第21話 姉として、英雄として

 私は今、怒りで我を忘れそうになっていた。


 この目に映る全てが憎くて仕方がない。

 殺すのでさえ勿体ないと感じるほど、内心荒れ狂っていた。


 その元凶は、今、私の目の前でうるさく喚き散らしていた。


「英雄だと? お前が、英雄だとぉ!?」


 男の名は、アルバート・ヴィオン。

 私が所属する王立トルバラード学園の教師だ。

 馬鹿みたいに派手な真紅のローブを着込み、他にも派手な装飾をその身に付けているメガネの男。


 こいつが王立トルバラード学園を占領したテロリスト集団の代表だというのは、この状況を見ればすぐにわかることだった。


 でも、そんなこと私は興味が無かった。

 このようなご時世だ。頻繁に起こっているわけではないけれど、テロ活動は珍しいことではない。


 私が怒っているのは、もっと簡単なことだ。




 ──私の妹、ミオを甚振ったクズ野郎。




「信じない。俺……私は信じないぞ!」

「あっそう、別に信じても信じなくても、私はどっちでもいいわ」


 そう。どうでもいい。

 奴が現実から目を逸らそうが、結果は変わらないのだから。


 私は刀を振り抜き、真正面からアルバートを見据える。


「お前を殺せさえすれば、私はそれで十分なのよ」

「ハッ! 私を殺すだと? 馬鹿を言うな亜人風情が!」

「この状況になっても、まだそんなことが言えるのね。……呆れた」

「状況を理解していないのは、お前の方だ! お前にはこの数が見えないのか!」


 この数?

 どの数だ?


 …………ああ、理解した。


 訓練場に集まっているのは、縛られた教員方と亜人の生徒、そしてテロリストに賛同した愚か者達だ。


 アルバートが言っているのは、そのテロリスト達の数のことだろう。

 奴らの数は、ざっと200名ほど。試合場や観客席に溢れかえっている。

 教員はアルバートのみだが、残念なことに数名の生徒が混じっていた。他にも亜人のことを毛嫌いしている冒険者風の奴らもいて、よくもここまで集めたものだと拍手を送りたい。


 ……ほんと、反吐が出る。


 すでに彼らは臨戦態勢で、アルバートの号令さえあれば魔法を放てる準備くらいはできているのだろう。

 魔法を放てない者も混ざっているのか、そいつらは各々の武器を構えたり、遠距離攻撃に向いている鉄砲を持ったりしている。


「理解したか?」

「……ええ、よくわかったわ」

「ハハッ! もしお前が本当に英雄なのだとしても、この数を相手には──」

「問題ないわ」

「できまい…………は?」

「全く問題ないと、そう言ったのよ──雑魚ども」


 アルバートのこめかみがピクピクと痙攣した。

 私の言葉に激昂したのは、奴だけではない。それまで静かに見守っていたテロリストどもも、馬鹿にされたことに腹が立ったのか好き勝手に喚く。しかし、そんなのに臆する私ではない。耳に届いていないかのように、奴らの言葉の全てを無視した。


