つちの なかに いる

竜野マナ

第1話 乗車時間=睡眠時間

 大学2年生も10か月目。先輩方が就活で追い詰められている姿を、「自分もああなるのかー」とどこか呑気に眺めつつ、今日もノートを鞄に詰め込んで登校中。

 電車の中は暖房が効いていていて、なおかつ走る時の振動が心地いい。ので、お気に入りの睡眠スポットの1つとなっている。登校・下校時にここで一眠りするのが遠方の大学通学に慣れてからの日課だ。

 今日はそんな日課の中でも特に幸運。帰り際の座席争奪戦で、窓際の席を確保できた。窓辺に肘をついて寝るのはこれまた特別だ。後で腕が痛くなるけど、むしろおつりがくるくらいに気持ちいい。


「……おやすみなさい……」


 そんな訳で鞄をしっかり抱きかかえ、夢も見ない深い眠りへと旅立った。




 筈、だった。




 はい、現実逃避終了。……うん、終了。終了ったら終了。

 ガランと自分以外に誰もいない車内を見回す。その窓の外は真っ暗だ。寝過ごしたっ! と大慌てしたのだけれど、誰もいないからこそ見渡せた車内。車両同士を繋いでいる筈の通路の向こうも同じく真っ暗で、隣の車両など見当たらない。

 そして外をよく見れば、何処にも空など見えない完全な土の中。右も左も前も後ろも土。光が入ってこないところを見ると、多分車両の上も土で覆われているんだろう。

 不思議な事に車両の電気はついたまま。自分の服装もそのまま。鞄はしっかり抱きかかえたまま。車両も、人がいない事を除けば乗り込んだときそのまま。

 ただ。

 座っていた座席。その正面に、こんな張り紙がしてあった。



『いらっしゃいませだんじょんますたーさま。とりあえずいりぐちのじょーけんをきめてくださいな。あ、にげられないのであしからず』



 だんじょんますたー。つまりダンジョンマスター。

 異世界召喚系小説テンプレの1つ、現実に考えてもっとも致死率の高い展開が身に降りかかったと理解して、とりあえず、大泣きした。




 逃げられないなら仕方がない。

 ……と腹をくくれるだけの大人ではないので、現実逃避を兼ねて眠ってみた。起きるとそこには変わらない景色と張り紙。もう寝る気分でもなかったので再度大泣き。

 そこまでやって現実逃避すらする元気がなくなって、やっと張り紙と正面から向き合ってみた。


「……何をどうしろと」


 紙の筈のそれに問いかける。するとすうっと文字が消えて、新たな文字が浮かび上がった。


『だんじょんへのしんにゅうじょーけんをきめてくださいな』

「条件……レベル制限とか、持ち物制限とか、そういう?」

『そーゆーことです。いそがないとぼーけんしゃがさくっときます』

「……難易度に上限は」

『ありませんけど、そのぶんぼーけんしゃのけいかいしんはつよくなりますのでごちゅーいです』


 ただの紙でないのだけは確かな張り紙が返した答えに、鞄を抱えたまましばらく考える。

 ぼーけんしゃ、冒険者。つまりやはりダンジョンというのは攻略対象。……あぁまた致死率が上がった。いや、最初からMAXなのか。

 となると、殺して殺して、そして最期には殺されると、そういう展開になる可能性が非常に高い、と。


「………………却下だな」

『けいかいしんをつよくしないなら、しんにゅうじょーけんをむじょーけんにせっていしますか?』

「それはもっと却下」


 殺し? 肉を捌いた事どころか大量の出血すら見た事ないのに? そんなもの却下に決まっている。とりあえず、殺しは無しだ。たとえ殺しに来た相手であっても、絶対に、殺しは無し。

 しかし安全を考えると即死罠という……どうしようか、この矛盾。


「侵入条件の設定項目はどのくらい?」


 手掛かりを求めて張り紙に問いかける。数秒あけて、条件はずらりと並べられた。


『・レベル制限(未満・以下・以上・禁止)

 ・持ち物制限(ランク・レア度・個数・種類)

 ・装備制限(ランク・レア度・種類・限定)

 ・職業制限(熟練度・年数・依頼解決数・信頼度)

 ・スキル制限(個数・種類・属性・レア度)

 ・クラン制限(ランク・同盟・熟練度・信頼度)

 ・称号制限(レア度・知名度・信頼度)

