終章_自由を描くキャンバス
第1話_約束
各地での火山同時噴火が確認された夜。フォードガンド国王陛下に号令を出して頂き、国内は慌ただしく動き始めた。勿論、協力二国も。
そんな中、戦いの主力となる予定の私はまだ、決戦地と海との中間地点にある駐屯地で、待機をしていた。ちなみに私が入っている小さな区画は無人だ。私が好きで占有しているわけではないのだが、まあ、兵士などは常に私に怯えているので仕方が無かった。
「――先生、ただいま戻りました」
「ヴィオランテか。おかえり。どうだった」
静かだった空間に、忙しなく入り込んできたヴィオランテ。深い息を一つ吐いたところを見る限り、少なからず疲労しているらしい。近くの椅子を勧めて、私も並んで座った。
噴火後の登城で、ヴィオランテは早速、陛下からのご指示でコンティ家の駐屯地へと伝令に出ていたのだ。勿論、一人ではなく、国の兵士ら数名も一緒に。
「駐屯地に居るコンティ家の第一隊は、伝令後そのまま、決戦地へと移動を開始しました」
決戦地から程近い場所に待機をしてくれていたのは本当に幸いだった。あまりに急な開戦に、何処も対応が追い付いていない。フォードガンド国軍ですら、準備が万全であるとは言い切れない状態だ。
「ただ、シンディ=ウェルからは試作品しかまだ届いておらず、最悪の場合はそれで戦場に出ることになるということでした。矢の数も、心許ないみたいです」
「……そうか。いや、無いよりはましだな」
試作品だけでも間に合ってくれたのを、むしろ流石だと称えるべきだろう。神を相手に戦う上では、望みを挙げればきりがない。だが、最悪の状況は免れている。カムエルトの術者らも、既に全ての道具を持って国内に到着しているのだ。それが間に合っていなければ本当に絶望だった。
「それから」
続けて何かを報告しようとしているヴィオランテが、一度そこで言葉を切った。ゆっくりと深呼吸をして、彼女がいつの間にか足元へと落としていた視線を私に向ける時には、どうしてか微かに笑った。
「私は、『神』を決戦地に引き入れる第一部隊に配置されることになりました」
「何だと?」
引き入れる部隊とは、つまり陽動役だ。常に神の進行方向を走り、時には攻撃を仕掛けることで神の注意を引き、決戦地まで神から『追われる』役となっている。第二、第三部隊はその補佐で、第四から第十二部隊までが、周囲から神を攻撃し、経路がずれた場合に左右から調整する予定だ。
つまり第一部隊が、決戦地に至るまでは最も危険であると考えられており、熟練の騎兵が担当するはずだった。国王陛下に号令を頂戴する為に登城した際、そんな部隊にヴィオランテを入れることなど一言も告げられていなかったはずなのに。驚愕している私に、ヴィオランテは少し、申し訳なさそうにしていた。
「危険な部隊だからこそ、私の五感があれば、異変にもいち早く気付けるのではないかというお話でした。伝令役には、神を決戦地に引き入れた後、余裕があれば回る話になっています」
コンティ家から、ヴィオランテの五感に関することを聞いたのだろうか。確かに、そういう危険の察知役としてヴィオランテは適任かもしれない。私にすら感じ取れない異変を、彼女は今までにも何度か感じ取っている。
「……危険な役だぞ」
「分かっています。でもこれは、全人類と、『神』との戦いです」
私を真っ直ぐに見つめてくるルビー色の瞳は、いつもの輝きを湛えていた。そこにあるのは恐怖や戸惑いではなく、一人の戦士としての覚悟だった。
「必要な役割があるなら、立場がどうと言っている場合ではありません」
言われずとも分かっている。
これが『戦争』だ。
