第6話 入学式

 入学式当日。


 学園内には、試験の日以上の人で溢れかえっていた。ざっと見た感じ……五百は居るだろうか?

 試験は数日に分かれて行われている。半分くらいは不合格だと考えても、合格した生徒が一斉に来るのだから、人が湧くのは当たり前だろう。

 それに、新入生の親も参列に来ている。それで数が増しているのも、この数の原因となっている。


 新入生のほとんどが貴族だ。

 入学金に10金貨も必要なのだから、まず平民が居ること事態珍しい。

 それでもこの学園に入った平民は、良い家族に恵まれたと言っていいだろう。


 ……そう考えると、私の両親もよくミオのために金貨を10枚も集めたものだ。

 いや、家族だけではなく、里のエルフ全員が絡んでいるかもしれない。重宝として祀られているエルフの弓を渡すくらいなのだから、その可能性はある。


 だからって嫉妬はしない。むしろ、妹がみんなに愛されていることがわかって誇らしくなる。


「わぁ……凄い人の数だ……」


 ここまで人が集まるのを見たのが初めてらしいミオは、キョロキョロと周囲を見回しながら、珍しそうに呟く。

 エルフは数が少なく、そして皆おとなしい。ここまで数が集まるのは、年に一度の祭典の時くらいか、それでも足りないかもしれない。


「ほら、うろちょろしないの。ちゃんと私の手を握っていなさい」

「あっ……ごめんなさい……」

「ここまで人が居るのは珍しいから気分が上がってしまうのは仕方ないわ。……でも、前も言ったと思うけど、貴族には面倒な奴も居るから気を付けてね」


 特に無駄に装飾の多い貴族は要注意だ。

 そういう奴ほど金にうるさく、そして面倒臭い。心底どうでもいいことに文句を言ってくるし、特に平民を見下してくる。


 ミオはまだ外の世界に慣れていない。

 こんなに人の多いところで逸れたら、きっと危険だ。


 そいつらには絶対に近付くなとミオに言い聞かせ、私は入学式の会場へ向かった。


 入ると『平民の方』という看板があり、平民用の椅子に座った。

 このように貴族と平民を分けているのは、単なる差別ではない。

 貴族に囲まれて座りたい平民なんていないだろう。それなら平民同士で固まって座った方が何倍も良い。そのための配慮だ。別に私は有象無象の視線なんかを気にしないけれど、ミオを貴族の中に座らせたくはない。


