ただ一つの誓いの為に

コウヘイ88号

第1話

高校入学式。桜が舞い散る四月。始まりの日。中学の奴が誰も来ない偏差値が少し高い高校に入学した。受験勉強を頑張ったが入試のテストは案外簡単だった。それでも偏差値が高く、中学の奴らが誰も来ないであろう新天地。

 これからは部活に汗水たらしたり、恋をして彼女が出来るかもしれないという淡い希望を持ちながら俺、岸峰晃弥きしみねあきやはここ、下原(しもはら)高校に入学した。


 だから、俺はとある可能性を考えられなかった。俺が思いつけるという事は、ほかの人間も思いつけるという事だ。


 そして俺は彼女と再会した。最も会うべきではない人物と俺は、同じ高校に入学してしまった。





 眠い。窓からは心地よい風が入り、日差しは暖かい。まさしくこれを感じて眠くないというやつはきっと人間ではないだろう。そんな、心地いい気分を味わいながら机の上でグダー、としていると前の席がガタッ、という音を立てた。


「死んでるか?」


「生きてる」


 俺の生存確認をしてきたのは、自分の席でもないのに俺の前の席に座った男、上本明彦うえもとあきひこだった。


「飯は食べないのか。もう一時過ぎてるぞ」


 嘘だー、と思い黒板の近くにある時計を見て見ると時刻はもう一時を五分ほど過ぎていた。どうやら結構な時間をグダーとしていたらしい。


「そういうお前は飯を食べたのか」


 そう言いながら俺は机の横にかかっているバッグから弁当箱の入った袋を取った。


「あぁ。さっき優菜ゆなと食べた」


 やっぱりか、と思いながら俺は弁当箱を開けた。

 こいつが言っている優菜とは俺と上本とは別のクラスに在籍している同級生、赤城優菜あかぎゆなの事である。


「赤城は今日も部活か?」


 一応聞くが、こいつが来るという事はきっと部活なのだろう。こいつと赤城は簡単に言ってしまえば幼馴染というモノらしく、もうかれこれ十年くらいの付き合いらしい。だからなのか、こいつは赤城の事を優菜というし、赤城もこいつの事をアキ君と言っている。昼飯だって毎日一緒に食べてやがる。

 だが、一番驚くべきことはこいつと赤城が付き合ってないというところだ。マジ傍から見ると、長年付き合ってきた恋人の様に見えるくせに付き合ってないとか、マジ死ねよ、なレベル。


「そうみたい。文化祭が終わると部活の大会があるから頑張っているみたいだ」


 やっぱりか、と思いながら俺は弁当の中に入っている白米を口に運ぶ。


「それにしても、もう文化祭か……」


 毎年この時期十月にある文化祭。他の学校の文化祭がいつにどれくらいの規模であるか分からないが、多分そこまで変わらないだろう。


「岸峰は文化祭で何かやりたいことあるか?」


 何かやりたいことあるか、と聞かれたが特にやりたいことがないので「そういうお前は」と聞いてみた。


「そりゃ色々あるだろう。食べ物系なら、焼きそばや、喫茶店。お化け屋敷は……去年やったからいいとして、ともかく色々やってみたいだろう」


 どんだけこいつはやりたいことがあるんだ。


「黒板やノートに書くのは全部俺なんだから、思いつくもんポンポン言ってくなよ。アレ結構めんどくさいんだから」


「わかってる、わかってる」


 上本は笑いながらそういうが、こいつはあのめんどくささが分かってないから言うのだ。この野郎。


 それに何が一番めんどくさいって、あいつと一緒というのも、めんどくささを加速度的に上げてるしな。あぁ、誰か変わって欲しい。


 だらだらと、上本と話していると気づいたら時刻は授業開始十分前になっていた。俺は未だに残っている弁当の中身を一気に口の中に放り込んだ。


「ごちそうさまでした」


 いつもの様式美をいうと弁当箱をバッグの中に入れて、立ち上がった。


「もうそろそろで授業だぞ」


「トイレ」


 そのままさっさと教室から出て、トイレに向かった。


 あぁ、めんどくせ。





 昼休みが終わり今は授業中。だが、教室には話し声がする。


「はい、文化祭でやりたいことがある人は挙手して言ってね」


 今は文化祭で何をやるかを話し合うLHRロングホームルーム 。教卓には教師ではなく我らがクラスの学級委員長、苑宮悠香そのみやゆうかが立っている。


 そして、俺は机の上でボーっとしているのではなく、〝文化祭 出し物〟と汚くもなく、かといって綺麗でもない普通の字で書かれている黒板の横に立っている。ついでに言うなら、これを黒板に書いたのは俺。

