第8話 学校初日

 翌朝、私は校門前にてミオを待っていた。


 少し早めに出て来たので生徒の数は少ないかと思っていたけれど、予想していたより生徒の姿はちらほらと見えた。

 一年生……つまり新入生が多めだった。新入早々気合が入っているようで何よりだと思う。

 逆に四年生や三年生といった高学年の生徒は、まだほとんど見ない。おそらく登校時間ギリギリに来るのだろう。


 私は時間というものをあまり気にしない。

 その理由は、私の得意魔法『空間魔法』があるからだ。それには遠くの場所に一瞬で移動する『転移』の魔法があり、集合時間ギリギリになっても瞬時に辿り着くことが可能だ。なので、遅れさえしなければどうでもいいと思っている。


 ちなみに今日は普通に歩いてきた。

 『転移』を使う者は非常に珍しく、私が使えると知られれば変に目立ってしまう。

 ただでさえ人の多い学園だ。どこに人の目があるかなんてわからないからこそ、注意を払って行動する必要がある。


 それに『英雄』は唯一の空間魔法の使い手だと知られている。

 下手に使うのは身バレの危険があるため、国王やオードウィンの二人からは、生徒として活動している間は使用を控えてくれと言われていた。私も面倒ごとを避けるため、快く承諾した。


「……遅いわね」


 集合時間になってもミオは現れない。


「心配だけど……もう一人いるのだし大丈夫よね」


 まだ妹の相部屋の人は知らないけど、オードウィンのことだ。変な奴と組み合わせるようなことはしていないだろう。

 なので、心配はいらない。それはわかっていても、やはり心配になるのはしたかないことで……いっそミオのいる寮まで迎えに行ってやろうかと思ってしまう。


「だけど、すれ違いになるのも嫌だし……悩みどころね」


「おやぁ? 亜人殿が何か呻いておりますなぁ」

「きっと悩みでもあるのでしょう。聞いてあげてはどうですかな?」

「ははっ、冗談はよしてくれゴンド殿。亜人に近くなんて、私の気品が汚れてしまう。そういうゴンド殿こそ聞いてあげてはどうですかな?」

「遠慮したいですなぁ。薄汚い亜人がどのような病を持っているかわかりませぬ。移されるのは勘弁していただきたい」


 集合時間から五分経っても姿が見えない。


 ……やっぱり迎えに行った方がいいのかしら。


 最悪入れ違いになって余計に合流が遅れてしまっても、時間ギリギリに『転移』でここまで戻ってくれば、遅れることはない。

 転移の条件は、一度でもその場に行くことだ。すでに条件は満たしている。


 ミオには空間魔法のことがバレるけれど、私も英雄と同じ技に憧れていると言えば納得してくれるだろう。

 オードウィン達の願いを無下にすることになるけど、初日に遅刻するよりはマシだ。


「おい貴様」

「……ん?」


 気がつけば、私の前に男子生徒が二人立っていた。


 ……ん? どこかで見覚えがあると思ったら、あの試験で騒いでいた馬鹿貴族の取り巻きか。

 様子を見ると、私のことを覚えているから絡んできたとかではないらしい。ただ、そこに亜人が居たから声を掛けてきたのだろう。


「どなたかしら?」

「亜人に名を教えるわけがないだろう!」


 馬鹿貴族の名前はチェックしたけれど、あいつの取り巻き連中は調べていなかったのを思い出した。

 だからこの機会に聞いておこうと思ったのだが、断られてしまった。


「あら、そう……それじゃ私は待っている人がいるから。さようなら」


 通行人の邪魔になるような場所に立っていたつもりはないけど、面倒な奴に絡まれたことだし、もう少し邪魔にならないところに移動しよう。

 そう思って校門の壁から離れようとすれば、男子もそれに連れて動く。


 ……逃げ道は封鎖されているということか。


「待てと言っているだろうが!」

「待てと一度も言われた覚えはないのだけれど?」

「亜人が口答えするのか!」

「口答えではなく、本当のことを言っているまでよ。ほら、退いてちょうだい」


 まだ登校時間というのもあり、他の生徒はそこらで歩いている。

 下手に注目を浴びたくない私は、さっさとこの場を離れたい気持ちでいっぱいだった。


 だが、どうやら男子二人は、周りの生徒のことが見えていない様子だ。


 雑に扱われたことに腹が立っているのか、怒り心頭な表情で私を力一杯睨みつけていた。

 ……赤ちゃん以下の殺気だけど、心底鬱陶しい。


「初日から学園に迷惑をかけたくないの。見たところあなた達は貴族のようだけど、問題を起こしたくないのはそちらも同じではなくて? むしろ、貴族だから余計に問題を起こしてはダメでしょう?」


