第7話 揺らされたラウハ

「で、でも姐さんも好きだったじゃない」

「うん。今も好き。でもさ、あたしそんなの持ってたら心配で眠れなくなるよ。あたしはあんたみたいに強くないんだから」


 肩をすくめるスーリを呆然と見つめるラウハ。


「そ、それなら私が守るから。ずっと一緒に……」

「そんなの無理だって事、わからないラウハじゃないだろ? あのスラムでは一瞬の油断が命取りだったんだ。ましてや、そんなもの凄い宝物持ってたらどんな連中が出てくるか……無理矢理取ってきたんだろ?」


 その言葉に、ラウハは肩を振るわせる。


「ね、姐さんは、私のしたことを……」

「そりゃあ、別にいいと思うよ。大体あたしにしてからが、元はかっぱらいだもん。人に偉そうなことは言えないよ――でもね」

「でも?」

「あのね、リコウトさんいるでしょ」


 突然出てきたその名前に、ラウハは面食らう。


「あいつがどうかしたの?」

「あの人、トルハランの王族って名乗ってたでしょ。アレでたらめ」

「でたらめ?」


 ラウハの声が裏返る。


「そうだよ。あの人もあたし達と同じクックハンのスラム出身。あたし前に会ったことあるし。あんたもあるはずだよ、ラウハ」

「それが何で、王族なのよ?」

「そこのところはわかんない。頭のいい人だから、王様に気に入られたのかも知れない。でもま、スラム出身なのは変わらない。あの人も隠さないし」


 ラウハは特徴のないリコウトの顔を思い浮かべようとするが、うまくいかない。

 けれど、スーリが彼を信頼していることだけは理解できた。


「でね、王族っていうかまぁ、貴族みたいになってるのを見て、こりゃあ威張り散らしてるに違いないと思ったのよね。ほら、いたじゃないツーノ通りのレンションみたいに、たまたま親分に気に入られただけで、でかい顔して歩く奴。それが貴族だもんね」


 うんうん、と熱心にうなずくラウハだったが、今日のリコウトの立ち振る舞いを思い出してすぐに首をひねった。


 リコウトは威張り散らしたりはしていなかった。かといってラウハの力を恐れてへりくだっていたわけでもない。

 実に普通だった。


 そう――普通だったのだ。


「でもね、あの人は全然偉そうじゃない。それどころか昔の知り合いに仕事を持ってきてくれたりする。不思議に思って、貴族になったのにそれでいいのかって聞いたのよ。まぁ、間抜けな質問なんだけど」


 ラウハは黙ってスーリの言葉を聞いていた。


「リコウトさん、妹がいたんだって。その妹さんがある日ハンカチを落としたの。リコウトさんがあげた奴。まだスラムにいた頃だったから、なかなか貴重品なわけよ。で、道でわんわん泣いていたら、どこかの貴族のお姫様が通りかかって、召使い総動員してハンカチを探してくれたんだって。リコウトさんそれをずっと覚えていてね、貴族になった時にそういう風に力を使おうって決めたんだって」


 一気にまくし立てるスーリ。ラウハはその言葉を、黙って聞いていた。だからこそ、この言葉の洪水に疑問を抱くことが出来た。


「そういう風って……どういうこと?」

「ええとね、だから……そのお姫様は召使いに命令できるでしょ。貴族だから」


 ラウハは少し考えてから、頷いた。


「問題は、どう命令するかなのよ。そのお姫様がアレが欲しい、コレがしたいって喚きだしたら、それは多分、その通りになるでしょ。あたし達の迷惑を全然考えなかったら」


 ラウハは頷く。しかし、頷いたその表情は暗い。

 スーリの言葉は、ラウハにあることを思い出させたのだ。


 力ずくで王宮を叩きつぶし、宝物を奪い取ってきた自分の姿を。


 それは貴族への復讐のつもりだった。


 けれど気付いてしまった。気付かされてしまった。


 それはラウハが嫌っていた貴族達の振るまいと、何ら変わりがないということを。


「でも、そのお姫様は小さな女の子のハンカチを探してあげた。自分の持っている“貴族”の力で。そういう使い方なら貴族になるのも悪くない――リコウトさんはそう考えたんだって」 


 魔力を増大させて、貴族すらひざまずかせる力を手に入れた自分。

 何をどうやったかはわからないけれど、貴族そのものになってしまったリコウト。


 問題はそこから先だというのか。


「ああ、そうだった。ここの譲渡書類なんだけど、明日でも構わない? すぐには揃わなかったんだって。もうここには簡単に来れるんでしょ?」

「あ、あ……うん」


 うつむきながら答えるラウハ。


「でね、お願いがあるんだけど」


 顔を上げるラウハ。その表情は何かにすがるような愛玩動物じみた物だった。わずかの時間に王城を半壊状態に追い込める最強の魔術師のようにはとても見えない。


 しかし、年相応の女の子の姿には見える。自分を見失った哀れな女の子に。


 自分がスーリのために何かできることがあるのが嬉しい。自分の力が無駄でないことを証明したい。


「ここの人たち、そのまま雇ってくれない? リコウトさんがあちこちの鉱山で無理矢理働かされてた人を連れてきたの。昔は荒れてた人も多かったけど、今じゃ家族もいてさ、いきなり仕事がなくなっちゃったら困ると思うのよ」


 けれど、スーリがラウハに頼るのはリコウトの力の延長だった。


「それにね、掘り出した金で腕輪とか首輪作るにしても結構余るでしょ。その分、外国に売り払って食料とか仕入れてくんないかな? これもリコウトさんがやってるんだけど、あのスラムも食料さえあれば随分ましになると思うのよね。実際、今も随分ましになったらしいし」


 スーリが並べる、リコウトの力の使い方。

 

 ラウハは思いを馳せる。

 自分は力を手に入れて何をしたんだろう、と。


 魔族を追い払った。それは正しかったに違いない。頭の悪い貴族達を殺して、昔の自分のような弱者を食い物にして作り出していた装飾品を奪い返した。


 それのどこが悪い。


 ――未だにそう強く思えるのに、どうしてこんなにも不安になる。


 まるで、何か間違ったことをしたような錯覚に陥ってしまう。

いや、錯覚でないとしたら?


「ラウハ?」


 不審に思ったのだろう。スーリがラウハに声を掛ける。

 顔を近づけて、ラウハを気遣うように。


 それなのに、その声の何と遠いことか。いや、遠くにいると思いたいのだ。

 今の自分をスーリ姐さんには見せたくない。


 間違ってしまった自分を見せたくない。


 ラウハは逃げるように小屋から飛び出ると――移動呪文を唱えた。


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