「……ああ、わかったぞ。お前はこの前、私のことを運良く無力化したから調子に乗っているのだな?」


 別にそうではないが、まぁ否定するのも面倒なので黙る。


「しかし残念だったなぁ! あれから私は力を手に入れた! 今の私ならばどんな魔法も扱える! 他の奴らも同じだ。お前など、敵ではない!」


 そう言ってアルバートは右腕を天に掲げた。

 他の奴らも同じように右腕を上に上げる。


 そいつらの腕には、同じような紋章が描かれていた。

 今もそれは怪しく輝き、そして意思を持っているかのように脈動している。


「お姉ちゃん気をつけて! その人達、それのせいで凄く強くなってる!」


 ミオが叫ぶ。


「気がついたところでもう遅い! これはとある計画によって生み出された新時代の魔紋だ!」


 アルバートが勝ち誇ったように笑った。自分達が負けるとは微塵も思っていない様子だ。

 それに対して私は反応に困り、ぽりぽりと頬を掻く。


「…………知っているけれど?」

「は?」

「いや、だから……知っているけれど、それがどうしたの?」

「嘘をつくな! これはどこにも情報が漏れていないはずだ! お前ごときが知っているわけ──」


「ガルミーユ先進国」


「──っ!? どうしてそれを!」


 目を見開くアルバート。

 ……どうやら、当たりのようだ。


 先日、私のところに数人の鼠が送られてきた。クラス対抗戦の勝利を祝って、ミオ達が私のために催してくれたパーティーに行く途中で出会った刺客達だ。

 身元不明だったのだけれど、死霊術士によって生き返らせて情報を吐かせたところ、様々な情報が次々に差し出された。


 奴らはガルミーユ先進国からの刺客だった。

 あそこは最近になって変な動きを見せていた。今になって刺客が送られてくるのと何かと関係があるのではと思い、もっと詳しく調査してもらったら…………アルバート達に刻まれているような紋章を、彼らの腕からも発見したのだ。


「鼠を殺してしまっていたせいで、まだその時点ではそれが何なのか判明できなかった。……でも、これでよくわかった」


 名前を付けるとしたら『魔力増幅紋』と言ったところか?

 ……ガルミーユ先進国は本当に面倒なものを流してくれた。


 しかし、様子を見るにまだあれは完成形ではないように見える。


 ……ああ、なるほど。


 テロリストどもはただの実験台だ。

 偉そうに力を与えてやろうとか言って、こいつらに新しく開発した『魔力増幅紋』の実験台をさせていたのだろう。つまり、テロリストはガルミーユ先進国に良いように使わされたということだ。


 哀れで仕方がない。そのような不完全な力を欲するばかりに国を裏切り、そしてこの学園を乗っ取ろうだなんて考えるのだから。


 本当に彼らは────


「馬鹿ね」


 あからさまに馬鹿にした様子で、吐き捨てる。


「…………いいだろう。そこまで我々を馬鹿にするのであれば、その力を見せてやる! お前ら!」


 テロリストどもはその合図で構える。


炎槍フレイムランス

獄炎熱球デスフレア!」

狂水刃アクアスラッシュ

暴風撃エアリアルブラスト!」

聖光矢フラッシュアロー


 そして、一斉に魔法を放った。


「ふむ、全てが中級以上で無詠唱。確かに良い性能ね」


 慣れないうちに無詠唱で魔法を放ったら、多少は威力が減少するものなのだが……見た感じ威力も申し分ない。

 しかも正確に私のことを狙って来ている。力が腕から直接流れ込んでいるからだろうか? あまり違和感なく、核となる者に定着しているようだ。安定は…………今の所ちゃんとしているようだけれど、いつ暴走するかの瀬戸際だな。


「お姉ちゃん! 逃げて! お願い!」

「あら、良いことを教えて上げるわ、ミオ。英雄はどのような戦場だろうと逃げないのよ。絶対に逃げず、そして勝つ。……ちょうど良いわ。あなたに、英雄の本当の戦いを見せてあげる」


 私は体内で瞬時に魔力を練り上げる。

 その間もテロリスト全員分の魔法が、私を殺さんと飛来する。


 私は気にせず、ただただ己のことに集中していた。


 音も、色も、何もかもが要らない。


 ただ必要なのは──己の魔力のみ。


「フハハッ! 死ねぇ!」


 奴らの魔法が私に到達するより早く、私の魔法が完成する。

 私は腕を横に振り、ただ一言を紡いだ。


「──消えろ」


 獄炎も、水の刃も、暴風も、全てが等しく消え失せた。

 それまで耳にうるさく聞こえていた轟音はピタリと止み、その場は静寂が支配する。


 高笑いをしていたアルバート。

 泣き崩れていたミオ。

 勝ちを確信していたテロリストども。

 全てが、私のたった一つの言葉によって思考を停止させていた。


「な、なな……」


 アルバートが私を指差す。その指はわなわなと震えていた。

 それは指だけではなく、奴の体全体に広がり、最後には力無くペタリと地面に座り込んだ。


 先程の威勢はどこに行ったのだろうか?