 説得を試みるが、彼らの表情は変わらない。失敗のようだ。


「はぁ……」


 仕方ない。転移で強引に逃げるか。

 彼らの真後ろに転移した程度なら、高速移動だと誤魔化せる。


「──私のご友人に、何かご用ですか?」


 凛とした透き通る声。

 それは鮮明に私の耳へ届いた。


 聞き覚えのある声だ。


「あぁ? 誰だ……あ、あなたは……!」


 男子二人は急に声を掛けられたことで不機嫌そうに振り向き、酷く狼狽した声をあげる。

 それは彼らだけに限った話ではない。私を心配そうに見ていた周囲の生徒達も、現れた人物を見て驚いたように目を丸くさせていた。


 腰まで伸びた金髪に、どこか威厳のある風格。

 キリッとした少女の瞳は、真っ直ぐに男子生徒を射抜いていた。


「アリア様!」


 その少女の名は、アリア・ルート・シュバルツ。

 このシュバルツ王国の第二王女であられるお人だ。


「どうしてあなた様がこのようなところに……?」

「どうして、とは……おかしなことを聞くのですね。私もこの学園の新入生です。登校するのは当たり前でしょう?」


 やはり入学してくるのはアリア王女だったか。

 年齢を考えれば彼女だろうなとは思っていたけれど、こんなところで出会うのは予想していなかった。


「そこを退いてください。私はそこのお方と待ち合わせをしていたのです」

「アリア王女様がこんな亜人と!?」


 その男子生徒の言葉に、アリア王女はムッと顔を顰めさせた。だがそれも一瞬、私くらいかそれに近い実力者でなければ気づかない一瞬のことだった。


「亜人を愚弄するのは、我が国の英雄様とオードウィン様を愚弄するのと同じ。あなた方を不敬罪で訴えてもよろしいのですよ?」

「……ぐ、ぅ……」


 第二王女の言葉は、重い。


「──チッ、小娘がいきがりやがって」


 とても小さく呟かれた一言は、アリア王女の耳には届いていなかった。

 しかし、間近にいた私にはハッキリと聞こえた。……どうやら、二重不敬罪で訴えてほしいようだ。


「いえいえ、王女様のお知り合いだとは思わず、失礼しました……行くぞ」


 この場での口論は不利だと感じたのか、男子生徒二人は去って行った。


「全く、こんな初日からどうして問題を起こそうとするのでしょうか……彼らの心情がわかりません」


 アリア王女は溜め息を吐きながら、近寄って来た。

 私は彼女に頭を下げ、微笑む。


「お久しぶりです王女様。助けていただき、感謝いたします」

「……やめてください。ミア様に敬語を使われると寒気がします」


 酷い言われようだ。


「どうかいつも通り、前のように話していただけませんか?」

「わかった。でも、本当に助かったわ」

「……いえ、あのままでは二人が殺されると思ったので……」


 私だって無闇に誰かを殺そうとはしない。

 これはアリア王女の冗談だ。


「……ああ、そういえばまだお祝いを言っていなかったわね。入学おめでとうアリア王女」

「ありがとうございます。ミア様も妹様と共に、無事に入学できたようで何よりです……しかし、あまり父上を困らせるのはやめてあげてくださいね? 思わぬ残業で泣きそうになっていましたから」

「自業自得よ。それより、そのミア様ってのやめてくれるかしら? 王女に『様』付けで呼ばれると変に目立ちそうで嫌だわ」

「わかりました……では、親しみを込めて、ミアとお呼びします。なので、ミアも私のことを『アリア』と呼んでいただけますか」

「ええ、もちろんよ、アリア」


 …………待て、今の会話の中でおかしな点があった気がする。


 アリアは今「妹様も共に」と言った。

 確かに私は、妹が入学試験を受けるから私も受けさせろと国王に言った。


 しかし、妹が入学したと伝えたことはない。

 もしかしたら入学式に二人で居るところを見られていたのか? でも、それなら昨日話しかけてくるだろう。それに私達は、お世辞にも似ているとは言われない。私は銀髪で、妹は金髪だ。表情も全く別だし、普通なら姉妹ではなく仲の良い友達だと思うはず……。


