スローライフの始まりです

「…………おお、ここが空き地かぁ」


 うん、何もないね!

 そりゃそうだ。だって空き地だもん。


「それじゃあ、早速お家を造りますか!」


 構造は木組みで良いかな。


 本当は石造りの方が長持ちするんだろうけど、魔法で強化すれば変わりはない。むしろ私が強化すれば、何百年経っても腐らない木材が出来上がるだろう。


「どんなお家がいいかな。そこまで大きくなくて、でもしっかりとした造りがいいよねぇ。二階建てにしよう。……あ、看板も……名前は何にしようかなぁ。ティアのお店? 道具屋? うーん……あ、これにしよう!」


 よし、大体の構造は決まった。


 魔力を体に流す。

 脳内に描いたままの形と、それに見合う魔力の質量。


 目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませる。

 私の中に渦巻く魔力を、より一層強く感じた。

 それを凝縮し、練り上げ、膨大な力に作り変える。


 地面に手を置き、魔力を注ぎ込む。


「創造神ララティエルの名において命じる。地と森の精霊よ、我が魔を喰らい、万物を作り変え、望みのままに形を成せ」


 大地が脈動した。

 風が吹く。



「──よし」



 目を開ける。


 ジュドーさんから貰った空き地は、もうすでに空き地ではなくなっていた。

 目の前に建つのは、二階建ての木組みの家だ。

 入り口の目立つところには、一つの看板が建てられていた。



『錬金術師ティアの雑貨店』



 私は満足して頷く。

 我ながら良い出来栄えだ。


 これからずっと私が住む場所だから、本気を出した甲斐があった。


 精霊に語りかけて詠唱したのは、いつ以来だったかな。

 二つ前の世界で錬金術を学んでいた時が最後だったかもしれない。

 神である私の魔力が美味しかったのか、予想よりも精霊が頑張ってくれたのが嬉しい誤算だ。そのおかげで十二分に強度が強化されて、ちょっとくらいの爆発ではピクリともしないだろう。


「これが、私のお家……」


 いつもうるさく起こしに来る部下はいない。

 天界にある変なルールもない。


 ──完全な自由!


 ──これぞユートピア!


 ──下界万歳!


 二人のギルドマスターとも契約を結んだ。

 私だけの家も建てた。




 ここから私のスローライフが始まるんだ!




          ◆◇◆




 …………と意気込んでから、一週間が経った。


 その間何をしていたかというと…………特に何もしていない。


 だってスローライフだよ?