 ……いつの間にか親目線になっているけれど、気にしたら負けだと思っている。

 むしろ妹に対する私の愛情が、あの両親以上だと証明するチャンスだ。


 席指定のことを理解していない馬鹿な貴族は、こちらを見てニヤニヤと見下すような視線を向けてくる。もっと馬鹿な奴は指まで向けて来ていた。


 それでもしっかりと座席指定のことを理解している貴族の子供も居る。仲良くするならばこっちだ。


 今のうちに馬鹿共の顔を覚えておく。

 こういう奴らは、時に良い顔をして平民に近寄ってくる場合がある。そして良いように騙し、平民を地に落とすのだ。

 そんなの居ないと思うかもしれない。でも根本的に腐っている奴は平気でやってくるのだ。ミオがそんな馬鹿に狙われないよう、見張っておく必要がある。


 流石に彼らも入学式当日に問題を起こす気はないのか、気味の悪い視線のみを向けてくるだけで何もしなかった。

 ……手を出して来ないのであれば、私も奴らに興味はない。

 だが妹に手を出してきたが最後。必要とあれば始末する。



 そうして何事もなく入学式は始まった。



 どこの学園でも、入学式というのは退屈だ。校長の話を聞いたり、元卒業生の話を聞いたりと、お世辞にも面白いとは言えない。

 私は開始早々眠くなったけれど、まだ始まったばかりだと我慢する。


 この国一番の学園だ。当然、国王ガーランド・シュバリエも来賓として出席している。


 ……そういえば、ガンドの娘も今年で入学するらしい。


 そんなことをデレデレしながら言ってきた覚えがある。その時は「この親馬鹿が」と思い、適当に相槌を打ちながら流していたが、私も人に言えることではない。


 むしろその愛しい者のために自分も入学を決めたのだから、私の方が重症なのだろう。

 だが私は、それでも声を大にして言ってやりたい。


 ──シスコン上等だと。


 ガンドの護衛はラインハルトが務めているようだ。彼もいつもの軽装ではなく、式典用の服をバッチリと着込み、澄まし顔で座っている。

 本当ならあそこに居たのは私なんだろうなぁ……と思うが、その依頼が来ても私は断っていただろう。だって面倒過ぎる。


 ──と、ラインハルトを見ていたら、私の存在に気付かれた。


『あなたのおかげで、こっちは大変ですよ』


 彼の口がそう動いた。

 私が『読唇術』を会得しているのを知っているので、声に出してはいないだろう。


 しかし、これまで私だけに頼ってきた報いだと思い、返事はせずにガン無視を決め込んだ。


 それからは特に紹介する点もなく、式は進んでいく。


 その間、私は来賓の言葉を聞いているのが面倒になり、腕を組んで睡眠を取っていた。

 ミオは真面目なので、全ての言葉をしっかりと聞いているようだ。何度か彼女に起こされたが、三度目くらいからは起こされなくなった。どうやら、仕事続きで疲れていると勘違いしてくれたらしい。


 そんな勘違いを利用して、睡眠時間を稼げた。

 英雄として任務をこなしていた時は、十分に寝ることもままならない時がある。

 そのため、短時間睡眠で疲れを回復させる術を身に付ける必要があった。今は意識しなくても短時間睡眠で満足する体になったため、入学式のこの時間だけで十分回復できた。


 今は必要はないと思うが、寝ている間も警戒心を解いていない。

 『英雄』は色々と面倒な立ち位置にあって、他国が我が国に攻めて来ないための圧力にもなっている。時々私の存在が邪魔だと思われることがあるらしく、定期的に刺客、通称『鼠』が送られて来る。そんな中ぐうたらと寝ていては、例え英雄だろうと簡単に死んでしまう。


 そのためどんな時でも警戒を解かない癖が付いてしまった。


 なので、急にざわめいた生徒達の声で、私は微睡みから目を覚ました。

 何事だろうと思い、壇上に視線を向けて「ああ……」と納得した声を出す。


 生徒達に注目されていたのは、オードウィンだった。

 見慣れているので私は別にどうも思わなかったが、初めてオードウィンを見る生徒からすれば、こうして色めき立つのも納得だ。


 彼は闇を除いた全ての属性を極めた魔術師だ。

 エルフの長寿を活かして常に己を磨き、この大陸で知らない者は居ないほどの有名人だ。今は白髭を生やした老人だけど、それでも美形は残っているので、中々のイケメンだと思う。

 オードウィンに憧れて、この学園に入学する生徒も多いのではないだろうか? そう思うほどの人気ぶりだった。実際、生徒達が彼を見つめる視線は、とても熱いものだった。中には恍惚とした表情を浮かべている生徒も見えて、こんなに人気なのかと驚いた。


 ──あのお爺さんのどこが良いのかしら。


 普段は甘い物が大好きな魔法馬鹿の老人だ。皆が思っているような気品溢れる人ではない。

 しかし、それを口にすることはしない。

 もし不意に口にしようものなら、周囲の生徒からの敵意を十分に集めることができるだろう。流石にそんなミスはしない。


「……相変わらず、凄い人気ね」

「それはそうだよ。エルフの里でも時々話に出るくらいだもん」

「あの人達はそういうのに興味ないと思っていたんだけれど……」


 それでも話題に出るということは、それだけ凄まじい人物ということだ。


「でも、もっと凄いのは英雄様なんでしょう?」

「──っ、ミオは、英雄を知っているの?」


 妹の口から『英雄』の単語が出るとは思わず、私は一瞬体を硬直させた。


「もちろん知っているよ。誰にも負けない強さを持っていて、この国の最高峰。どんな敵だろうと真正面から捩じ伏せる力があるのに、平民や亜人にも優しく接してくれる優しい人。正体は謎に包まれていて、誰も素顔を知らない。それだけで凄い人なんだなって思うよ……」

「…………そんな凄い人ではないと思うわよ」

「そんなことないよ……! 英雄様は私の憧れなの。私もその人みたいに優しくて強い人になりたいと思って、この学校に来たんだもん。……あ、でも、もちろんお姉ちゃんも尊敬しているよ? 本当だからね」

「はいはい、わかったわよ」


 私は口元を手で覆い隠した。


「笑わないでよ……私は本気なんだからね……!」

「ごめんって……ほら、そろそろ静かにしときなさい」

「あ、ごめんなさい……」


 私は、口元を手で覆い隠したままだ。

 そうしなければいけない理由がある。妹に笑みを見られてしまうのは恥ずかしいのだ。


 『英雄』の噂は、王都の街を歩いていてもほぼ耳にしない。それは、私があえて噂が出ないように行動しているからだ。英雄として活動している間は仮面を被っているのも、そういう理由があった。

