第3話 シャング ~ブリッツ・ペネトレイト~

 室内を支配するのは絶望のため息。


 仕留めたと思った相手が生き返った、という過去の結果が覆ったことへの落胆。


 そして、相手にこの神官がいる限り、必殺の一撃も無効化されてしまうという未来への落胆。


 ――対抗する手段がない。


 その一言を、誰が口にするか。

 出席者達は周りを見渡して、牽制し合う。


「名はフーリッツ。出身はエーハンス」


 出身国が告げられたことで、室内のざわめきはいっそう大きくなった。


 彼は自らの国を攻め、そして実質的に滅ぼしてしまったということになる。


 そんな人間が、他国を攻める時に容赦をするとも思えなかったからだ。


「彼は幼い頃からエーハンスの修道院で育てられました。どうやら孤児のようです。戦災孤児」

「戦災?」

「エーハンスとカルナデッタの戦いですね。エーハンスがカルナデッタを併呑した。魔族達が現れる前の話です」


 リコウトがのほほんと答える。この男からはあまり深刻さが感じられない。


「では、フーリッツはその亡国の出身か?」

「わかりません。資料が散逸していて。可能性があるとしかお答えできません。その修道院に彼と話したことがある人物もいるでしょうが、親しい人物となると……」


 事務官は目を閉じて、沈痛そうな表情で答える。

 そして、再び表情を戻して、事務的に報告を続けた。


「彼が手にしている槍は“神槍パーリー”と言います。元はエーハンスに古くから伝わる祭具で、法力を増幅します。もっともフーリッツは武器としても自由自在に振り回しますが。身につけているローブはラウハと同じ、虹の大聖衣。つまり魔力あるいは法力と呼ばれているものを自然に回復します」


 再び室内にため息があふれる。


「帽子は“先人の遺産”といい知力を増幅し、心を落ち着ける作用もあります」

「なるほど、一行の知恵袋というわけですね」


 少し考え込むリコウト。しかし、次の瞬間にはまた笑みを浮かべる。


「――それでは最後の一人、我らが英雄シャングの活躍を聞いてみるとしましょうか」









 ドッペとフーリッツが佇む場所に、ラウハとシャングがやってくる。


「さすがに英雄様はゆっくりのご到着だ」


 ドッペが嫌みたっぷりにシャングに話しかけた。


「…………」


 シャングは何も言わず、無言で剣を振り下ろした。


 思わず逃げ出しそうになるドッペの横を、剣風が駆け抜ける。それは渦を巻き、さらなる風を呼んで、残ったエーハンス軍を蹂躙する。


 それが英雄シャングの愛剣“白銀の太陽”の特殊能力。


 その剣の大きさは普通の長剣ほどで、鞘も柄にも特徴のない物だったが、刀身だけが他の装飾など必要ないと言わんばかりに目映い光を発していた。


 シャングはその愛剣を大地に突き刺した。


 漆黒の髪は風をはらんで逆巻く様にはね回っている。強い意志をたたえた、髪と同じく漆黒の瞳。高く通った鼻筋。口元には一分の隙もない。


 引き締まった身体を青い鎧が飾り、翻るマントは深紅。目深にかぶられた兜の額には一角獣の様な鋭い角が突き出ている。


 多くの宮廷画家達が描いてきた、史上最高の英雄の姿がそこにあった。


 その英雄は左手の盾を天にかざす。するとシャングの全身を光の粒子が取り巻いた。


 彼の持つ盾“白昼の満月”は念じれば、攻撃力と防御力を同時に跳ね上げる特殊効果があった。その特殊効果の加護を受けて、シャングは愛剣を引き抜くと、エーハンスの本陣に走り出す。


 先ほどのドッペの突撃とは違う。


 脇目もふらずただ一直線に、邪魔者を押し倒し、踏みつぶして、行く手を切り開く。

 先ほどの“白銀の太陽”の一撃も効いていた。しばらくするとシャングには抵抗らしい抵抗が感じられなくなる。


 シャングが顔を上げると、そこに見えたのはエーハンス王。


 一度は逃げだし、再び十万の大軍と共に巻き返しを図ったが、王は同じ事を繰り返してしまった。再び全てを失ったのだ。


 その顔が恐怖に引きつる。


 シャング自身は無表情のまま“白銀の太陽”についた血を振り払うと、ゆっくりと歩を進めていった。


「な、何故裏切った!? シャング!!」


 当然といえば当然の問いかけに、シャングはただ首を傾げるだけ。


「ええい、こうなれば是非もない! やれぇ!!」


 王の号令一下、シャングの周囲から放たれた矢が雨の様に降り注ぐ。


 シャングはそれに対して何もしない。剣を振るうことも、盾をかざすことも。


 矢がシャングの身体に突き刺さりそうになる一瞬、その身にまとう鎧が弾けた。


 一つの鎧と見えていたのは、実は変形した三つのリングだった。


 リングはシャングの周りを取り囲む様にその姿を取り戻すと、それぞれがバラバラに回転を始め、襲いかかるすべての矢をはじき返す。


 その能力は人間が造り得るものを遙かに凌駕していた。


 エーハンス王が目を見開く。


 王には知るすべもないが、それはシャングが異世界に攻め込んだ際に手に入れた戦利品だった。名を“三首の青龍”。


 矢はなおも撃ち込まれるが、三つのリングはそれがシャングの身体に届くことを許さない。


 シャングは守りを“三首の青龍”にまかせたまま、“白銀の太陽”を目の高さで水平に構える。その切っ先はエーハンス王に狙いを定めていた。


「ヒッ……!」


 エーハンス王は悲鳴を上げて逃げ出そうとする。


 なぜならシャングのその構えこそは、多くの魔族を倒してきた必殺の一撃“ブリッツ・ペネトレイト”の構えそれだったからだ。


 エーハンス王自身も、その英雄の技によって命を救われたことがある。それがどれほどの威力があるのかは、身をもって知っている。

 だからこそ、それが自分に向けられた時の絶望は誰よりも強い。


 “白銀の太陽”がシャングの構えに応じる様に、銘の通りにさらに白く輝き出す。


 風が、シャングの身体を巻く。それは三つのリングによってさらに増幅されていくかの様に見える。


 英雄の代名詞とも言われる必殺技は、魔界からの戦利品でさらに威力を増したのだ。


「なくなれ」


 短くシャングが言葉を紡ぎ、“白銀の太陽”をまっすぐにエーハンス王へと突きだした。


 風が。

 光が。


 そのエネルギーのすべてが剣先に集中し、そこで膨大な光の渦となり、まっすぐに大地を駆け抜けた。

 光と風の渦は、すべてを無に帰しながら拡散してゆき、やがて消える。


 そして、その後には何も残らなかった。

 エーハンス王、フラウス。


 ――享年四十二歳。

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