調査報告

「お邪魔いたします。出版社の松田さんからお電話ですが、取られますか」廊下の足音に続いて女将が襖越しに呼びかけた。

「はい、すぐ行きます」

 松田から連絡が来たのは翌日の昼前だった。私は出ていって番台に伏せた受話器を耳に当てた。

「色々当たってみたんですが、警察の記録にはありませんね。行方不明というのは、ない。でもね、墜死というのはあるんですよ。つまりね、捜索願が提出されて、警察の方もきちんと死体を上げているわけです。共通してるのは、死んだのが男で、その家族、妻なり母親なりが警察に連絡してるってことと、少なくとも死んだ本人はその城に泊まってたってことです」

「件数は?」

「調べられた限りで十四件」

「事件性は認めてないのか」

「ええ、うん。全部事故として処理されてます。足を滑らせた形跡があるって」

「新聞は」

「地元紙も大して大きくは伝えてないみたいですね。全国紙じゃまず載りません。素人が登山中に滑落だなんだというのは日常茶飯事ですよ。その近辺だって単なる登山者の事故も混じってたくらいですからね。警察の処理にしたってそういうことでしょ。ああ、なんだまたかって」

「宿から出した届はなかったんだな?」

「捜索願ですか。それならなかったですね」

「一番古いケースは?」

「ええと、二十八年前です。昭和三十年。それから三十二年、三十六年、三十九年」

「一番新しいのは?」

「半年前ですね」

「冬か」

「死体が上がったのは雪解け後です。探し始めたのが雪解け後、といってもいいかもしれませんが」

「わかったよ。ありがとう。記事はきちんと書くから安心してくれ」

 電話を切って部屋へ戻りかけると廊下の向かいから女将が歩いてきて「どんなご要件でした?」と訊いた。

「いえ、全く仕事の話でした」

 女将はもう少し聞きたそうに立ち止まっていた。

「野暮用でして、私の記事の掲載を繰り上げるとか、分量を増やすとか、ろくに決定事項でもないのに連絡してくるのですよ」

「困りものですね」

「ええ、まったく」

 私はひとまずそのように濁して部屋に戻った。

 一番古いケースが二十八年前?

 どういうことなのだろうか。

 年齢から言って月夜がアプローチや城周辺の案内をしているのはせいぜいこの十年ではないか。

 それ以前のケースは警察の見立て通り事故死で間違いないということだろうか。

 いや、だとしたらこの十年のケースもまた事故死ではないか。その内実と頻度に有意な差が見られないからこそ警察は一連のケースに同じ要因を求めたのではないか。

 あるいは最近のケースが確かに月夜の関わったものだとするなら、以前のケースにも誰かが関わっていると考えるべきなのではないか。

 誰か?

 それは月夜と同様の役割を果たしていた人物と考えるべきなのか。

 まさか、月夜はその実何十年に渡って年老いることなく生き続ける怪異なのか。

 いや、最後の線はダイナミックだがあえて考慮に入れるようなものではない。

 頭が痛くなってきた。

 そうだ、考慮すべき情報はもう一つあった。捜索願は全て家族から出されたものであって、宿が出したものはなかったという点だ。それは単身者に限って言えば捜索対象とならないままこの世界から葬り去られてしまったケースがまだ眠っている可能性があるということを意味する。

 警察は他のケースにあたって捜索しているのだから、それで変死体が上がらないということは誰かが隠蔽している可能性もまた付随して残されていることになる。

 隠蔽の主体は月夜? あるいは旅館ぐるみなのか?

 わからない。今考えるのはここまでにしておこう。頭が茹で上がってしまう。

 私は帽子を被って部屋を出た。散歩でもすれば少しは気が紛れると思ったのである。

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