 ・その他(人数・時間・封印・種族・国)』


 うーん、色々ある。


「後で変更する事はできる?」

『おなじだんじょんのせっていをへんこうすることはだいたいできないです』

「……同じダンジョン?」

『だんじょんますたーががんばれば、だんじょんをふくすうもつこともできます』


 ……。

 とりあえず、変更不可というのが分かった。慎重に決めよう。


「ランクとレア度って別物なのか……。封印はもしかして、これこれのアイテムを揃えないといけないとか、特別なカギが必要だとか、そういう?」

『らんくはそざいのつよさのしひょうです。れあどはそざいのすくなさのしひょうです。ふういんはだんじょんますたーのおもってるものと、もんばんをしんじゅうとかにおねがいするぱたーんがあります』


 という事は、低ランク高レア度の壊れやすい希少アイテムや、高ランク低レア度のありふれた強力アイテムがあるって事か。

 ん? ありふれた強力アイテム?


「……自分に効く蘇生方法って、どんなのがある?」

『・黄泉の花  ランク:3 レア度:8

  死を経験した土に生える事がある特別な花。死んだ時川に投げ込めば戻ってこれる。

 ・身代わり人形  ランク:4 レア度:7

  満月の夜に作られた特別な人形。装備者が死んだ時その死を肩代わりする。

 ・生命の樹の葉  ランク:5 レア度:10

  生命の樹の葉っぱ。持ち主が死んだ時その命の灯をもう一度灯す。

 ・巫女の祈り  ランク:2 レア度:9

  最高神の巫女が祈りを込めた護石。装備者が死んだ時、その死を無かったことにする。

 ・還魂の誓い  ランク:5 レア度:7

  生命神へ立てた誓い。制約者に死が訪れた時、新たな命を与えて神殿へと呼び戻す

 ・彼岸通行証  ランク:8 レア度:20

  あの世とこの世を自由に行き来する事の出来る通行証。自在に生と死を行き来できる

 ――――――――――――――』


 これはまた、随分と充実してるな自力蘇生方法……。


『だんじょんますたー、さいしょのぼーけんしゃとうちゃくまで、あといちじかんです』

「よし急ごうか。他人に効く蘇生方法ってどんなのがある? 詳細は無しで」

『・生命神神官専用神術5種

 ・騎士系職業極意2種

 ・剣士系職業奥義1種

 ・戦士系職業極意1種

 ・火属性最上位魔法2種

 ・水属性最上位魔法4種

 ・土属性最上位魔法1種

 ・光属性最上位魔法4種

 ・時属性最上位魔法2種

 ・アイテム『蘇生の秘薬』

 ・アイテム『生命の種』

 ・アイテム『奇跡の証』

 ・アイテム『彼岸通行証』

 ・アイテム『生命の樹の朝露』

 ・アイテム『鼓動結晶』

 ・アイテム――――         』

「ごめん、もういいや。数えきれないのは分かった」


 充実しすぎだろう。うっかり即死罠てんこ盛りでも大丈夫かと思ったじゃないか。いや、最初の自力蘇生方法のレア度から考えて、そうそう手に入る物ではない……筈。


「レア度って、入手難易度的にはどんな感じの分布?」

『1~2:極々ありふれ、手に入らない方が難しい

 3~4:普通に努力すればまず手に入る

 5~6:努力をすればまず手に入るが、運も必要

 7:かなりの幸運か、非常な努力が必要

 8:一定以上の幸運を持つものしか手に入らない

 9:相当な幸運に加え、非常な努力が必要

 10:手に入るだけで凄まじい幸運の持ち主

 11~13:ずば抜けた幸運とそれを手繰り寄せる地力が必要

 14~17:選ばれた極一部の物しか知る事もできない

 18~19:ユニーク品

 20:ユニーク品の中でも特に貴重な物』


 あぁうん、やはり蘇生アイテムは貴重なようだ。特にレア度10を超えた物はいわゆるチート品という奴じゃないだろうか。もしくはバランスブレイカーとか。


『だんじょんますたー、さいしょのぼーけんしゃとうちゃくまで、あとよんじゅっぷんです』


 そんな警告を前に、考える。

 とにかく時間稼ぎがしたい。まだ何も分かってないし納得もしていない。ただし殺しは無しだ。自分が自分でなくなるかもしれないし、発狂なんて目も当てられない。

 となると…………後々の危険は上がるが、この辺りが無難か。ダンジョンを複数持つこともできるみたいだし、最悪はそちらに逃げることも考えられる。……引っ越しが出来れば、だけど。


