第3話 幼馴染ちゃんは(偽)彼女さんを邪魔したい

「碧斗くん、少しい―――――」

「あおくんっ!ちょっとこっちに来て!」

「お、おお!?」

―――――――という感じで教室から連れ出されたり。


「碧斗くん、私が焼いた卵焼き。あーん♪」

「あ、ああっ!口が滑ってぇぇぇ!あむっ!」

「ちょっと!小森さんが食べてどうするのよ!私は碧斗くんにあげるつもりだったのに……」

「ご、ごめんなさい……」

――――――みたいな感じでわざとらしく笹倉の邪魔をしたり。



 笹倉は周りの人に付き合っているということをアピールするように、何度も俺に近づいてきたが、その度に今朝の笹倉の行動と同じようなことが、早苗によって行われていた。

 明らかにわざとやっているのが丸分かりすぎて、見ているこっちがヒヤヒヤする。

 いつ笹倉が爆発するか、今日一日はその事が気が気でなかった。

 ちなみになんだが、アニメとかだと付き合った男女はクラスメイトから色々と話を聞かれたり、廊下を歩くとヒソヒソ話をされたり……なんてのがよくある話だが、俺達にはそれが全くなかった。

 その理由が、あのコロ助だ。

 彼が影で、噂をネタに笹倉に近付こうとする輩と、ついでに俺に近付く輩も排除してくれていたらしい。

 俺から情報が漏れることを危惧したんだろうな。偽彼氏だから特に何も知らないんだけど。笹倉への忠誠心の強固さがよくわかる行動だった。

 

それはともかく。笹倉がいつ爆発してしまうのかと密かに怯えていた俺は、ついに放課後、早苗には教室で待っていてもらって、彼女に無理矢理連れ出された。

 そして教室の外の廊下で俺は今、笹倉に壁ドンをされている。

 俺の身長は170後半くらい、笹倉は多分165くらいだと思う。女子の割に高めなその身長も相まって、彼女のスタイルの良さを強調しているのはいいが、俺の方が高いというのに、圧がすごい……。

 鋭く睨みつけるその眼だったり、俺の左耳スレスレに強く叩きつけられた手だったり、息がかかりそうな距離まで近付いてきたその顔だったり。

 逃げられない状況で、彼女は教室の方に視線を送りながら言った。

「アレ、完全に私の邪魔をしていたわよね」

 ついには早苗のことをアレ呼ばわりしている。かなりご立腹らしい。

「そろそろ消してもいいかしら」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!あいつだって悪気があった訳じゃないだろうし……」

「どこが悪気なんて無いのよ!卵焼き、いつもより上手く出来たのに……」

 本気で悲しそうな顔をする笹倉。自分で言っておいてなんだが、確かにあいつの行動には悪気しかない気もする。

 笹倉も、邪魔をしたら容赦しないって言ってた訳だし、実際消されても仕方ないことしてるもんな。

 食べ物を粗末にするのは、絶対にダメだぞ、早苗。

 それでも、早苗があんなことをするのにはきっと意味があるはずだ。まだ言えていない何かが……。

 だって、彼女が笹倉を邪魔したあとは、決まって俯いて静かにしていた。絶対に何かを隠しているはずなんだ、あいつは。

 俺は、それを聞き出したい。

「少しだけ時間をくれないか?あいつと二人きりで話がしたい」

「……」

 笹倉は見定めるような目で俺の顔を見ると、仕方ないというふうに首を縦に振った。

「私は外で待ってるから、終わったら呼んでちょうだい」

「ああ、ありがとう」

 彼女は壁についていた手を離すと、くるりと反転して壁にもたれて腕を組んだ。

「その内容によっては……わかるわよね?」

「……ああ」

 その鋭い視線に背中を押されるように、俺は教室に踏み込んだ。



 扉の閉まるガチャリという音で早苗は俺に気付く。振り返った彼女は曖昧な表情を浮かべていた。

「早苗、少し話がある」

「……うん」

 俺は彼女の隣の席に座る。向かい合うと上手く話せないような気がしたから。

「お前、昨日から変じゃないか?妙に帰り道落ち込んでたり、寝ているところを襲いに来たり、笹倉の邪魔をしたり……」

 俺が彼女のしたことをひとつあげる度に、彼女の体の震えが大きくなっていくような気がした。

「笹倉と俺が付き合ったことが原因なんだよな?でも、変わらない関係でいるから安心してくれって前にも――――――」

 バンッ!

