第11話 ゴツン

「これはどういうことですか!!」


 「亀の甲羅」が怒号と言ってもよい声をあげる。


 続けて“長官”などと口にしたら、そこで終わらせよう、とドッペが身構えていると「亀の甲羅」はこう叫んだ。


「リコウト殿!!」


 ドッペにとっては意外な名前に、思わず背後にいるはずのリコウトを振り返る。

 すると、リコウトはいかにもバツの悪そうな笑顔で、


「いやぁ、やっぱり私ですか」


 と、居心地悪そうに答える。


「あたりまえだ。長官を非難するいわれがどこにある。貴君がきっちりと説明を終えているつもりで我らは論議しているのだぞ」


 「亀の甲羅」はさらにリコウトを責め続ける。


 ドッペには何が何だかわからない。今までの彼の経験上、あり得ないことが起こっているのはわかるが、それだけにどう反応していいものか見当も付かない。


「いや、説明はしようとしたんですよ。というか説明はしたんです」


 リコウトがいかにも言い訳じみたことを話しだした。


「したんですけど、ドッペ殿にはいまいちご理解頂けなかったようで、それでカジノでですね――」


 リコウトはそのまま、先ほどのカジノでの顛末を説明する。

 それを静かに聞いていた一同は、リコウトが話し終えると感嘆の声をあげた。


「それで私も感激してしまって、そのままの勢いでこの部屋に連れてきてしまったわけなんですが」

「それはそれでやはり貴君の失策ではないか」


 と「亀の甲羅」は尚も手厳しいが、そこにやはり「裏声」が調整役よろしく口を挟んだ。


「そうやって決めつけてしまっては、リコウト殿にもお気の毒です。説明がまだとなれば我々で改めて行えばいいだけの話でありませんか」


 その意見に、リコウトは一人熱心に頷いている。


「おい、説明ってのはどういうことだ? 何を話しているんだ?」


 さすがに不安になって、ドッペが声をあげる。そうすると今度は「青年の主張」が頼まれもしないのに席を立った。


「結論からも申し上げますと、我々は長官閣下――ドッペ殿に剣を振るうような仕事はしてもらいたくないのです」

「何だと!?」


 今までのドッペの価値観だと、その申し出は侮辱以外の何者でもなかった。


 “おまえは足手まといだ”と言われているのも同義だった。


「確かに閣下の剣の腕は大陸随一のものでしょう。しかしそれでも命の保証はない。現に先日の戦いでは命を落としておられる。無論これは剣で閣下が破れたというわけでないことは重々承知しております。しかし、我々はその危険を恐れるのですよ」


 「青年の主張」はそのあだ名通りに、だんだんと自分の言葉に酔ってきているようだった。ドッペは呆然とその姿を見つめている。


「閣下の悪を見抜く才能は光り輝く大きな宝石のように、とても貴重なものなのです。それを軽々に戦いに赴くなどと……」


 「青年の主張」は沈痛な表情で、そこから先は沈黙した。


 ドッペはと言えば。もう驚くやら呆れるやらで、こちらも声を失っていた。


 俺の剣の腕がいらないだと?


 いや――そうじゃないのか。それ以上に俺の新しい才能が必要だというのか。


 この各国のくそったれの組織の代表者達が。

 俺を追い回していた連中が。


「ドッペ殿。彼らの本意、そして自らの才能の価値をご理解頂けましたか?」


 混乱するドッペの心に、リコウトの声が忍び込んでくる。


「長官職就任の件、どうかお引き受け下さいますよう。貴方の才能をこの大陸の未来のためにどうか生かして下さい」


 それを合図にして、円卓に座る全員が頭を垂れた。


「そ、そのなんだ」


 どもりながら、ドッペが口を開く。


「さ、さっきの会議はなってなかったな。シャング相手に並のやり方じゃ通用しないよ。言いたくはないが、あいつも相当強い」

「そ……そう言われましても」

「俺が相手してやるよ」


 ドッペは照れたように、そう口にした。

 一瞬間が空くが、即座に「亀の甲羅」と「青年の主張」が席を立つ。


「それはいかん!」

「まだ、ご理解頂けませんか!」

「うるせぇ!! 俺はお前らの長官だろうが! じゃあ俺の言うことを聞け!!」


 言葉遣いは実に乱暴だが、その頬は紅く染まっている。


 それもそのはずで、その言葉は事実上長官職を引き受けると宣言しているも同然だったからだ。


 リコウトが背後からそっとドッペの肩に手を置いた。


「なんだよ、うるせぇな」

「そう照れなくてもいいですよ。ここにいるのは皆、貴方の力を認め欲している連中です。もうそんなに突っ張らなくてもいいんですよ」


 その言葉にも反抗しようとしたドッペだったが、冷静になって考えてみれば確かにリコウトの言うとおりだ。


 ここにいる連中は、もう自分のことを認めている。剣を振り回して無理矢理認めさせなくてもいいのだ。


「ここは一つ、長官就任の挨拶をお願いしますよ」


 そんなドッペに、畳みかけるようにリコウトが提案する。


「な、お、おまえ、そんな急に」

「さ、さ、壇上へどうぞ」


 リコウトはドッペの腕を取ると、旗の前の壇上まで連れて行く。そこから考えると、この壇上があること事態が、リコウトが何よりもまずドッペの長官就任を信じていたことになる。