「ダンジョン侵入条件設定。自力蘇生アイテム1つ保持。他者蘇生アイテム持ち込み禁止。他者蘇生スキル保持者進入禁止。……外とリアルタイムで連絡を取る手段はある?」

『・スキル『双想の絆』 レア度:10

 ・称号【神の友人】 レア度:11

 ・称号【教えたがり・極】 レア度:12

 ・アイテム『通信石【神祝】』 ランク:3 レア度:12』

「外との連絡手段保持者進入禁止。連絡アイテム持ち込み禁止。記録アイテム持ち込み禁止。……持ち込みアイテム数制限20個。持ち込みアイテム種類制限10種類」


 ここで抜けが無いかもう一度頭で確認。


「ダンジョンの情報ってどういうのが表示される?」

『ダンジョン情報:任意』

「特殊ルールって設定できる?」

『しゅるいによりますができます』

「特殊ルール設定、自力蘇生アイテム使用・発動時強制送還。送還場所、ダンジョン入り口前」

『かのうです』

「これをダンジョン情報に表示。後は……強制送還した時って、持ち物はどうなるの?」

『だんじょんますたーのばあいそせいとひきかえなので、あいてむのろすとがはっせいします』

「持ち物のロストってどうなるの?」

『いっていかくりつでしょじひん・そうびひんとわずにうしなわれ、だんじょんますたーのものになります』

「特殊ルール追加設定、食材アイテムロスト確定。装備品ロスト率食材アイテム持ち込み数に応じて減少。再挑戦までのクールタイム1週間。……できる?」

『かのうです』


 ふぅ、と一息ついた。


「あと何分?」

『さいしょのぼーけんしゃとうちゃくまで、あとさんじゅっぷんです』

「しょうがない……侵入条件確認」

『・自力蘇生アイテム1つ所持

 ・持ち込み制限:10種類・20個

 ・持ち込み禁止:他者蘇生アイテム・連絡アイテム・記録アイテム

 ・スキル禁止:他者蘇生系・外部通信系

 ・特殊ルール

  1:自力蘇生アイテム発動時強制送還(ダンジョン入り口前)

  2:食材アイテムロスト確定

  3:装備品ロスト率食材アイテム持ち込み数に応じて減少

  4:再侵入条件・1週間経過


 これでかくていしますか?』

「条件追加、記録スキル保持者進入禁止。進入禁止スキル習得の場合強制送還。自力脱出不可。外部からの召喚不可。外部への召喚不可。……今思ったけど、基本的にダンジョンって破壊不可?」

『がいぶからのはかいとちょうせんしゃによるはかい、およびへんかんはふかのうです』

「……侵入条件確認」

『・自力蘇生アイテム1つ所持

 ・持ち込み制限:10種類・20個

 ・持ち込み禁止:他者蘇生アイテム・連絡アイテム・記録アイテム

 ・スキル禁止:他者蘇生系・外部通信系・記録系

 ・行動制限:自力脱出・外部からの召喚・外部への召喚

 ・特殊ルール

  1:自力蘇生アイテム発動時強制送還(ダンジョン入り口前)

  2:食材アイテムロスト確定

  3:装備品ロスト率食材アイテム持ち込み数に応じて減少

  4:禁止スキル習得時点で強制送還

  5:再侵入条件:1週間経過


 これでかくていしますか?

 さいしょのぼーけんしゃとうちゃくまで、あとにじゅっぷんです』


 即死罠オンリーでも問題ない。自分が挑戦するならやってみる事は思いつく限り制限した。ついでにあればいいなっていう保険もかけたし……。


「……行動制限とスキル・持ち物禁止は、外部からの挑戦者だけに適用で。挑戦者っていうのはダンジョン編集や防衛に関与しない相手って意味で。これは表示せずに」

『へんこうしました。これでかくていしますか?』

「………………、」


 もう一度、自分で自分に最後の確認。本当にこれでいいのか、考え漏れはないか、うっかりしていないか。



「…………条件確定」

『だんじょんへのしんにゅうじょーけんをかくていしました。いごせかいにたいしてこのだんじょんはこていされます』



 張り紙に浮かび上がるひらがな文字。

 異世界で独りぼっちの現実を改めて突き付けられて、再度浮かんだ涙。




「――死んでたまるか」


 それは無理やり、飲み下した。



























名も無きダンジョン

属性:未定・異次元位相

レベル:1

マスターレベル:1

挑戦者:0人

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