君と僕の秘密の夜会

白金 眠

第1話 ボンゴレビアンコ

「ここにこれを置いて、これを上にあげてっと………」

薄暗い部屋の中、俺は独り言をこぼし続ける。

「はぁ、今の所はこんな感じでいい…かな?」

玄関先に纏められたダンボールと綺麗に片付けられたリビングを見渡し、溜息をつく。



明後日、俺は憧れの青蘭高校に入学することが出来る。

だが、実家からは流石に遠すぎる事から、両親が一人暮らしを切り出してくれたのだ。

両親が借りてくれたのは青蘭高校から少し離れたアパート。

築6年1LDK、風呂、トイレ完備で9万円程という物件なのだが、ここまでしてくれる両親に感謝しかない。

実は昨日からそのアパートに居たのだが、大量に積まれたダンボール箱を片付けるのに2日も費やしてしまった。

今日も朝から作業していたのだが、もう夕方である。

忙しなく動いたせいもあるが、床に少し埃が溜まっているのが見える。

いつもは苦にもならない掃除が今日はなんだか億劫になってしまっている。

「あー、駄目だ疲れてるなぁ」

この後もお隣さんに挨拶に行って夜ご飯を作らないといけない。ここで動きを止めるわけには行かないのだが、体は休息を求めている。

「一息つくか」

戸棚の中に入れておいたインスタントコーヒーとコーヒーカップを取り出す。ガスコンロのスイッチを入れ、チチチチチチ、という音の後にボッ、と火が出る。

「おお。こんな感じなんだな」

今まで料理していたのはIHだったので、なんだか新鮮だ。

火の上に水を入れた鍋を置き、しっかりと沸かす。

その間にカップにコーヒーの粉を入れ、少しだけ砂糖を加える。

湧いたお湯をカップの中に入れて、テーブルに持っていく。

二人用のテーブルは1人では大きく感じてしまう。

「はぁ、流石に1人は寂しくなってしまうな………」

コーヒーを飲み、一息つく。

一時して飲み終わると立ち上がり、カップを洗う。

蛇口の形も実家とかなり違っていて慣れるまで少し時間が掛かりそうだ。

「……先にお隣さんに挨拶言った方が良さそうかな」

時計を見ると5時45分。

これ以上遅くなると迷惑になるかもしれない。

そう思い、紙袋を持ち、玄関を開ける。

このアパートは1階に2部屋、2階に2部屋の計4部屋あるのだが、大家さんによると俺とお隣さんと大家さんの3人しかここに住んでいないらしい。

大家さんが1階、俺とお隣さんが2階に住んでいる。

大家さんには既に挨拶は終わっているので、今から挨拶に行くのはお隣さんだけ。

よって俺の手の中にある紙袋は一つだけ。


お隣さんの部屋の玄関の前で少し立ち止まる。

表札には「伊藤」と女の子っぽい字で書かれてある。

インターホンを押すと『ピンポーン』という音の後に「はーい少し待っててくださーい」という声が聞こえた。

5分ほど大人しく待っていると、『ガチャ』という音と共に女の子が出てきた。

「すいません。お待たせしました」

俺の長い髪の間からとても美しい人が見えている気がする。

綺麗な肩まであるブロンドヘアー、低めの身長。

さらに少し幼いとても整った小さい顔。

いわゆる幼女である。

アイドルや女優でもやっていそうなスタイルの良さ。

白いワンピースに身を包んだ彼女はまるで清楚系のアイドルのようだ。

気のせいじゃ無かった。

「………どうかしました?顔になんか付いてます……?」

ぼーっと見ているだけの俺を見て、心配したような声をかけてくる。鈴の音のような綺麗な声。

「あっ、い、いえ。気にしないでください。昨日から隣に越してきた河津 夏葵と申します。これからご迷惑をおかけすると思いますが、どうかよろしくお願いします」

そう言い、手に持っていた紙袋を彼女に渡す。

ついでに中身は洋菓子だ。

すると彼女は驚いたような顔をした。

「そうなんですね!実は私も昨日越してきまして。こちらこそよろしくお願いします」

そう言って彼女は笑う。



「では暗くなりますので失礼しますね」

その後、暫く世間話をしていたのだが、彼女の一言でお開きになった。

部屋に戻るとすぐ掃除に取り掛かった。

掃除機で埃を吸い取るだけの簡単な掃除だが。

およそ10分かかった。

「うーん………。風呂入ったあとに夜ご飯作るか」

誰に言い聞かせるわけでもなくひとり呟く。

風呂はシャワーで済ませ、洗濯機を回す。

「夜ご飯はパスタでいいかな」

俺はパスタが大好物だ。

特にボンゴレビアンコというあさりを使ったパスタが好きだ。あれはほんとに美味い。

今日もボンゴレビアンコを作るつもりで冷凍のあさりを買ってきてしまった。

鍋に水と少々の塩を入れて火にかけ、いざパスタを茹でようとしたその時。

『ピンポーン』とチャイムがなった。

「はーい」とだけ声をかけ、夏葵はガスコンロの火を切り、玄関まで出ていく。

覗き穴から見えたのはついさっき話していたブロンドヘアーの彼女。

俺はすぐに鍵を開ける。

「伊藤さん、どうかしました?」

なにか忘れ物でもしただろうか。

それか掃除機の音がうるさい、とか。

「あ、あの……。突然すみません。会って30分も経ってないのにこんなお願いするのもなんですけど………。えっと…。その………。私の部屋にですね、出たんですよ。私、あれはほんとに無理なので………。お願いしたいんですけど……いいですか……」

