第6話 最後の詰め

 足音が響く――。


 シャングは城内の大広間に来ていた。いや、来てしまっていた。


 まっすぐに前を見ると、背もたれの高い豪奢な椅子が見える。その椅子からは赤い絨毯が伸びている。

 謁見の間だ。


 あの時、教会に飛び込んだあと、この場所に引っ張ってこられた覚えがある。

 偉そうな髭を生やした金髪の王がいて、その周りにはニヤニヤと笑みを浮かべる貴族達がいた。


 しかし一番に覚えているのは、高い天井からつり下がる煌びやかなシャンデリア……


 考えるよりも先に、身体が反応した。


 横っ飛びに身体を踊らせて、壁際まで転がるようにして――実際に転がしてたどり着く。


 カシャアアアン!!


 シャンデリアが砕ける音は、背中で聞いた。


 音は一回では済まない。


 次々と連続して、この謁見の間のシャンデリアが落下し続けていた。


 起きあがったシャングは立て膝になって、一瞬前まで自分のいた場所を振り返る。


 その間にもシャンデリアは落下を続け、繊細な細工を施されたクリスタルガラスが砕け散る様子は、この状況下にあって一瞬シャングの心を奪う。

 キラキラと舞い砕ける、白い光の欠片。


 ――だが、それは戦場の禁じ手。


 ドーーン! 


 横殴りに吹っ飛ばされるシャング。油断していたために、受け身がとれない。


 壁越しの爆発呪文は向こうの常套手段だとわかっていたのに、どうして見抜けなかった。

 爆風にあおられながら、後悔するシャング。


 しかし、それは一瞬で終わらせる。今は着地を……


 そこには砕けたガラスの欠片。


 鎧にブーツ。怪我をすることはないだろうが、足場が悪すぎる。


 ここに来て、シャングは理解した。真の敵はかつての仲間の力を併せ持った、あのエリアンではない。

 この戦場を設計したあの男だ。


 リコウト。


 それがわかっても、この場ではどうすることも出来ない。


 ガラスの上には、かろうじて肩から落ちることが出来た。筋肉を弾けさせる、両足を振り回して無理に身体を回転させる。


 その途中で、剣を持ったエリアンの姿を見つけた。


 詰んでいる。


 このまま起きあがったところで、剣が間に合わない。鎧の自動防御もドッペの神速の斬撃の前には用をなさない。


 起きあがる。足下のガラスのせいでバランスが崩れる。


 おかしい。


 もう首と胴が泣き別れになっていてもおかしくないというのに、未だに自分は息をしている。

 それどころか、エリアンがこちらに向かってくるのが確認できた。


 遅すぎる。そう感じながら足場を整えた


 これでは鎧の自動防御が働くには十分だ。いや、それ以前に――


 “白銀の太陽”が間に合った。


 エリアンの剣を受け止める。弾き飛ばす。


 シャングには、その現象が信じられない。


 ドッペの剣なら、こんなことにはならないはずだ。事実弾き飛ばされたエリアンの方も驚愕の表情を浮かべている。


 それはそうだろう。


 向こうは今の瞬間に勝ったはずなのだ。


 状況が理解できないシャングの動きはそこで停止する。


 が、視界の隅のエリアンは何かもぞもぞと動いていた。腰の後ろに手を回し何かを探している様な……


 ――何か。


 短剣に決まっている。


 勘が働いて、転がっている最中に見たエリアンが立っていた場所に目をやる。


 短剣があった。


 つまり、あの男は半端に嘘を付いていたわけだ。


 短剣は奪った能力を使った者に与えるのではなく、短剣自体に蓄積され、そしてそれを身に付けている物に、その力を与える。


 そして、それを落としてしまったエリアンからは力が喪失してしまったのだ。


 リコウト、お前の策は良くできていた。


 けれど運は自分にあったようだ。だから、今まで生き残ることが出来た。そしてこれからも生き残る。


 力のなくなったエリアンなど、放っておけばいい。


 シャングは、バリバリとガラスを踏み砕きながら、短剣へと向かって駆ける。


 エリアンもそれに気付き、同じ方向目指して駆けだしてくるが、その足はあまりにも遅い。余裕でこちらの勝ちだ。


 最後の最後でこんなミスをする者をこちらによこすなんて、結局はリコウトのミスだ。


 とにかく俺の勝ちだ。


 短剣に手を伸ばし、その柄を掴む。










 城の敷地内に、温室がある。


 そして、その脇には休息所があった。


 王宮から退避したクックハン王ザウンドは、ここに来ていた。


 なるほど確かにこの場所には被害はほとんどないが、城の崩壊する様を間近で見ることとなってしまい、その心中は決して穏やかなものではない。


 しかも、その崩壊の原因は――


「陛下」


 その原因が目の前に現れた。リコウトである。

 リコウトはそのままザウンドの下へと近付いてゆき跪く。そして深々と頭を下げた。


 その姿は、礼儀と言うよりもむしろ、事態の深刻さに恐れをなしているように見える。


 ザウンドはその望み通りにしてやろうと、叱責を加えるために大きく息を吸い込む。が、そこで驚きのあまりそのまま息を吐き出してしまった。


「お、お主腕はどうした!?」

「シャングにやられました」


 淡々と答えるリコウト。


「いささか、計算違いが生じました。陛下には城を自由にする許可まで頂きましたのに、このリコウト面目次第もございません」


「そ、そうじゃ! そのことよ! お主の手配か? あのような攻城兵器を城内に持ち込ませたのは?」


「そうです。シャングを罠に掛けるためにはどうしても必要でしたから……しかし、事がこうなってしまってはいかような処分も受け入れるつもりです」


 殊勝に頭を下げる、リコウト。


 そういう風に出られては、ザウンドとしても強くは言えない。なんと言ってもリコウトの失われた右腕が、彼が決して遊んでいたわけではないことを雄弁に物語っている。


「そ、それで状況はどうなのじゃ? 城の方はもうほとんど跡形もないようじゃが」

「はい。私の策は不完全とは言え、まったく成功しなかったわけではありません。あと一押しでシャングを拘束することは可能なのですが……」


「可能じゃが、どうした?」

「その一押しするための力が私には残っていないのです。あと僅かばかりの兵力があれば……」


 その言葉に、ザウンドは拍子抜けした。


「そ、それぐらいのことで何を思い悩む。即座に兵をまとめてシャング捕縛に向かうが良かろう」

「では、陛下が陣頭に立って下さるのですね?」


 間髪入れずに返されたリコウトの言葉に、ザウンドの頭は漂白された。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る