「お姉ちゃーーーーん!」


 そう思考を重ねていると、待ち望んでいた声が遠くの方から聞こえた。


 天使のような笑顔。走りながら元気に手を振るその姿からは、可愛い以上の言葉が出てこない。


「はぁ、はぁ……ごめん、待った?」

「待ったわよ。こんなに遅くて心配したんだから、ねっ」

「あだっ……!」


 ミオの額にデコピンを放つと、その衝撃で妹は仰け反った。

 そして両手で額を抑え、涙目で痛かったと訴えてくる。


「心配させた罰よ」

「……ふふっ、姉妹仲が良いのですね」

「もうっ、アリアの足が速いのも歩いんだからね? ちょっと道中迷っちゃったじゃん!」

「先に行ってと言ったのはミオの方です。私が悪く言われる筋合いはありません」

「……あら? 随分と二人は仲が良いのね。どこで知り合ったのかしら?」


 ミオがこの国に来てまだ日が浅い。

 王女であるアリアとどこで知り合ったのだろうか?


「……まだ言ってませんでしたね。ミオと私は同居人になりました。よろしくお願いします、ミアお姉様」

「ああ、そうだったの。まさかアリアが相部屋だったとは驚きだけど、あなたなら安心だわ。……でも、お姉様はやめて。ミオはどこにもあげないわよ」

「これは失礼しました……」

「え、なになに? お姉ちゃんとアリアって知り合いだったの?」


 次はミオが二人のことを聞く番だ。


「私は国王から依頼を受けていたって言ったでしょう? その際に何度か会ってね」

「ミアには何度も遊んでもらいました。お友達以上、恋人未満です」

「……変なことを言わないの。ミオが勘違いするでしょう?」

「私はそれ以上に進んでも構いませんわ」


 そう言って腕を絡ませてくるアリア。


「あ、ずるい!」


 ミオはそれを見て頬を膨らまし、アリアと逆の腕を掴んでくる。


「アリアには負けないんだから!」

「あら、昨夜も言った通り、私も負ける気はありません」


 負ける負けないって……何の勝負をしているのだこの子達は。

 ただ一つ私から言えることは、めちゃくちゃ動きづらい。それに美少女二人に挟まれているせいで、周りからの視線がグサグサと刺さる。


「はいはい。二人とも冗談はそれくらいにして、早く行くわよ。これ以上喋っていたら遅刻しちゃうわ」


 私は二人の拘束から逃れ、校舎へ歩き出した。

 二人はまた腕に絡んでくることはせず、おとなしく私の後ろをついてきた。

 だが、視線を交わす二人の間に、何やらバチバチと火花が散っているように見えるのは……果たして私の気のせいだろうか?


 ……まぁ、喧嘩じゃないのならそれでいいか。

 そう思い、私はこれ以上詮索しなかった。



 アリアは私達と同じクラスだった。

 これもオードウィンの仕業なのかと思ったけど、どうやらアリア自ら志願したらしい。

 本当はアルバートのクラスに入る予定だったらしい。王女様で、それなりの英才教育を受けてきたアリアに、アルバートが目を付けないわけがない。

 しかし、入学式であいつの言葉を聞いて嫌悪感を抱き、オードウィンに頼んで私達と同じクラスに入るようになったのだとか。


 王女がアルバートに嫌悪感を抱いたことが知られれば、奴の評判はガタ落ちだ。

 ざまぁ、としか言いようがない。


「……ここが私達の教室のようね」


 臆せず堂々と扉を開ける。


 教室は扇状の形をしていた。

 先生が講義する教壇から遠くなるほど段差が高くなり、何処からでも見やすい工夫がされている。


 中にはすでにほとんどのクラスメイトが入っており、それぞれ固まって雑談に興じていた。

 だが、私達が登場したことにより、一瞬だけクラスが静まる。

 エルフの姉妹と、王女様が共に行動しているのだ。それは目立つだろう。

 しかし、クラスメイトはすぐに雑談に戻った。私達に対する話題が増えたようだけれど、私はそんなことに興味を持たず、ぐるりと教室を見回した。


「ねぇ、どこに座る?」

「空いている席ならどこでも良いわ。早く座りましょう」


 私達は三人分空いている席に座り、先生を待つことにした。

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