うるうるしている目でこっちを見ないで欲しい。

なんか犯罪臭が半端ない。

「何がですか?」

「Gが」

察した。

「あぁ、なるほど。わかりました。……でも会って30分も経ってないのに男を部屋にあげても平気なんですか?」

「大丈夫………だと思います」

そこは確定して欲しい。

「あ、チラシかなんかありますか?あったら欲しいです」

「えっと。新聞紙ならあります。それでもいいですか?」

「うん。十分です。………それなら行きますか」

「えっと、はい。すいません。お願いします」

伊藤さんの案内で伊藤さんの部屋へ入っていく。

「さっきは台所にいました」

どうやら彼女は見たくないらしい。

玄関から動こうとしない。

「じゃあ失礼しまーす………」

どうやら部屋の作りは同じらしい。

すぐに目的地にたどり着いた。

まだ何も置かれていない台所を見渡す限り、Gはいない。

台所の上にはカップラーメン1つ置かれているだけだった。

「すいません。伊藤さん。戸棚開けていいですか?」

上にはいなくても中にいるかもしれない。

「お願いします」

玄関から聞こえてきた声は少し怯えているようだ。

「じゃあ遠慮なく開けさせてもらいますね」

ガラッという音がして戸棚を開く。

物が何も無い。



いた。



2分くらい格闘したあと、Gは俺の手の中の新聞紙にくるまれていた。

「終わりましたよ。伊藤さん」

玄関先にまだ立っている伊藤さんに声をかける。

「ありがとうございます。河津さん。助かりました。………そういえば河津さんっておいくつなんですか?」

「えっと。15歳ですね。今年から高校生なので」

「ちょっと待ってください!?同い年なんですか!?」

「えっ。伊藤さんも15歳なんですか!?」

絶対歳上だと思っていた。

彼女には大学生くらいの雰囲気がある。

「………伊藤さん。同い年だからお互いタメ口にしよう。………1つ聞いてもいい?」

「わかりました。どうぞなんなりとお聞きください。ダメなものはノーコメントだけど」

敬語が抜け切れてないが、口調が少し緩くなったので良しとする。

OKが貰えたので少し気になっていることを切り出す。

「ありがとう。伊藤さん。戸棚の中に包丁も何も無かったけど料理はするの?」

「出来ないんです。悲しいことに。ですのでああいうものが主なんですけど………」

ああいうものとはカップラーメンのことだろう。

まぁ、今どき15歳で料理が出来る方が珍しいだろう。

でも夜ご飯がカップラーメンというのはあんまりよろしくない。

「じゃあ、伊藤さん。あと1時間くらい後にまた来てもいい?」

「えっ!?別にいい、ですけどどうしてですか?」

「んー、内緒かな。夜ご飯は少し我慢しててね」

「あっはい。分かりましたけど………」

「じゃあまた後で」

「は、はい」

すぐに家に戻り、新聞紙をガムテープで封をしてゴミ箱に投げ入れる。

そして自分のエプロンを取り出し、身につける。

消していた火をつけ、戸棚の中からパスタ専用のタッパを取り出し、2人分の麺を取り出す。

約4分麺を茹で、ザルに麺をあげる。

そしてもう片方のフライパンを用意しておく。

