第10話 実技の授業

 実技の授業はまず最初に、それぞれが実技試験の時に行った攻撃を見せるところから始まった。


 わかっていたことだけれど、誰もが様々な属性の魔法を使い、アレク先生の作り出した土人形マトに当てていく。


 魔法は種類があり、基本属性となる魔法は『炎、水、風、聖、闇』の五つ。

 それ以外には『特殊魔法』という属性に偏らないものがあって、私の『空間魔法』もその特殊魔法に含まれる。


 少し期待していたけれど、このクラスには特殊魔法の使い手がいないようだ。

 特殊魔法は『特殊』と言われているだけあって、会得するのが非常に難しい。もし会得しても魔力の制御が困難で、思い通りに魔法を使えないというのが難点だ。


 ……つまり、特殊魔法はめちゃくちゃ難しいのだ。


 だから、新入生で扱えるような者はいないだろうなと予想していた。

 高学年の生徒だったら何かしらの特殊魔法を覚えているかもしれない……でも、どうせ初歩中の初歩以下の制度だろう。


「──水よ切り裂け『水斬アクアスラッシュ』」


 そんな内心諦めながらクラスメイトの魔法を眺めていると、一際大きな歓声が上がった。

 その中心にいるのは、アリアだ。


 アレク先生の土人形は、鋭利な水の刃によって上下綺麗に切り裂かれていた。

 まだ魔力収束が完璧ではないが、新入生だと考えれば十分……いや、それ以上の実力がある。


「ミア、どうでしたかっ?」


 アリアは私の元まで歩み寄り、先程の魔法の感想を聞いてくる。


「良いんじゃない?」

「……それだけですか?」


 彼女の表情は、渋い。

 どうやら言葉足らずだったらしい。


 『水斬アクアスラッシュ』は完全な水の刃。

 土人形の周囲には、魔法で生成された水が飛び散っている。魔力収束が甘い証拠だ。

 魔法の詠唱中は周りを気にしないといつも言っているはずなのだが……今日は皆に見せるという緊張が邪魔をしたのだろう。戦場ではどんな状況であれ平常心を保ち、いつも通りの実力を発揮するのが重要だ。


 しかし、今回は私のように完璧を求めるのではなく、クラスメイトの仲間として彼女を褒めるべきだろう。


「……相変わらずの威力ね。毎日訓練を欠かさず行っているのがよくわかるわ。流石、アリアね」


 そう言って彼女の頭にポンポンと手を置く。


「えへへ……嬉しいです。正直、ダメ出しを食らうのではないかと内心ビクビクしていました」

「ダメ出しをされるとわかる箇所は?」

「理解しています」

「なら、よし。ちゃんと自分のミスを理解することが一番大切よ。次はそれを克服できるように頑張りなさい」

「──はいっ!」


 果たして今の言葉で良かったのか。


 アリアの嬉しそうな笑顔が、その答えなのだろう。


 ──おおっ!


 と、そこで反対側からも歓声が上がる。

 振り向いてみると、土人形に何本もの矢が刺さっていた。


 ミオが得意の弓術で当てたのだろう。彼女の隠しきれないドヤ顔が、そう物語っていた。

 魔法に精通していない者が見たら、何の魔法も用いていないではないかと思うかもしれない。しかし、放たれたその矢からは、微かな魔力反応を感じる。おそらく風の魔法を用いて威力と速度の向上がされている。弓一本だろうと威力は絶大だ。


 細かい魔力制御は、アリア以上だ。

 ミオが前に行っていた通り、ちゃんと里で勉強していたらしい。


「お姉ちゃん! さっきのどうだった?」


 ステップをするように軽い足取りで私の元へ来たミオ。

 ……どうして二人して、先生から意見を聞く前に私のところへ来るのか。信頼されている証なのだろうけれど、私だって何でも知っているわけではない。常に的確なアドバイスを上げることはできないのだ。


「正直言って、これほどとは思っていなかったわ。前は里周辺の獣だって殺せなかったミオが、ここまで弓の腕が上達しているとはね……腕を上げたわね、ミオ。姉として誇らしく思うわ」

「え……えへへ……なんか、面と向かって言われると嬉しいな」

「でも、狙いがバラバラね。全弾は命中しているようだけれど、あれではあまり意味はないわ。急所に当たっているのは10本中二本。弓には限りがあるのだから、最低限の本数で射抜くようにしなさい」

「うぐっ……」

「確実に仕留めたいのであれば頭、首、心臓の三箇所。時間稼ぎや邪魔することを目的とするなら、手足の関節を狙うこと。まだ動いている敵に当てるのは難しいと思うけれど、ミオの腕ならできると思っているわ」