 お家でゴロゴロ。それが私の望んだ生活だ。


 ──あ、ちなみに迎えは来ていないです。




「──起きろぉおおおおお!」




「んにゃぁーーーーーー!?!?!!」


 微睡みに逆らうことなく、ベッドの温もりを堪能していると、急に天地がひっくり返った。


 ゴツンッ! と頭から落ちる。

 めちゃくちゃ痛い。おかげで眠気が一瞬で吹き飛んだ。


 私はのろのろと起き上がり、最高のスローライフを邪魔してくれた奴を睨む。


「……何をするのさ、リリス」


 ベッドのシーツを掴み、こちらを睨みながら仁王立ちするのは、桃色の髪をした妖艶な雰囲気を放つ女性だ。


 名前をリリスという。

 彼女はただの人間ではない。私が冥界から召喚した悪魔だ。

 どうして悪魔なんかを召喚したのかと聞かれたら、それはただの『事故』だと私は答える。


 あれは一週間前、家を建てた次の日のことだ。

 私は、とあることに気が付いたんだ。


 ──私は、家事が出来ない。


 朝起きて朝食を作ろうとした時、気が付いたら目の前にダークマターが出来ていた。その時の私は、どうしてゴミがこんなところに転がっているんだろう? と思っていた。


 でも、再び朝食を作ろうとした時、私の前には同じようなダークマターが出来上がっていた。


 いやいや、流石にね。創造神な私が朝食を作れないなんておかしいよね。と三度目の朝食を作ろうとした時、やはり私の前にはダークマターが。


 ダークマターが三つ。しかも皿に乗っかった状態で。

 流石の私も、これが私の作った朝食なんだと理解した。


 朝食は諦めよう。そうだ、掃除をしよう。

 そう思った私は、数分後に絶望することになる。


 ……なんで掃除をする前の方が綺麗なんだ。どうして掃除した後の方が、ゴミ屋敷のようになっているんだ。

 ち、朝食と掃除は諦めよう。そうだ、洗濯をしよう。

 今日は天気がいい。だからベッドのシーツや布団を選択して、庭に干しておこう。


 そう、思ったのに…………洗剤の量を間違えて家中泡だらけになった。洗濯機が限界量を超えて大爆発するのは予想外だった。


 三度も失敗を繰り返した私は、もう無理だと判断した。


 なので、召使いを召喚しようとした。

 昔にどこかで読んだ事のある魔法陣を床に描き、魔力と私の血液を注いで準備は完了した。


 家事が出来てそこそこ強い奴。

 それを思い浮かべながら召喚の詠唱をすると、魔法陣が光りだした。


 そして、魔法陣から出て来たのが、この悪魔リリスだったのだ。


 悪魔には階級が存在する。

 それは人間と同じ貴族階級のようなものだ。

 階級が上がるほど強く、偉い。


 リリスは公爵階級『悪魔公デーモンロード』だ。

 王族階級の次、つまり悪魔の中で二番目に偉い悪魔になる。


 そこまで強いのは望んでいなかったんだけど、来ちゃったものは仕方ない。


 魔法陣から這い出て来た角を見た瞬間、嫌な予感がして押し戻したんだけど、リリスは力づくで這い上がって来やがった。


 上級悪魔は契約とか、それに必要な対価とか無駄に大きいのが面倒だから嫌なんだ。


 そう言ったんだけど────


「公爵階級であるわたくしが、何もしないまま返されたとあれば、プライドに傷が付きますわ!」


 と言われてしまった。

 悪魔ってのも大変なんですねと同情した。


 これでも私は、ガイアに存在する神の中で一番偉い存在だ(忘れていそうなので、定期的に言っていく)


 そんな私──ララティエルが悪魔と契約を結ぶってどうなの? と思うかもしれない。


 でも、悪魔というのは、神話に出てくるような邪悪な存在ではない。

 契約の対価を貰う代わりに、力を与える。それが悪魔という存在だ。


 悪魔が邪悪な存在となってしまったのは、ほぼ人間のせいだ。

 身に相応しくない欲望を望んだせいで、対価を払えず、結果的に命を吸い取られる。


 これは一種の商売でもある。

 払えるお金が無いのに、その商品を欲しがる。

 それなのに強引に商品を欲しがるのだから、人間は欲深いと言われるんだ。

 この世界だって、お金を払えなければ奴隷に落とされるらしい。それが命に変わっただけのことだ。


 『悪魔はビジネス』それが悪魔側の主張なのだとか。


 悪魔も大変なんですね。と二度目の同情をしておいた。


 そんなこんなで私の身の回りのお世話をすることになったリリス。

 対価はどんな物を要求してくるのかと思いきや、なんと私と一緒に居るだけでいいとのこと。


 どうやらリリスは可愛いもの(女性限定)が大好きらしく、私の側に居るだけで栄養が補給されるのだとか。そう言われた時、素直に「変態だ」と言ってしまった。


 彼女は『色欲』と司る悪魔らしく、性的な欲求が強い。


 一緒にお風呂に入ったが最後、体の隅々をエロい手つきで触られる。こっちも不思議と変な気分になってしまうところが、色欲の悪魔の怖いところだ。

 もう二度とリリスとお風呂に入らない、私が入っている時に入らせないと誓った。


 私のガードが堅いのがわかったリリスは、意外と潔く諦めて、時々ボディタッチをすることで欲求を満たしているのだとか。他の方法は、町の男達に部屋に潜り込み、夢でその人の欲望(エッチいこと)を見せて性欲を吸い取っているとも言っていた。


 いや、やってることサキュバスやんけ。


 ……まぁ、直接ヤっている訳ではないらしいので、私がどうたらこうたら言うつもりはない。

 ということで、召使いを召喚しようとしたら、悪魔を召喚してしまった。しかも滅茶苦茶偉い階級の悪魔だった。



 これを『事故』と言わずに何と言う。

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