戸棚からまな板と包丁を取り出す。

この包丁はちょっとお高めの包丁だ。

これ1本で何万もする。

お年玉3年分である。

牛刀という種類なのだが、結構万能なのだ。

そして食材や調味料を綺麗に並べている籠の中にあるにんにくを一欠片取り出す。

皮を剥き、中の芽を取ってみじん切り。

冷蔵庫の中から玉ねぎを1玉、冷凍庫の中からあさりを取り出す。

あさりはお皿に移し、電子レンジの中に入れ、解凍ボタンを押す。

その間に玉ねぎの皮を剥き、芯をとって櫛形切りにする。

フライパンに油を引き、コンロに火をつける。

フライパンが温まったらにんにくをいれ、炒める。

にんにくのいい香りが立ったら玉ねぎをいれ、同じく炒める。

ジューッといい音がして、玉ねぎの色が変わり始めるまで炒める。

電子レンジからあさりを取りだし、水分を切っておく。

フライパンに白ワインとあさりを加え、落し蓋をする。

そして水分がなくなるまで煮詰める。

その後、茹でてあったパスタをまぜ、絡ませる。

最後に塩胡椒で味付けをしたら完成だ。

「やばい。めっちゃ美味そう」

2枚皿を用意してそれぞれに盛り付けていく。

パセリを振りかけて、盛り付け完了。

ひとつの皿にラップを巻き、時計を見るとそろそろ別れてから30分になる。

戸棚の中からフォークをひとつ取りだし、パスタと一緒に持って外へ出る。


『ピンポーン』

今日何度も聞いたチャイム音が鳴り響く。

「はい。あっ、河津さん。待っていました、けど………?」

彼女は笑顔で扉を開けた後、俺の手の上にあるパスタを見て笑顔のまま固まる。

「伊藤さん。にんにく入れてるんだけど大丈夫?」

「えっ?あっ。はい……?………あの」

「良かったー。作ってから気づいてね。心配だったんだよ。一応聞いておくけどアレルギーとかあったら言ってね」

「な、ないです。………でも、どうして」

「んー。どうしてだろうなぁ。1人分作るのと2人分作るのは大して労力に差はないし。そもそも育ち盛りの女子高生が夜ご飯カップラーメンとか避ける方がいいだろうしな。……だからまぁ『ラッキー』とでも思って食べて貰って全然いいよ。貸しとか全然思ってないし」

彼女は凄く驚いている。

「貴方は、少し不用心すぎます!私たちまだ出会って1日も経ってないんですよ!?」

「伊藤さんこそでしょ。まだ出会って1日も経ってない異性を部屋に入れるのも大問題だから」

「あぅ………」

論破。

「はい。取り敢えず冷えるから早めにこれ食べてね。お皿はいつでも返してくれたらいいよ。これから作りすぎたおかずとか持っていくかもだから覚悟しててね」

パスタを渡し、自分の家に戻ろうとして身を翻すと、後ろから申し訳なさそうな声で、

「あ、あの!!パスタ、ありがとうございます。有難く頂きます……」

「2回目だけどタメ口でいいよ。伊藤さん」

そう言い残し、俺は家に帰る。

自分用の皿に盛られたボンゴレビアンコは少し冷えていたが満足のいく味付けだった。

「……74点だな」

勿論自己評価することも忘れない。

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