「……うん……いつかお姉ちゃんに認めてもらうまで、私頑張る!」

「その意気よ」


 飴と鞭の両方を食らったミオは、しょんぼりとした顔になる。

 だが、直接問題を指摘されたことで、よりやる気が出たようだ。


「そうだ! ちょうどいいからお姉ちゃんのお手本を見せてよ!」

「え、私……?」

「うん、久しぶりにお姉ちゃんの技を見たい! ……ダメ、かな?」

「ダメじゃないわ……でも、弓なんて久しぶりだから上手く当てられるかわからないわよ?」

「それでもお姉ちゃんの弓の腕は、私以上でしょ?」

「……まぁ、そうね」


 ミオの弓を貸してもらい、私は土人形から離れた位置に立つ。


「……ミオ。ミアは弓も使えるのですか?」

「うん、お姉ちゃんが里にいた頃は、里一番の狩人だって言われていたくらい、お姉ちゃんの腕は凄いんだよ!」

「そうなのですか……一度もミアが弓を持っていたところを見ていなかったので、私には想像がつきません」

「見ていればわかるよ!」


 ……なんか、変なところで私の評価が上がっている気がするけれど、今は目の前の的に集中しよう。


 しかし、本当に弓を持つのなんていつ以来だろうか。

 里を出てから数年は使っていたけれど、途中からは魔法で殺した方が早いと知り、それからはあまり武器というものを触っていなかった。ラインハルトから貰った刀が唯一と言っていい。


「アレク先生。なるべく人間に近い形を作ってくれるかしら?」

「ええ、わかりました」


 可愛げのあった土人形は、人間と変わらない小ささになる。


 これで準備は整った。


「ミオ、矢を三本貰うわね」


 クラスメイト全員の視線を一身に受けている。さっさと終わらせよう。


 私は矢筒から三本取り出し、その内二本の矢羽を噛みちぎった。

 クラスメイトは、何をしているんだ? という疑問の顔になる。それは当然の反応で、矢羽がなければ矢は綺麗に飛ばないのは周知の事実だ。


 ミオだけはこの後に何が起こるのかを予想し、見入るように私の動作一つ一つに注目している。


 私は三本の矢を同時に構え、放つ。


 それぞれの矢は三方向に飛び、真ん中の一本のみが人型の土人形に向かって飛んだ。


「外してるじゃねぇか」


 誰かがそう言った次の瞬間、あらぬ方向へ飛んで行った二本の矢は、急に進行方向を変えて土人形に突き刺さる。土人形の頭部、首、心臓は精確に射抜かれていた。深く刺さっているので、これが生の人間だったら間違いなく即死だろう。


 ……久しぶりの技だったが、成功して内心ホッとした。


 ──曲射。


 矢羽は直進性を高めるのに必要だが、千切ることで空気抵抗が変わり、このように曲芸じみたことが可能となる。その代わり飛距離は極端に落ちるが、曲がり角などで待ち伏せされている時、かなり役に立つ技術だ。


 これはまだ小手調べだが、今後も弓を扱うのであれば、これくらいはできるようになって欲しい。


「……ふぅ」

「凄い! やっぱりお姉ちゃんは凄いよ!」

「おっと……ふふっ、ありがと」


 感極まったミオは、後ろから私に抱き付いてきた。

 咄嗟のことでバランスを崩しそうになった私だけど、どうにか踏み留まる。ここで転んでしまったら姉として情けない。


「……ほんと、素晴らしい腕前でした。流石はミアですね」


 その後ろからアリアが歩いてくる。


「褒めたって何も出ないわよ?」

「心からの賞賛ですわ。弓を捨ててしまったのが勿体無いくらいです」

「別に、捨てたわけじゃないわ。……ほら、私って集団や強敵を真正面から相手にするじゃない? そうなると弓は不利だと思ったから、他の手段を用いているだけよ」


 弓の強みは遠距離からの射撃だ。相手の届かない距離から一方的に攻撃する。それは仲間がいるからこその強みだ。私のように単独で真っ向からぶつかるタイプは、弓の長所をほとんど殺してしまう。だから弓を手放した。それだけの話だ。


「……でも、こうしてお姉ちゃんの凄さを改めて知ると、私なんてまだまだだなぁって思うよ」

「そんなことはないわ。これは私が慣れているからできたのであって、ミオも弓を使っていれば自ずとわかるようになるわよ。それでも難しいなら、魔法で軌道を変えれば簡単だわ。ミオは風の魔法が得意なんだから、有効活用しなきゃね」


