵(はいじん)の魔女! まさか、あなたが出てくるとは思わなかったけど」


でも、その声にはどこか聞き覚えがあった。酷く懐かしい声に感じる。

雲が風に流され、再び月が現れるとその相貌が徐々に見え始め、はっきりとその姿が露わになった。


「ち、千春? ちはる……だよな!?」

「え? おにぃ……ちゃん……?」


お互い突然すぎる再会に固まってしまったが、その反応で確信してしまった。

間違いなく目の前に居るこの少女は俺の妹、千春だ。


「えっ、何? 嘘でしょ? 灰塵の魔女が妹!?」


俺の反応を見てエミリーは唖然としつつ、俺と千春を交互に見ていた。

だが、千春は混乱しているのか、数歩後ずさりをした。


「なんで、なんでなの……? お兄ちゃんは助かったはずでしょ! なのに、なんでここにいるのよ……!」


そりゃあ、当然の問いだ。

俺は確かな口調で千春に事実を話し始めた。


「っ……あの事件から三年後に死んじまったんだ。その……自殺しようとした女の子を助けに入ってな……」

「そう……だったんだ。でも、どうして雷鳴の魔術師のところに……」

「転生の間で『サダメ』って言う人に会って、千春の居る世界に飛ばしてもらったんだ。そして、目覚めたら、ここの庭に居たって感じかな?」

「そっか。お兄ちゃんも……そうなんだね」

 

その話を聞いた千春はどこか悲しい顔をしていたが、スッと目が据わり、エミリーへと視線が向けられた。


「エミリー・ウィルダート、今回の襲撃は挨拶代わりよ。これ以上、痛い目に遭いたくないならマーレット・アリシアの警護から外れろ。それが私達からの要求よ」

「もし、守らなかったら……?」

「いずれ、あなたに消えてもらうことになるでしょうね」


そう冷たく言う千春はまるで別人のようだった。しかし、当のエミリーはそ知らぬ振りをして脅しをかける。


「消えてもらうってあなた、馬鹿なの? 身内が、あなたのお兄さんがこちらの手の中に在る事を忘れてないかしら……? 今のうちに大人しく投降したら?」


エミリーは左手の手のひらを俺へと向けた。

しかし、千春は一切、動揺しなかった。


「私には成さないといけないことがある。そのためなら例え、身内でもやむ終えない犠牲でしかない!」


千春はそう言うと一気に後ろへと跳躍し、言葉を紡いだ。


「<冷徹なる元素の力よ・我が信念を以て・事象を成し・すべてを無に帰せ>」


するととてつもない灼熱の業火がエミリーに襲い掛かった。


「……!」


まさかの行動に反応が遅れたエミリーは魔術を起動しようとするが、到底、間に合うものじゃない。


「エミリー!」


俺は咄嗟にエミリーを抱きかかえるように飛びつき、押し倒した。

炎が迫ってきている状態から助けに入った以上、覚悟していたことだったが、とてつもない灼熱の熱が背中を襲った。


「なんで……なんで……こんな……こと……を……」


そして、俺は痛みの中、空に浮かぶ千春の姿を見つつ意識を失うのだった。

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