報告をします

 町に戻った私達を待っていたのは、エルフの医者とロットさんだった。

 医者の方は相変わらず仏頂面だったけど、ロットさんの表情は明るい。


「……どうやら、無事に終わったようだな」


「うん、森に潜んでいた悪魔は消滅したよ」


 危ない場面はあったけど、直接的な被害はなかったので問題ではない。


 森での出来事は話さなくてもいいだろう。

 この人達には、悪魔を倒したという事実だけを伝えれば、それで十分だ。


「ベタは目を覚ました。だが、長時間の睡眠で疲弊していた。今は、ベッドで安静にさせている」


「正直半信半疑でしたが……ティアさん、リリスさん、息子を助けていただき、ありがとうございます……!」


「私がやりたいからやっただけだよ。お家に入ってもいいかな? 私もベタ君の様子を見ておきたいから」


 私はベタ君の寝室に向かい、入る前にドアをノックする。

 どうぞ、という返事の後、私は一言「失礼するよ」と言って中に入る。


「やぁ、無事に治ったようで安心したよ」


「君が、お父さんの言っていたティアちゃん?」


「そうだよ。ベタ君を治したのが私。それと、後ろのがリリス。感謝してよね?」


「……うん、ありがとう!」


 子供らしい元気な笑顔。

 ちゃんとお礼を言えるし、反省もしているらしい。素直で良い子だ。


 だからこそ、疑問に思うところがある。


「ねぇベタ君。どうして森に行ったの? あそこは、町のみんなが危険だって言っていたでしょう?」


「……寝ていた時に、声が聞こえたんだ」


「声? どんな?」


「男の人の声。『森においで。大丈夫怖くない。両親を守りたいでしょう?』って」


「何その思いっきり怪しい囁き……」


「おそらく、あのゲス野郎の仕業でしょう。知性の欠片も無い囁きですが、子供の好奇心を釣るには十分だったはずですわ」


 実際、こうしてベタ君は森に行き、悪魔の夢に囚われてしまった。

 リリスはあの悪魔のことを馬鹿にしているけど、幻魔なだけあって幻を見せる力は凄まじかった。油断していたとはいえ、神である私を騙したんだからね。


 ……あれ? あの幻魔を凌ぐ幻をリリスは見せることが出来るんだよね?