 ──パチパチ、と拍手の音が聞こえた。


 振り向くと、アレク先生が感心したように微笑んでいた。


「いやぁ、素晴らしいです。まさかこんなところで弓の名手に会えるとは思いませんでした」


 彼は私の正体が『英雄』だと知っている。

 しかし、クラスメイトが呆然とした表情で私を見つめていることを悟り、いい切り口として動いてくれたのだろう。


「しかもそれが本気ではないとお見受けしました。一体どのような修練を積んできたのですか?」

「……そこまで大層なものじゃないわよ。戦っていたら自然と身についただけ」

「ですが、曲射なんて凄まじい芸当は初めて見ました」

「本番ではあそこまで上手くいかないわ。今回は的が固定されていたから当たっただけよ」


 本来曲射は、待ち伏せている敵に対して不意を突く目的で使われる。

 動き回っている敵に曲げて当てるというのは、想像の何倍も難しいのだ。ただでさえ曲射を使いこなすのが困難だというのに、誰が戦闘中に好き好んでやろうと思うのか。


「本当ならば試験の技を見せてもらいたかったのですが、これでミアさんの実力は十分皆に伝わったでしょう」


 と、そこで二時限目終了の鐘が鳴る。


「場所はこのまま行います。次はそれぞれ模擬戦をしてもらいますので、皆さんは十分に休んでおいてください」


 そう言い残し、アレク先生は訓練場を出て行った。


「さて、私は少し外を──」

「あ、あの、ミアさん……!」


 私は少し外をぶらついてくる。

 そう二人に伝えようとしたところで、クラスメイトの一人から声を掛けられた。


 メガネの女性だ。

 パッと見で深い印象は受けない地味な見た目。そんな子が私に何の用だ?


「何かしら?」

「さ、先程の技──凄かったです!」

「……はい?」

「私の村にも沢山の弓使いが居ましたけど、ミアさんのような凄い人は居ませんでした! やっぱりエルフってみんな弓の扱いが上手なんですか!?」

「え、ええと……?」


 どうしよう……反応に凄く困る。

 私は異常な力を扱うものとして恐れられることはあっても、クラスメイトのように褒められることはなかった。だからこうして面と向かって質問されると、なんて言ったらいいのかわからなくなる。


 そう、まずは質問に答えなければ。

 エルフは皆、弓の扱いが上手いのか? だったか?


「エルフは森での狩りに弓が必須というのもあって、それなりに扱えるよう幼い時から指導を受けるの。だからエルフは、誰でも弓が扱えると思われているのよ。もちろん、上手い下手はあるわよ」

「へぇ、そうなんですか……じゃあ、ミアさんは特に弓が得意だったんですね?」

「いいえ、私は弓は不得意よ」

「え……?」

「小さい頃は、この程度もできないのか能無し! って何度も怒られたわ」


 懐かしい記憶だ。私が周りから奇異の目で見られていたのもあり、同世代の子供達からずっと弓の腕を馬鹿にされていた。

 だから、いつかこいつらを見返してやろうと思った。そして我武者羅に頑張り、誰にも文句を言わせない技術を身に付けた。子供にしては良くやった方だと思うが、結果は更に周囲から距離を置かれただけだった。


 もはやここまでくれば、「……ああ、こいつらはただ嫉妬しているだけなんだ」と、成人していない子供でも理解したものだ。


「信じられないです……では、剣術が得意だったんですか?」


 彼女の目は、私の刀に向いている。


「いいえ、別に得意ではないわね。ある人から強引に渡されたのよ」

「じゃ、じゃあ何が得意なんですか?」

「魔法よ……というか、魔法以外はてんで駄目ね」


 剣ではラインハルトに負け、弓では過去に出会った弓使いに負けている。

 格闘術をとある老人から習ったこともあるが、私が彼を追い越す前に、彼は寿命で死んだ。勝ち逃げされてしまったので、もう彼に勝つことはできない。


 なので、私には魔法しかないのだ。


「すっげぇ! あんなに弓が上手いのに、魔法の方が得意なのかよ!」

「どこでそんなの覚えたの!? 何かコツとかあるのかしら!」

「その腰のやつ刀よね!? 珍しいものを使っているのね!」

「身のこなしも何処かの武人っぽいし、実は凄い人なのか!?」

「ねぇねぇ、よければ私に魔法を教えてくれない?」

「あ、ずるい! 私も教えてもらおうと思っていたのに……!」


 遠くで私達の会話を聞いていたクラスメイト達が、ついには我慢できなくなったのか一斉に私に詰め寄ってきた。

 急に周りに人が増えた私は、どうしていいのかわからずにオロオロと視線を彷徨わせる。


「え、ええ……? ちょ、これ……どうすればいいの?」


 次々と質問を投げかけられ、混乱し始めた私は堪らず、ミオとアリアに助けを求めた。


「ふふっ、あんな困った表情をしているミアは初めて見ました」

「照れてるお姉ちゃんかわい──んんっ! お姉ちゃん頑張って!」

「お願いだから助けてくれないかしら!?」


 私の助けを求める声は、残念ながら意味をなさなかった。

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