しかも人と人が利益を奪い合うようなものではなく、全人類が、未来を得るかどうかの戦いだ。万に一つも有利になる武器があれば、全てを使わなければならない。それが尊い未来の為政者の危険に繋がってしまうとしても、躊躇してはいけないのだ。私などより余程、国王陛下はそれを知っていて、それを決断できる。
「そうだな。……悪かった。だが、要らぬ無茶はするなよ」
「はい」
何処か緊張の糸を解いたように、ヴィオランテが笑う。自らが危険な部隊に配置されることより、心配した私の顔を見る方が彼女にとっては怖かったのだろうか。本当に悪いことをした。緩く、その背を撫でた。
海からは、異様な音ばかりが響いていてまだ『神』の姿が確認されていない。
何処から現れるのかが分からず、海の探索部隊はまだ調査を続けている。今、危険なのはその部隊だろう。姿を確認しても下手に近付かぬようにと国王陛下も指示しているそうだが、まだまだ『神』については未知数だ。どの程度の距離が安全であるのかなど、誰にも分からない。
動きがあったのは、夜明け頃。
短い休息を取っていた私達の元へ、伝令が走ってきた。
「海上に、姿を現しました。海底から地面がせり上がり、本体を押し上げたようです。既に二隻の船が沈みました」
おそらくは海底火山などを操っているのだろう。最初に姿が見えた際には蹲るような体勢だったそれは、海上に出てしばらくすると身体を起こし、接近していた船を攻撃したと言う。そのまま、退避が間に合わなかったもう一隻も容易く沈められた。
「奴の足元には陸へと繋がるように大地が作られており、現在は、人が歩くような速度で移動しております」
そこまでを説明すると、伝令役は別の場所にも同じ報告をすべく離れて行った。
「移動速度がそのままなら、こちらの準備も間に合うかもしれませんね」
「ああ、コンティ家の本隊や、他の軍隊も合流してくれるかもしれない」
話しながら、私達はそれぞれ身支度を整える。伝令にも出ていた為にヴィオランテの休息は短かったように思うが、問えば体調に問題は無いと答えた。普段ならば心配するほどではないのだろう。しかしこの戦いは今までに無い緊張感と重責がある。彼女がそれに飲まれてしまわぬようにと祈りながら、真っ直ぐに向き合った。
「ヴィオランテ、ここからは別行動になる」
「はい」
私は今から決戦地へと移動する。ヴィオランテは、国王陛下からご指示があった通り、神を誘導する第一部隊に合流する。つまり、私とは逆方向、海側へと向かう。
師として、危険に赴く教え子に、掛けるべき言葉は多くあるような気がした。
だが言葉を選ぶよりも早く、ヴィオランテが、何だか楽しそうに笑う。
「先生、上手くやれたら、ご褒美ありますか?」
思わず肩の力が抜けて笑ってしまった。お前は、こんな時にも何にも変わらないんだな。いつもより少し重装備であるヴィオランテの肩当てを引き、二歩分ほどあった互いの距離を半歩に満たないくらいに強引に縮めた。出会った頃に比べて、背が伸びたな。本当に。
「アデル様とご両親には、内密に」
耳元に小さくそう囁いてから、彼女の唇の端に、触れるだけの口付けを落とした。
「残りは成功報酬だ。生き残れよ、ヴィオランテ」
「――はい! 行ってきます!」
首筋や耳まで真っ赤にしながらも、目をきらきらさせて嬉しそうに答える様子に、やはり笑ってしまう。そして誰よりも元気に、ヴィオランテは馬に跨って駐屯地を離れて行った。
「十二も年上の女から貰ったキスがそんなに嬉しいのかしらね、まあいいわ」
苦笑と共に、一人呟く。
次に顔を上げた時には、もうヴィオランテの背は遠く、小さくなっていた。微かに残る太陽の匂いは確かに私の心に希望を見せるのに、朝焼けに染まる赤い空は、まるで不吉を知らせてくるようで。恐怖から目を逸らして、私も急ぎ、馬に乗った。
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