第6話 告知

「いったいどこから疑ってるんですか?」


 情けない笑顔で、リコウトが尋ねるとドッペは今度は首を逆の方向に捻った。


「……おまえの部下が俺たちの前に現れたあたりだな」

「それはまた、遡りましたね」


 むしろ感心したように、リコウトが笑いながら答える。そんなリコウトを見て、ドッペの身体から緊張感が抜けてゆく。


「どうも話がうまく繋がらないなぁ」

「貴方が途中で私の話をおかしな方向に持って行くからです。まぁ、それで私への信頼が増したのなら、それも良しとすべきかもしれませんが」


 ドッペは、そのリコウトの台詞を聞いて再び首を捻る。


「調子が狂うな。お前は俺が怖くないのか?」

「殺されるかもしれない……」


 急激に、リコウトの声の温度が下がる。リリィは背筋に冷たいものを感じた。


「……という危険をなぜ私が感じないか? ということですね」


 うってかわって底抜けに明るい声で、確認するリコウト。ドッペはそのあまりのリコウトの変化に、目を白黒させている。


「実は、貴方達4人の中で私が一番高く評価しているのはドッペ殿――貴方なのですよ」

「偉そうな物言いだな、おい」


 ドッペの殺気が復活する。


「大方、剣の腕ならとか言い出すんだろうがそんなことはお前に言われるまでも――」


 リコウトはそのドッペの言葉には構わずに、一歩踏み込む。

 そこはすでに、ドッペの殺傷圏内。一瞬の抜き打ちでリコウトの首と胴は泣き別れ。


 果たしてドッペの右手が剣の柄を掴む。


 しかし、そのために逆に無防備になった右の頬にリコウトは同じように自分の右の頬を寄せる。それを見ていたリリィの頬が染まる。


 そして、リコウトの言葉の矢がドッペの右の耳へと放たれた。


「…………!」


 ドッペの緋色の髪が逆立つ。


 目が大きく見開かれ、逆に瞳孔は収縮してゆく。


 ドッペはリコウトの方へと顔を向け、リコウトもまたドッペへと顔を向けた。至近距離でお互いの瞳を見つめ合う二人。


 そしてタイミングを計ったように、同時にお互いが二歩ずつ下がる。


「……本当なのか?」

「貴方はシャングと行動を共にするようになって以来、ずっとの男のことを気に入らなかった」


 リコウトはドッペの質問には構わず、一人語り始める。


「私はそこに注目していました。あの男は勇者です。そういうことになっている。それに不信感を抱ける人間。これは、もの凄いことなのではないだろうかと」


 ドッペが瞬きを繰り返す。どうにも慣れない。剣の腕を誉められたことはそれこそ数え切れない。仲間内でもフーリッツはよく誉めてくれた。ラウハもシャングも口には出さなかったが、自分の腕を認めていたのは間違いない。


 それが目の前のこの男は……


 一方で、リリィは目の前で行われたリコウトの魔術に魅入られていた。


 まさに“価値観を崩し、もう一度構築”してしまったのだ。リコウトが耳元で何を囁いたのかはわからないけれど、ドッペは揺らいでいる。


 そのリコウトは、未だに語り続けていた。


「私のように、あの男の本性を……」


 ドッペが、一歩あとずさる。リリィにはリコウトの表情は見えなかったが、どんな顔をしているかは想像が付いた。

 きっと獰猛な肉食獣の笑みを浮かべているに違いない。


「……知らぬというのに、その洞察力。見事という他はありません」

「お前……何人殺してるんだ?」


 ドッペが呻く。


「また関係のない話になってますよ、ドッペ殿」


 今度もまた軽く答えるが、雰囲気は物騒なままだ。


「しかし、仕切り直した方が良さそうですね。私もいささか感情的になりすぎています」

「あ、ああ……」

「先ほど私が申し上げたシャングの件に付きましても、言葉だけでは信じられないでしょう。次の機会には、証拠を揃えておきますよ」


 リコウトはそう言うと、懐から紙片を取り出した。そしてそれをドッペへと差し出す。


「今日の夜にでも、こちらの店においで頂けますか?」


 ドッペはその紙片を受け取って、さっと目を通す。


「『黒い雌馬』? ……裏通りの方だな。まともな店じゃねぇな」

「それだけに、お上品でない酒も揃っておりますよ。クロッブもね」


 クロッブというのは、ドッペの故郷シュウでよく飲まれる白く濁った酒だ。ただ、店で出されることはほとんどない。

 ドッペの目が泳ぐ。


「……それなら、まぁ、それを飲みに行くだけでも……」

「もちろん、結構です。夜にまたお会いしましょう」


 リコウトは軽く頭を下げると、踵を返しバーを後にする。振り返ることもしなかった、その後ろにリリィが小走りで続く。

 ドッペはその姿を見送ることしかできなかった。







 いつまでたっても、柔らかなベッドには慣れない。


 寝る前より調子の悪くなった腰をさすりながら起きあがると、太陽はほとんど真上にまで昇っていた。いつものことだ。


 そして部屋の扉を開けると、ほとんど目の前にフーリッツがいた。


 景気の悪そうな灰色の瞳を起き抜けに見ると、どうにも幸先が悪いような気分になる。

 考えてみれば、この前に死んだエーハンスの戦いの前にもこの灰色の瞳を見たような気がする。


「ふむ、寝られたかね?」

「なんか、疑うような理由でもあるのか?」


 噂に違わぬひねくれぶりで、逆に聞き返すドッペ。フーリッツはそんなドッペには慣れているので肩をすくめて、窓際へと歩いてゆく。


 手に持っているのは水差し。どうやらフーリッツが水を取りに来たところと鉢合わせしてしまったらしい。


 はっきりしない意識のまま、ドッペの視線はフーリッツの姿を追い、そのまま部屋を見渡す。


 この部屋はホテルの最上階。細々した間仕切りは全部とっぱらってあって、最上階全体が一つの部屋だ。ありがちな造りといえばそれまでだが、実際に宿泊してみると、少しばかり戸惑うぐらいの広さがある。


 もっともドッペは自分用の寝室と、酒場を往復しているだけなのでその広さにはあまり意味がない。


 ただ、窓の外に広がる海の景色だけは密かに気に入っていた。部屋の広さに合わせるかのように、大きく開かれた窓から見える景色は、この上もない贅沢さを感じる。


 しかし今は、そんな贅沢な風景にフーリッツという異物が入り込んでいる。やっぱり幸先が悪い。


 見ればフーリッツは完全に装備を調えているようだ。ご苦労なことにシャングと二人、交代で休んでいるらしい。さらに視線を巡らせて部屋の中を見てゆくと、案の定シャングの姿はない。


 そうシャングがいない――その事実が、ドッペの意識を急速に目覚めさせる。


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