 これは危険だ。厳重注意しておかないと、知らない間にリリスに惑わされていたという可能性もあり得る。


 リリスが「そんなことしませんよ」と言いたげな視線を向けてきたけど、それで信じるほど私は甘くない。


「もう誰に言われても森に行かないこと。お姉さんとの約束だよ?」


「うんっ! ありがとう。ティアお姉ちゃん! リリスお姉ちゃん!」


「よし、良い子だ」


「ショタも悪くはないで──」


「リリス? 少し黙ろうか」


「申し訳ありません。私はティア様だけで十分ですわ」


 そういう意味で言ったんじゃないんだよ。

 どうしてこいつは「嫉妬しちゃって可愛いんですから♡」みたいな顔をしているんだ。無性に腹が立ってきたぞ。



 ……ともあれ、やるべきことは終わらした。


 ベタに別れの挨拶をして一階に降りると、ロットさん達が待っていた。


「お二方、今回は本当にありがとうございました。お礼は後ほど、ギルドにお渡ししておきます」


「そこまで高い報酬はいらないからね」


 今回の依頼は、そこまで難しいものではなかった。


 なので、沢山の報酬金を渡されてもこっちが困る。

 お金はあるだけ困らないって聞くけど、だからって価値以上のお金は貰いたくない。


「それに聞くところによると、ティアは商業ギルドと専属契約を結んでいるらしいな」


「今日のことなのに情報が早いね」


「先程、商業ギルドの新たな情報が回ってきた。未知の治療薬『ポーション』を生み出した錬金術師ティアと、『クォーツ』の商業ギルドは専属契約を結んだ。とな」


 どうやらジュドーさんは、ちゃんと私との約束を守ってくれているらしい。

 にしても仕事が早い。ありがたいことだ。


 それと、今になって初めてこの町の名前を知った。


 『クォーツ』って言うのか。覚えておこう。


 商業ギルドとの専属契約した時の内容に『ギルドの情報を自由に観覧出来る』というものがあった。それが出来るということは、このエルフ医者も契約しているのだろう。


「今回の件、俺からも礼を言う。正直、俺だけでは悪魔が関係していることすらわからなかった」


「仕方ないよ。今回の悪魔は証拠を隠すのが上手かったからね」


 ロットさんがギルドで話していたことを聞いても、私達は半信半疑だった。それで最初から悪魔の存在を疑っていたから、こうして悪魔の残滓に気が付くことが出来たんだ。


 いくら魔力に精通しているエルフといえど、すぐに気付くのは難しいだろう。


「もう知っているだろうが、俺はこの町で医者をしている。シューメルだ」


「私は錬金術師のティア。丘近くの方で雑貨屋を開いているんだ。治療に必要な物も取り揃えているから、良ければ来てね」


「……ああ。お前のポーションの効果は噂に聞いている。そいつが取り扱う品ならば、信頼しても良いだろう。後ほど協力のお礼も兼ねて、ぜひ行かせてもらおう」


 よし、お客さんお一人ゲットだ。

 そのエルフ、シューメルは良いお客さんになる。完全な勘だけど、なんとなくそんな気がする。


「それじゃあ、私はジュドーさんに報告をしに行ってくるよ。──っと、これをどうぞ」


 ロットさんにポーションの入った瓶を渡す。


「これは……?」


「体力回復を促進するポーション。傷は完全に治っている様子だったから傷治療の効果は外しているけど、これをベタ君に飲ませれば、明日には元気になっているはずだよ」


「そんなポーションが……ありがとうございます!」


「……驚いた。ティアは無から物質を生み出せるのか」


「これが錬金術だよ」


「すでに錬金術は廃れていたと聞いていたが、考えを改めるべきなのだろうな」


「そうした方がいいよ。どうせなら、シューメルも錬金術始めれば?」


「……いや、俺は医者だ。その誘いは遠慮しておこう」


「あ、そう」


 錬金術は魔力の扱いに長けている人ほど良いというのに、残念だ。


「じゃ、私達は行くよ。何かあったらすぐに連絡してね」


 私は家を出て、ギルドに向かった。

 受付に顔を見せるとすぐにジュドーさんを呼んでくれたので、そのまま簡単に説明を終わらせた。


「なるほど。覚めない夢の正体は、悪魔の仕業だったのですね」


「その悪魔はもう倒したから、安心して良いよ」


「ですが、悪魔に実体はないと聞きます。倒しても魔界に戻るだけで、器を得ることが出来れば、再び限界するのでは?」


「心配には及びません。私が悪魔の存在ごと消滅させましたので、二度と復活することは無いでしょう。私のティア様に手を出したのです。消えて当然ですわ」


「なんと……一体どんな技を」


「他人に手の内を明かすほど、私は愚かではありませんわ」


「……そうでしたね。申し訳ありません」


 別に、あの攻撃はリリスの必殺技というわけでは無い。


 この町では『悪魔』だとバレないように隠せ。という私の命令を聞き、悪魔特有の技は秘匿してくれているんだ。もしかしたら悪魔に詳しい人がいるかもしれないからね。


 ちなみにリリスのジョブ『悪魔公デーモンロード』も、他には公言しないように言ってある。


「そのうちロットさんが報酬を渡しに来るらしいけど、あまり高い値段は吹っかけないようにね」


「わかりました。ああ、それと──」


「わかってるよ。三日後にポーション1000個作っとくから、予定通り私の店に受け取りに来てね。お金もその時に受け取るよ」


「はい、お願いします」

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