 有名になり過ぎると、オードウィンのように皆から注目される存在になる。外に出るだけで視線が纏わりつき、動きづらくなる。好きなことも自由にできないのだ。私はそんなことを望んでいない。本音を言えば──ウザい。


 でも、妹が英雄のことを褒めてくれた。

 憧れと言ってくれた。

 それがとても嬉しくて、初めて英雄になって良かったと実感した。


 ──英雄のようになりたい。


 ふふっ、ふへへ……。


「お姉ちゃん……? なんか怖いよ……」


 気分が高揚して入学式どころではなくなった私は、そんな妹に呟きに気づくことはなかった。

 ミオが言ってくれた言葉を脳裏で何回も繰り返し、その度に口元から笑みが溢れる。


 ──後から聞いた話によれば、その時の私は不気味に見えて怖かったらしい。

 笑っていただけだというのに、酷い言われようだ。


 そうしている内に、学園長の話が終わりに近づいていた。


「わしの話はこれくらいにして、次は君達が学ぶ各分野の先生を紹介しようと思う。彼らはどれもその道のプロなのでな、貴重な話を聞かせてくれるのではないかと期待しているぞ?」


 そんな学園長の無茶振りに、気の良い先生達は「勘弁してくれ」と言いたげに肩をすくめていた。

 中にはプライドが高そうに腕を組んでいる雰囲気の悪い奴もいたが、ほとんどが仲良さげに笑っていた。それだけでも理想の職場だと思う。


「まずは皆も世話になるであろう医務室の主にして回復魔法のスペシャリスト、キリエ先生だ」


 その時、生徒のみならず先生も色めきだった。

 キリエという保険医は、凄まじい美貌の持ち主だ。胸はとても大きく、歩くたびに上下に揺れている。……おそらく、色めきだったのはこれが理由だろう。その証拠に、声を出しているのは皆男ばかりで。見事に鼻の下を伸ばしている阿保もいた。

 だが、このキリエという女の腕は認めるところがある。

 前は王城の回復魔法師のトップとして働いており、この学園の保険医に転職すると聞いていた。彼女が保険医として働いている限り、怪我をしたとしても安心していいだろう。


 その後も各分野の先生達が挨拶をしていく。

 入学式の緊張感を上手く和ませるような話術だったり、実際に魔法を見せたりと、それぞれの方法で生徒に関心を持たせていた。変に堅苦しい挨拶より、こうしたバラエティ溢れたものの方が、若者達の好奇心を惹きつけられるというものだ。

 かく言う私も、先生方の自己紹介だけは眠らずに聞いていた。中には為になる話もあったからだ。


 しかし、その雰囲気をぶち壊した者がいる。


「私はアルバート・ヴィオンだ。火を専門としている。私のクラスは力のある者以外必要としない。薄汚い平民や亜人ではなく、誇らしい上級貴族の諸君は、私の元に集まれ。貴族でしか到達できない高みへと連れて行ってやろう」


 真っ赤なローブを羽織った眼鏡の男、アルバートだ。


「なに、あいつ」


 私は嫌悪感を隠さず、そう呟いた。

 あんな典型的な傲慢を具現化したような奴が、何故ここの先生をしているのか。


 オードウィンは何を考えてこんな奴を雇っているのかと思い、教員席を見る。

 すると、学園長を含めた気の良い先生達は、呆れたように溜め息を零していた。


 ……ああ、あれを雇わなければならない理由があるのか。


 奴は火を専門としていると言っていた。思い返せば、火を専門としている先生は少なかった。

 単純な人手不足で、性格に難のある奴を雇わなければならないとは……オードウィンも苦労しているのだろう。


 当然、平民席に座る者達の雰囲気は悪い。

 眉間に皺を寄せ、私と同じく不機嫌を隠していなかった。薄汚いと直接言われては、そうなるのも当然だ。

 ……しかし、奴は本当に大丈夫なのだろうか? 亜人を軽蔑するということは、オードウィンと英雄を侮蔑することと同じだ。私が今この場で正体を明かし、不敬罪を訴えれば、奴は捕縛されることだろう。この場には国王も居るのだ。必ず通る。


 ……まぁ、それだと面倒なことになるのでやらないが。


 流石のミオも、これには困ったように頬を掻いている。


 ──アルバート。

 要注意人物として覚えておこう。


 紹介はそいつで最後だったようで、入学式は不穏な空気を包んだまま終了したのだった。

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