「あんなに高々と吠えていたくせに、もう終わり?」

「──ヒィ!」

「……逃げないでよ。傷つくじゃない」

「やめ、た、助け……! 助けて!」

「助ける? 助ける、ですって……? ──プッ! あっはははっ!」


 我慢できなくなった私は、腹を抱えて大笑いした。


「助けるわけないでしょう!? お前達は私の全て、ただ一人の妹に手を出した。報いを与えるに決まっているじゃない!」


 アルバートの表情が絶望に染まる。

 それでも必死に逃げようと地を這うので、見苦しくなった私は刀を投擲。それは一直線にアルバートの足に突き刺さり、奴は断末魔の悲鳴を上げた。


 死ぬほどの痛みではないというのに……騒がしい奴だ。


「やだ、死にたく……ない……誰か……そうだ。お前ら! 私を今すぐ助けろ! 早く助けろぉおおお!」


 アルバートは仲間に助けを求めた。

 だが、彼らは自慢の魔法を一瞬で消された恐怖から、ピクリとも動けていなかった。


「ここで私を見殺せば、裏切ったことになるぞ!? 良いのか!? お前ら全員、反逆罪で殺されるぞ!」


 私は笑いを堪えるのが大変だった。

 反逆罪。それはこいつらが学園の占領した時、すでにその罪は確定しているのだ。それなのに今更反逆罪……本当に面白い冗談だ。


 結局、半端な計画に参加してしまったが最後、彼らに残された道は二つしかない。

 国家反逆罪として私に裁かれるか、ガルミーユ先進国を裏切って闇に葬られるか。


 破滅の道しか残されていない。

 それが愚者どもに相応しい最後の断罪だ。


「早く、助けろと、言っているんだ!」


 黙るだけだったテロリスト達は、アルバートの迫真の叫びに体を震わせ、迷いながらも私に的を定めた。

 ニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべるアルバートだったが、こいつは一体何を勘違いしているのだろうか? このような有象無象が必死に抵抗したところで、本当に自分が助かると思っているのだろうか? いや、あの顔は本気でそう信じている顔だ。


 ……もう、哀れで仕方がない。


 だから、さっさと終わらせよう。


天握てんあく


 私は訓練場に存在するアルバート以外の敵を、この手に掴んだ。

 もう彼らは、私から逃れることはできない。


壊握かいあく


 無駄な抵抗をされる前に、私は彼らの四肢を握り潰した。

 全方位からアルバート以上の断末魔が鳴り響く前に、ミオに寄り添って彼女の耳を塞いだ。これは聞くに耐えない不快な音だ。大切な妹に聞かせるわけにはいかない。


 しかし、何が起こっているのかは理解しているのだろう。

 ミオの体は、微かに震えていた。

 辛いことを体験させてしまったことに申し訳ないとは思う。あとでちゃんと謝るつもりだ。

 誰もが無傷で、穏便に終わらせることはできた。私は英雄だ。一瞬で無力化することくらいは容易だ。……でも、穏便に済ませて私の怒りが静まるとは思わなかった。


 私はミオから手を離し、静かに口を開いた。


「……ミオ、怖いのなら目を閉じていて」


 これから起こることは、きっとミオには衝撃が強いことだ。

 妹を守るために、妹にトラウマを植え付けることはしたくない。だから、怖いなら見るな。そう言った。


 でも、ミオはゆっくりと首を振った。


「怖くないの?」

「……怖い、よ……でも、これが正しいことなら、私はこの結果を受け止めなきゃならないと思うんだ。だから、私は目を背けることなんてしない」

「…………そう……」


 ミオは、私が思ったよりも強くなっていた。

 あの時、彼女の前で鹿を殺した時とは違う。その時よりも妹は考えられるようになっていた。何が正しくて、何が正しくないのかをちゃんと判断できるようになっていたのだ。


 私はそんな妹の成長が嬉しくて、思わず抱きしめてしまった。


「ミオがこんなに大人になってくれて、私は嬉しいわ。あなたは私の自慢の妹。英雄が認める──あなたは立派な戦士よ」

「お姉ちゃん……」

「……もう少し、待ってね。邪魔は消えた。あとは……決着を付けてくるから」


 名残惜しい気持ちはある。

 でも、ここでアルバートを処分しなければ、また何をされるかわかったものではない。


 ──だから、殺す。


 私はミオのお姉ちゃんという仮面の上に、英雄の仮面を被せた。


「ここまで盛大にやってくれたのだから、死ぬ覚悟はできているんでしょうね」

「お、おお俺は、まだ死ねない。死ねないんだ!」

「お前の意見なんて知らないわ。お前がいくら死にたくないと言っても、もう遅いのよ。……これを見なさい」


 そう言って取り出したのは、一枚の紙だった。

 そこには、こう書かれている。


『アルバート・ヴィオンを国家反逆罪とする。処罰は全て英雄ミア・ヴィストに一任する』


 たったそれだけの短い文章。

 しかし、アルバートには大きな衝撃となったようだ。

 まだ望みがあると思っていた気味の悪い笑みは完全に消え去り、ポカーンとした間抜けな顔を私に晒している。


 まさか、自分は国のために動いている。と本気で思っていたのだろうか?