 なぜなら俺、岸峰晃弥は副学級委員長なのだから。


「はーいはーい。お化け屋敷がやりたーい」


 ぼーっと立っていると、一人の女子生徒がお化け屋敷と言ったので俺は黒板に白チョークで〝お化け屋敷〟と書いた。

 すると、女子生徒の発言の後を続いて沢山の挙手が上がり、苑宮がどんどん発言を言わせていった。


「喫茶店やりたい」

「喫茶店やるならメイド喫茶がいい」

「えー、メイド喫茶はヤダ。執事喫茶がいい」

「いや、男装女装喫茶で」

「喫茶店よりもたこ焼き屋やりたい」

「たこ焼きなら、お好み焼き屋もやりたい」

「もんじゃも追加で」

「迷路迷路。迷路やってみたい」

「演劇もやりたい」

「ジェットコースター」


 途中からは挙手もなくなってきて各々言いたいことを言ってきた。俺はともかく挙げられたものを適当に黒板に白チョークで並べた。えーっと、ジェットコースターの次は占いの館か。占いの館って。誰か出来るのかそんな事。てか、上本。お前は言い過ぎ少しは自重しろ。


「結構提案が出たのでこれか多数決で決めたい思いまーす」


 苑宮の言葉で教室内を行きかっていた言葉は止まった。にしても、結構出たな。黒板の左端から右端までずっしりと書かれていやがる。大量大量。


 多数決にしたが三十人しかいないクラスで、二十個を超えるであろう提案を多数決で決めるのは無理があるので一人二票という事になった。


「はい、まずはお化け屋敷やりたい人」


 始まった投票。それぞれバラバラで多い物は多く、少ない物は少ない。俺が票入れたのは迷路とたこ焼きだ。苑宮とは迷路で被った。

 だが、迷路とたこ焼きは票数が少なくて、序盤の中に消されてしまった。しみじみとした思いで迷路とたこ焼きを黒板から消してしまった。これが時代の流れか……。

 

そうして、どんどん絞られていき、ついに二つの異様な纏まりになった。


 まず、東軍は全員男子と言う異様な状態で焼きそば。

 そして、西軍も又全員女子と言う状態で男装女装喫茶。


 両者ともに半分。どちらも一歩も引かずに均衡状態。この状態をただただ呆然と教室の端っこから見ている我らの担任、室渕むろふちに反応ない。屍のようだ。てか、椅子に座って寝てやがる。おいコラ、起きろ教員。


「女装なんてしたくねぇよ」


「それならメイドもしたくなかったし」


「消えたじゃねぇかよメイド」


 そんな言い合いが両軍間を行きかった。付け足して言うとメイド喫茶はついさっきまで残っていた。まぁ、メイド喫茶の票は全部男子だった。まぁ、あいつらただ単に苑宮のメイド姿を見たいだけだろうけど。


 苑宮は学年で一番というほどに有名でモテる。腰のあたりまである茶髪っぽい黒髪。程よく出ている所は出て、出てない所は出てない身体の凹凸おうとつ。そして、美少女と呼ぶべき顔立ち。まさしくモテる要素を兼ね備えているような少女。性格だって周りから見ると活発で元気、優しくて気遣いも出来る。まさしく男が考える美少女。


 なら、それだけの美少女だ。さぞ女子からは嫌われていると思いがちだが、それがない。持ち前のコミュ力で女子からも人気という完璧少女。ソレが苑宮である。ソレが周りからの彼女の評価らしい。


「はいはいそこまで」


 パチパチ、という音と共に教壇に立っている苑宮が言い争いをあやめた。

「私からの案なんだけど、男装女装して焼きそばを売るってのはどうかな」


 どういう店なんだ、と思ったがクラスの奴らは、苑宮の案だしいいか、と納得してソレに決まった。


〝男装女装焼きそば屋〟ってなんかすごいな。





 あの後からは、クラスから二人出す必要のある文化祭実行委員を誰にするかを決めて、その日の授業は終わった。


 俺は放課後の教室で一人ボーっとしていた。


「あれ、岸峰だ。まだ、帰んないの」


 いつの間にか上本が教室の入り口に立っていた。


「いや、少しボーとしていただけ。そういうお前はどうなんだ」


「俺?俺はついさっきまで室渕の所に行って進路調査票を出してた」


 先々週くらいにプリントとして配られた進路調査票。


「お前は出したの進路調査票」


「いや、まだ出してない」


「もう少しで提出期限だそアレ。ともかく帰ろうぜ」


 上本が帰ろうと言ってきたので帰ろうとしたその時に、スマホから一つの音が聞こえた。

 俺は誰から来たのかスマホを見ると少しげんなりした。


「悪い。これから少し用事がある」


 俺はそういうと椅子から立ち上がり、机の横にかけてあるバッグを持った。


「じゃあな」


 一言そういうと、上本も「じゃあな」と言った。俺はそのまま教室から出ようと

すると後ろから「なあ、岸峰」と声をかけられた。


「ん、どうした?」


 上本の声に反応して振り返った。


「その岸峰、実はその……な、……いや、やっぱり何でもない。それじゃあな。また

明日」


「あぁ、じゃあな。また明日」


 そのまま教室を出て、俺は廊下を歩いた。俺の中には上本が途中で止めた言葉の先に奇妙な引っかかりを覚えた。





 教室から廊下を歩いていき、職員室を通り過ぎ、色々な部屋を通り過ぎた先にあるのがこの部屋。最上階にある三階にあり、校舎の端っこにある辺境の部屋。どの部活にも使われていない部屋。本来なら。


