イセカイ系な彼女

ながやん

Act.01 プロローグ

運命の出会い?的な?

 A県まほろば市。

 中心地まほろばなんて大げさに思える、東北の田舎町いなかまちだ。

 と言っても、田舎という程田舎でもなく、都会と言うには少しおこがましい。そんな、どこにでもある地方中枢都市の成り損ない、それがまほろば市。

 僕が生まれた故郷こきょう、小学校三年生まで暮らしていた町だ。


ミギワ君? 汀渚ミギワナギサ君」

「あ、はい……すみません」


 若い女教師にうながされて、僕は窓の外から視線を滑らせる。

 二年D組。

 今日からここが、僕が一年間を過ごす教室だ。始業式から一週間遅れての転校生に、クラスの全員が視線を投じてくる。無遠慮な好奇心が、全身に緊張をもたらした。


「はい、皆さん。新しくこの学級の一員になった、汀渚君です。御両親の仕事の都合で、単身汀君だけがこの町に戻ってきました。小さい頃までまほろば市で暮らしていたそうですよ? ふふ、じゃあ自己紹介を」


 眼鏡めがねをかけた、ふわふわした雰囲気の女教師が微笑ほほえむ。

 僕は静かに息を大きく吸って、ゆっくり吐き出す。

 そして、一歩前へと歩み出た。

 最初が肝心だ。

 転校には慣れっこだったし、いつもの調子でよろしくやっていれば大丈夫。僕なりの処世術しょせいじゅつというものがあって、多少は自信がある。

 咳払せきばらいを一つして、周囲の注目度が臨界に達するの待ち、口を開いた。


「汀渚です。よろしくお願いします。……ッ! ……失礼、なんでもない」


 いつも右手に、包帯を巻いている。

 それらしい仕草しぐさで、僕はわずかに苦悶の表情を浮かべてみせた。

 そして、再度ゆっくりとクラス中を見渡し、用意された台詞せりふを続ける。


「僕は、自分で言うのもなんだが、変わり者……そう、普通の人間じゃない。宿命さだめ魅入みいられた男だ。悪いことは言わない、不用意に関わらない方がいい」


 クラスの静寂が、気まずい沈黙で満たされてゆく。

 よし、想定通りだ。

 上手く引かれたと思う。

 ドン引きされたなら、大成功だ。

 正直、友達なんていらない。学校のクラスメイトに求めることは、僕に対して不干渉であること。せいぜい、欠席した時にプリントを届けてくれる程度の仲でいい。

 だからいつも『』で押し通している。

 いじる人間すら寄せ付けない、完璧なキャラ作りで周囲をシャットアウトだ。

 ミッション・コンプリート……これで僕の静かな学園生活が始まっ――!?


「はーい、という訳で汀君は、大変な運命を背負ってるそうです。みんな、できる範囲で助けてあげてくださいね」

「はーい!」

「そっかあ、これは……るいは友を呼ぶ? 的な?」

「なんにせよ、よろしくな! なんかあったら俺らを頼ってくれよ!」

「イケメンだから、ああいうキャラって許されちゃう感じ。ま、結果オーライよね!」

「きっと事情があるのよね。仲良くなれるといいなあ」


 ……は?

 いや、ちょっと待って。

 先生、その反応は……なに?

 周りのみんなも、はーい! じゃないだろ。ちょっとこれ、どういうことなの? この場合、絶句して『キモッ!』『イタタ……』『やべー、まじやべー』って顔になるはずだ。

 ずっと今まで、そうだった。

 この、妙にフレンドリーな感じはなんだ!

 僕は言葉を失った。

 

 今までの転校経験からは、想像もできない温かさだ。生温かく、かわいそうな奴を見る目じゃない……もっと普通に、これからよろしくねっていう雰囲気だ!?


「じゃあ、先生が汀君の運命、導いちゃいまぁす。ふふ、席は……ああ、あそこが空いてるわ」


 なにその軽いノリ……動じぬ笑顔がむしろ怖い。

 担任教師は、一番後ろの窓際を指差した。

 丁度、空席が一つある。

 新学期のクラス替えで、前から座らせていったら最後が余りました、的な。

 日当たり良好、最後列で陰キャひかげキャラには絶好のポジションだ。

 だが、すでに僕はいたたまれない気分で、足取りも重い。

 席まで歩く間、茶化したりくさしたりする声が飛んでこない。

 定番の、脚を引っ掛けてくるヤンキーっぽい奴もいない。

 なんてことだ……ここは異世界か?

 そして僕は、この異常な空気の発生源に遭遇した。


「ふあ……ふぅ。あら、転校生さん? 私のおとなりさんかしら。よろしくね、ふふ……」


 机に突っ伏して豪快に寝ていた少女が、精緻せいちな小顔をあげて微笑んでくる。

 真っ白な長い髪は、前髪が片目を半分隠す程だ。

 見詰めてくる目が、深い碧色あおみどりれている。

 まるで妖精か天使か、あるいはその両方だ。

 常人離れした美貌は、あどけないのにとても蠱惑的こわくてきだった。


「話は聞かせてもらったわ。面白そう……キミに興味が湧いたぞ? だから、嫌でも私と仲良くしてもらうわね」


 その少女の名は、神薙七凪カミナギナナギ

 自称、……この異常な雰囲気を生み出している特異点だ。

 僕の孤立した平和は、ガチで本気なやべえ奴、七凪によって端微塵ぱみじんに砕かれてしまったのだった。

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