「うそ、だ……こんなの嘘だ! あ、亜人が、お前らが何かをしたに決まっている! そうでなければ、私は……私が反逆罪になるわけが……!」

「ダラダラうるさい」

「ぐぎゅ、ぶっ!」


 いい加減鬱陶しくなった。

 私は空間を震わせ、アルバートを強制的に平伏させた。


「言ったでしょう? どんなに喚こうが、どんなに否定しようが、お前の『死』は確定している。ミオに与えた屈辱……冥界で懺悔しなさい」


 アルバートを『天握』で握る。

 そして、ゆっくり、ゆっくりと握り潰し始める。


 アルバートの骨が一本一本折れていくのが、この手の感触に伝わる。

 ……昔は気持ちが悪くて何度も吐き気を催したものだが、今となっては私の敵を殺せるという感覚に嬉しくなる自分がいた。


「あが……だずげ……だずげで……ごめんなざい、俺が、悪かったから、ゆるじ──」


 アルバートが助けを乞う。

 目から大量の涙を流し、鼻水を垂れ流し、そして最後に目や口から真っ赤な血液が溢れ出た。


 必死に懇願するアルバートに近寄り、一言。


「死になさい」


 私は無慈悲に、そう言い放った。


「い、や……だぁあああああああっ!!」


 アルバートは『天握』に支配されている状態だというのに、無理矢理動こうと体を大きく揺らした。しかし、私の魔法はその程度で破れるものではない。ただゆっくりと、人の体を握り潰していく感覚を噛みしめる。




「──困りますねぇ」




 最後の時に差しかかろうとした時、そのような声が上空から聞こえた。


「っ、ミオ!」


 私は即座に動いた。

 アルバートへの『天握』を解除し、瞬時に思考を切り替えて私とミオの周りに幾重もの魔力障壁を張る。そして妹に駆け寄り、その体を抱き寄せる。


 奴を殺すことを優先するのではなく、妹を守ることを優先したのだ。

 それは英雄としての勘だった。何か嫌な予感がする。そんな雰囲気を、私は一瞬で悟った。


「その者はちょうどいい実験台なのです。簡単に殺されるのは困ります」


 乱入者は真紅の仮面を被り、全身を黒装束で隠していた。

 すぐさま奴の魔力を調べるけれど、あの仮面が邪魔をしているのか曖昧な情報しか見ることはできない。


「そんなに警戒しないでください。僕はあなたに危害を加えようだなんて思っていませんよ……まだ、ね」


 気味の悪い男……男、なのか? 声は男と女が混じったようなものだ。仮面のせいで声が籠っているかもしれないし、魔法で声を変えている可能性だってある。


 奴は誰だ?

 アルバートがちょうどいい実験台?

 ということは仮面の者はガルミーユ先進国の手の者なのか?


 疑問は尽きない。

 だが、警戒するのには十分な理由がある。


 ──この私が接近を感じることができなかった。


 アルバートに集中していたと言っても、常に周囲の警戒は怠っていなかった。

 それなのに私が接近を許した。……奴は、それだけの相手ということだ。


「ほら、大丈夫ですか? ……ってあらら。これは本当にギリギリだったみたいですねぇ」


 仮面はアルバートに近づく。


「……まだ死んでいないので再生は可能ですが……はぁ……面倒ですね。よいしょ……っと」


 そして、すでに気絶しているアルバートを持ち上げ、その場を離脱しようと宙に浮いた。


「また会いましょう──英雄殿。次はもっと面白くなりそうだ」

「──っ、待ちなさい!」


 私は右手を突き出し、仮面を握ろうとするが…………すでに奴はアルバートと共に消えていた。


 私と同じ空間魔法の使い手? ……いや、違う。すでに奴の体には転移の魔法が掛けられていた。ならばガルミーユ先進国から直接送られてきた可能性が高い。どうしてあの国がアルバートを匿う? 奴にそこまでの利用価値があるのか?


 疑問は尽きない。


「──ガルミーユ先進国……一体、何を企んでいるの……」

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