 そのリコウトが壇上に足を上げる。

 その足下が、ボコっと虚ろな音を立てた。

 思わず足を止めて、リコウトが円卓の方に目を向ける。


「何しろ急な話だったもので、すいません」

「それにしたって、こんな安普請な拵えがありますか」


 「裏声」の言い訳に、リコウトが珍しく怒ってみせる。


「いいっていいって。まさか抜け落ちるわけでもないだろう」


 ドッペが仲裁に入った。


 言いながら壇上に上がる。果たしてその壇上は少しばかりきしんだ音を立てたものの鎧の重さにも耐えた。

 それを見て、リコウトも矛先を収め、一度は壇上に上げた足を降ろして舞台を完全にドッペに譲った。


 ドッペはそれを見て頷くと、旗を真後ろに背負う位置まで歩を進める。

 そして円卓の方へと向き直ると、胸を張った。


「俺は学がない」


 まず始めに、そう宣言する。


「だから、こういう時になんと言うべきなのかさっぱりわかんねぇ」


 言葉遣いも乱暴だ。


「けどまぁ、今になって何をやるべきなのかはわかった。あんた達も協力してくれるという。それなら俺は、出来るだけの仕事をしたいと思う」


 それは誓いの言葉。


「よろしく頼む」


 そしてドッペは、その生涯の中で初めて自分の意志で頭を下げた。


 頭を上げる。


 そこに待っていたのは、これから部下とも仲間ともなる連中の敬礼姿。


 各国の方式の違いで、その形はバラバラだったが皆熱意にあふれる目をしてドッペを見つめていた。


 思わず目頭が熱くなるドッペ。


 その背後に、白い――ドッペの身に付ける漆黒の鎧“飢えた狼のよだれ”とはまったく対照的な――外套を持ったリコウトが立っている。


「これ、この組織の長官が身に付けるべき外套です。貴方にはこの外套の価値を高めて頂けると、私は確信していますよ」

「おう、まかせろ」


 素直な笑みを見せて、答えるドッペ。


 リコウトもまた、笑いながら近寄りドッペの肩に純白の外套を掛けようとする。


 が、その背中に背負う“海神のいびき”があまりにも長すぎて、上手く外套が収まらない。


「ちょっと待ってろ」


 ドッペはそう言うと、長剣を鞘ごと持って、背中から外す。


「ありがとうございます、ドッペ殿」


 リコウトは丁寧に礼を言い、次の瞬間、壇上から飛び降りる。


 バタン。


 あっけないほどの音が響き、ドッペの姿は壇上から消え失せた。


 ドッペの足下に大きな穴が空き、ドッペは重力に引かれるままにそこに落ちたのだ。


 しかし落ちきってはいない。


 あまりも長すぎる長剣の柄の端と鞘の端が、開いた穴の縁に引っ掛かっている。そして、ドッペはその剣の鞘を右手で掴むことによって宙に浮いていた。


 名にし負う“海神のいびき”のことだ。折れることはないだろうが、ドッペにすればこの状態ではどうしようもない。剣を抜くことはこの状態ではどうやっても不可能だった。


 空いているはずの左手には、あの純白の外套がまとわりついていて右手以上に不自由な状態だ。さらに外套はドッペの頭部にも絡みついており、言葉を発する自由すら奪っている。


 もっとも、何か言葉にならなくても叫び声に似たようなもの発しそうなものだが、ドッペはただぶら下がるばかりで、その喉から何かがほとばしるようなことはなかった。


 自分の身に何が起きているのかもわからないのであろう。


「ショウのドッペ。貴方を大量殺人容疑で捕縛します」


 そんな時、リコウトの声がドッペの頭上から降り注ぐ。


「何がどうなったのか、じっくりとその下にある石牢の中で考えて下さい」


 リコウトはそう言うと、パチンと指を鳴らした。


 それを合図にして、一人の男が部屋に入ってきた。もしドッペがそれを見ることがかなうのなら、先ほどイカサマ師の耳元で呪文を唱えた男だと気付いただろう。


 その男は、穴の際まで行くと一言だけ呟いた。


「“眠沈”」


 数秒後、ドッペの右手はその最愛の相棒“海神のいびき”を手放した。

 そして――


 ――ゴツン。



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