「入るぞー」


 俺はコンコン、と二回ノックしてその部屋に入った。

 部屋の中にあるのは、茶色い長机と部屋の隅に寄せられている机。椅子は長机のそばに二つと、これまた隅に置かれている机の上に大量に置かれている椅子たち。あとは電気ケトルが一つあるくらいだ。

 そして、そんな物置きのような部屋にいる一人の少女。俺を呼びだした張本人にして、俺を副学級委員と言う分不相応な大役に入れた張本人。苑宮悠香その人だ。


「あ、来たの」


 苑宮はこちらを向かないまま携帯でゲームをやってやがる。


「あぁ、お前に呼ばれたから来たよ」


 それだけ言うと俺は定位置である椅子に座った。


「チッ、負けた。手伝って」


 苑宮は椅子にもたれるとスマホをプラプラさせながら言ってきた。俺はバッグに入れてあったスマホを取り出した。


「それで何が倒せないんだ」


「イベントボス。手伝って」


「へいへい」


 これが俺と苑宮の放課後。今日みたく呼び出されたり、暇つぶしに来たりと毎日ではないが俺と苑宮はこうして放課後を過ごす。


「それで、今日何かあったのか」


 二人でゲームをやりながら俺はそう尋ねる。


「……はぁー。今日告られた」


「あぁ、そう」


 ため息交じりの声に俺はそんな陳腐な言葉しか出なかった。


「にしても、どこにでもやっぱりバカって居るものね。ここまで何回も何十回も降っているのにまだ告ってくる奴がいるなんて本当バカばっかり」


 苑宮は苛立ち交じりに言う。


「あぁ、そう」


「それにアレよね。人間って本当バカ。クラスの奴らもそう。最初はうわべ面で騒

いで意見が分かれたらすぐに苛立つ。そうして、同性同士で固まる。まさしく獣」


「あぁ、そう」


「人間は進化したって言うけどソレは外面だけ。内面なんてみんな所詮獣。いえ、獣以下の化け物。ソレが人間よ!」


 苑宮は貧乏ゆすりを始めた。


「そうかもな」


 いつもの事だ。教室では絶対見せない苑宮の本心。


「だからっ!」


 バンッ、と机を叩き苑宮は勢いよく立ち上がった。その反動で椅子は後ろに倒れた。


「お、勝った」


 スマホからは勝利を称えるBGMが流れてくる。

その瞬間俺の上に一人の少女が乗っかる。


「………ねぇ。あなたは私の味方だよね」


 俺の上で目を若干潤ませながら訪ねてくる。その姿は教室での苑宮からも、この部屋でさっきまで見せていた苑宮からも想像できない姿。


「さぁ、どうだろうっ……」


 喋っている途中で口が動くのを止められた。俺の口を苑宮の口で封じられた。


「んっ……ん……」


 その音はどちらが放った音かは、分からない。

 ただ一つ言えるのは、これがキスなんていう夢とロマンに満ちたものではない、という事だけだ。だが、接吻なんて言う固い物でもない。ただの口付け。口と口がたまたまくっついてしまったもの。ソレがこれだ。その程度のモノだ。


「んっ……ん……」


 息が苦しくなると口を離し、また口をつける。

 最初の数回は躊躇いや拒絶、驚きなどがあったが、今ではそんなものはない。ただの作業。

 キスからしてみればこれはある種の侮辱だな。ロマンも夢も愛すらないキスなん

て、ただの侮辱行為とたいして変わらない。


「んっ……」


 満足したのか、いつも通りに苑宮は口を離し、俺の上から退いた。


「それじゃ……私は帰るから」


 それだけ言うと苑宮はバッグと携帯を持ち部屋から出ていく。おれは一人残された

「はぁー」


 ため息が出る。そして、口付けが終わるといつも、頭をよぎる過去。俺を封じ、彼女を縛り付けるあの惨劇が。

いや、あんなもの惨劇ではないか。惨劇でも悲劇でもましてや喜劇でもない、ないただの三文芝居。

俺も彼女も背負う業。一生俺たちを縛る罪。


「……安心しろよ、俺はお前の味方だよ」


 そう。その罪を苑宮が自覚し続ける限り俺は苑宮の味方だ。

俺は誰もいない部屋でソレを呟いた。消えて無くなってしまいそうな、そんな声で呟いた。

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