 俺の言葉は早苗が両手で机を叩いたことで遮られる。彼女は椅子から立ち上がると、驚いている俺の目をじっと見つめた。

 今にも泣き出してしまいそうなそのかおで。

「違うの……全然違うのっ!」

 今までに聞いたことがないほど大きな彼女の声。俺はそれに圧倒されてしまう。

「あおくんは『変わらない関係でいるから』って言ってくれるけど、私はそんなこと望んでない!」

 早苗は俺に詰め寄ると、両手で肩を掴んだ。

「私はね……変わらないのが嫌なの。あおくんとの関係を変えたいの!『幼馴染』から……『恋人』に」

「えっ……」

 それは突然の告白だった。

 その声、表情からは嘘の色は見えない。いや、例え嘘をついていたとしても、今の俺には見抜くなんて不可能だろう。

 心の中で、笹倉彩葉と小森早苗を示すメトロノームがカチカチカチカチと激しく揺れていた。

 大切な幼馴染で、付きまとってくる犬みたいな奴。

 そんなふうに思っていた彼女が、俺と恋人になりたいと言っている。

 もちろん嬉しい。

「あおくん、好きだよ」

 彼女の唇がゆっくりと近付いてくる。

 彼女のことを思えば、ここで抵抗しないというのもありなのかもしれない。そう思ってしまう。

 窓から差し込む夕日のオレンジが、俺の心を弄んでいる気がした。

「……」

 それでも、揺れる針が止まる場所は決まっている。

 ここで笹倉彩葉を諦めたならば、今までが遊びだったと認めてしまうことになる。

 本気じゃなければ恋じゃない。

 逃げられる程度なら本気じゃない。

 俺の恋は遊びじゃないんだ。だから逃げないし他所見もしない。

 俺は彼女のキスを避けた。俺に体重をかけていた彼女の体は前のめりになり、倒れそうになったが、ギリギリ襟を掴めたことでそれは回避出来た。

「うぐっ!?」

 一瞬、首が絞まった彼女が変な声を出したが、聞かなかったことにしよう。

 彼女を真っ直ぐ立ち上がらせると、俺は彼女の目を見てはっきりと言った。

「お前の気持ちはすごく嬉しい、ありがとうな」

「……うん」

「でも、それに応えることは出来ない。だって俺、彼女持ちだから」

 わざとらしくおどけたように言ってみせると、早苗は少し笑った。

「やっぱり……そうだよね。そんな優しいあおくんだから、私は好きになったんだもん」

「そ、そうか?照れるな」

「うん!ひとりぼっちだった私を救ってくれた大切な人、それがあおくん。だからね……」

 早苗はその小さな背をめいっぱいに伸ばして、俺の耳に口を近づけた。

「私は諦めないよ、絶対に」

 その声がいつもの彼女のものとは違うように感じて、ドキッとしてしまったが、なんとか表情には出さないように堪える。

「あ、ああ……。でも、お手柔らかにな」

 ただ、その声は若干震えていた。そこから俺の本心を察したのか、早苗は軽くウィンクをしながら、

「女の子はしつこい生き物なんだよ♪」

 そう言って小悪魔的な笑顔を浮かべた。



 帰る準備をしている早苗を中に残して、俺は後ろ手に扉を閉める。夕日の熱にあてられたのか、まだ顔が熱い。

「どうだった……とは聞かないでおきましょうか。大体の状況は聞こえていたもの」

 相変わらず腕を組んでいる笹倉が歩み寄ってくる。

「さすがは青春、と言ったところね。なかなか面白いものが見れた……というよりかは聞けた、かしら?」

「早苗のこと、消さないのか?」

「ええ、もちろん。ここで私が手を出せば、私が彼女に嫉妬したように思われてしまうもの」

 笹倉はニヤリと笑うと、若干の上から目線で言った。

「まあ、もっともな話、あなたは本当は私のことが好きではないのだから、小森さんのところへ行ってもいいのだけれど」

 その言葉に俺は首を横に振る。

「いいや、続けさせてもらう。1度やると言ったんだ、裏切るようなことはしない」

「そう、感心ね」

 そう言って音の出ない拍手をする彼女。その表情はやっぱり凛々しくて、とても綺麗だ。

 ロリ風な早苗とは性格も容姿も正反対な笹倉 彩葉。どちらも魅力的な異性であることは間違いない。

『恋心とは形を持たない生き物だ。常に変化し続けるそれを操ることは、誰であっても出来ない』

 偉いおじちゃんか誰かがテレビで言っていた言葉だ。今ならその意味が分かる気がする。

「おまたせっ!」

 元気に教室から飛び出して来た早苗と3人、並んで歩きながら思う。

 このままずっと彼女ふたりの気持ちが変わらなければ、俺の心も変わるかもしれないな。

 ただ、今の俺は笹倉が好きだ。

 だから、彼女だけにこの恋を全力で捧げよう。


……そういえば、『さあや』は今も元気にしているんだろうか。写真を見て思い出したばかりだが、昔のことをあれだけ鮮明に覚えているとは思っていなかった。

 苗字も家の場所も知らなかった彼女。

 きっと幸せに暮らしてる……よな?

 一瞬、真冬の凍りつくような手のひらで、背中を撫でられたような感覚がした。

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