第4話 ミャン吉
さて、二十分程砂浜で昼寝をしていた私たちはフォーアシュタットの街へ戻る。
橋を渡る人は変わらず多く、むしろ昼時でリヒト島のレストランにでも行くのか通行人は多いように思えた。
フォーアシュタットに戻った私たちはそのままこの街も観光することにする。
まずは湖沿いの道を散策する。湖沿いのお店はレストランが多く、店先のテラス席で食事をしている人が多くみられる。また湖を回遊する船乗り場もあった。湖から眺めるリヒト島も風情があるだろう。せっかくなので乗ってみた。
「おお、これはこれで良いですね」
「すご」
「こんなでかく感じるなんてな」
「荘厳ですね」
やはり湖の上から眺めるリヒト島、特にそこの城はフォーアシュタットから見るよりも全く違ったように目に映る。また街や島内からでは見えなかったリヒト島の裏側はこれまたぎっしりと建築物で埋められていた。しかし全部が全部石造りの建築物ではなく景観も考えたのか所々に木々が見える。
そしてあっという間にリヒト島を一周し元の船乗り場へと戻ってくる。料金を人数分払い、再び歩き出していく。
それから湖沿いの道を外れ入り組んだ路地裏を歩く。人が多く通るような整えられた道もいいが私は住民の日常などが見られる路地裏も好きである。
道幅は一メートルと五十センチほどしかない狭い道だが、それがいいのだ。
ここを子供が追いかけっこで遊んで――
「おや」
「あ?」
――子供ではなく悪人顔をした男が酒瓶を手に座り込んでいた。私がそれに気付くと同時に相手も私に気付いたようでわざわざ立ち上がりただでさえ狭い道を防ぐ。
「残念だが〜、ここぁ通行止めだぁ。別の道を通りなぁ」
男は明らかに酔っており私たちに絡んでくる。
「どいてください?」
「だから〜、ここは通行止めなんだよ〜っ」
「はぁ。では普通に通らせていただきますので」
私はそう言うと男は怪訝そうな顔をする。だが私はそれに気にせず男を飛び越える。続いて後ろの三人も男を飛び越える。一般人からすれば普通じゃないジャンプだが私たちにとってはただの軽いジャンプであった。
「酔うのも程々にしてください、それでは」
私たちは先を進む。
だが、男が声を上げる。
「おいおいおい! 俺ぁ通行止めだって言っただろうが!」
「リョウ」
「はい」
「俺の話、聞いてん――うぐぇっ」
最後尾にいたリョウは男に後ろ回し蹴りを決める。男はそのまま後ろに倒れ込み白目を向く。
「それでは行きましょうか」
私たちはまだまだ散策を続ける。
「おぉここは……」
路地裏を散策していた私たちは廃れた噴水のある小さな広場に出た。
中心の噴水にはツタが巻きつかれ苔が生えている。水もチョロチョロとしか流れておらず使われなくなってかなりの時間が経っているのだろう。
近くの住居は廃墟なのかやけに静かだ。
「ここ、いいですね」
「地元民も知らなさそうな穴場だよ」
私はこのような場所を求めていた。
私たちは休憩ついでに壊れていないベンチに座る。
すると、どこからか猫がやって来た。
にゃーにゃー
にゃー
にゃー
それも一匹ではなく二匹、三匹とおり、ついには十二匹の猫が集まった。白色の猫に黒色の猫、茶色の猫など様々な色、種類の猫だ。
集まってきた猫たちは私たちを興味深そうに見た後、噴水に近寄り水を飲む。
「ここ、猫の水飲み場になってたんですね」
噴水を囲むようにして水を猫たち。その噴水は人間が既に使わなくなったもの。人間からは忘れ去られた場所でも、猫にとっては大事な場所。
私はそれに感動した。
「私たちがいると邪魔でしょうし、そろそろ行きましょうか」
「そうだね。いいもの見れたし」
ベンチから立ちまた別の路地裏を散策しようと足を踏み出した、その瞬間。猫が喋った。
「おう、ちょいと待ちな、迷える人間たち」
「「「「は?」」」」
気がつけばいつの間にか噴水の頂上に一匹の猫が座っていた。他の猫とは違う風貌で、服と帽子を被り葉巻を咥えている。しかも尻尾は二つに分かれておりゆらゆらと揺れている。猫又というものだろうか。
私たちは足を止めその猫又と向き合う。
「ここで人間を見たのは久しぶりだなぁ。どうやって来た?」
「普通に路地裏を探索してましたけど」
「まさか観光かぁ?」
「はい」
「かっかっかっ、観光で路地裏を探索する変わった人間がいるとはなぁ」
まあ確かにわざわざ観光に来て路地裏を探索する物好きはそうそういないだろう。
「まあせっかくだ。少し話していかないか」
私たちは再びベンチに座りこの猫と話をする。
「おおっと自己紹介が遅れたな。俺ぁ、ここの主、猫又のミャン吉だ」
((((ミャン吉……))))
「笑うなよ? 俺が主人から貰った名だ」
「主人、ですか?」
「ああ。俺がまだ猫又になるずっと昔の話さ」
ミャン吉はそう言って主人との出会いを話す。
今からおよそ七十年前、ミャン吉はこの街で生まれた野良猫だったという。まだまだ生まれて数ヶ月も経たない子猫で毎日を必死に生きていたと言う。その頃はまだ猫を飼うという習慣は平民には根付いておらず金持ちだけが猫を飼っていたそうだ。何せ平民は自分たちが生きるのに必死でわざわざ猫の世話もできないからだ。
そして数年が経ち親猫と別れ一人で生きていた時、一人の男と出会ったという。その男は吟遊詩人で弦楽器を片手に街々を巡り歌を歌っており、一ヶ月ほどこの街に滞在し次の街に行くそうだ。ミャン吉は男の歌う歌を気に入っており路上で歌っていれば毎回聞きに行ったという。男も毎回聞きに来てくれる猫を覚え、誰かのためにではなくミャン吉のために歌うこともしばしばだったという。
そして次第にその仲は深まり男はミャン吉にその名前をつけたという。
「今でも覚えてるぜぇ。あの男の歌う歌は最高だった」
それからミャン吉も男と一緒に歌って、『猫と吟遊詩人』とこの街で有名になり客を集めた。
そんな猫と男にとっての人生の絶頂期に悲劇は起きた。
盗賊団がこの街を襲ったのだ。三桁にのぼる多くの盗賊で組織された最悪の盗賊団は街の兵士を殺し市民を殺し始めた。吟遊詩人は路地裏に逃げ込み盗賊の手から届かないように隠れた。ミャン吉ももちろん一緒に側にいた。
しかし運悪く盗賊に見つかり吟遊詩人の男は殺されたという。それもミャン吉を守るようにしてうつ伏せに。
「で、殺された場所がちょうどそこだ」
ミャン吉はとある場所を指す。そこには花が一輪添えられていた。ミャン吉が添えたものだろう。
「俺はなぁ、あの男との毎日が楽しかった。一緒に歌って、お金を数えて、「今日は少なかったなぁ」なんて笑い合う毎日が好きだった。だから、俺は男を殺した盗賊を噛み殺した」
静かな殺気がミャン吉から漏れる。
「無我夢中だった。気がつけば盗賊は血だらけで死んでいた。その時に俺は猫又になった。猫又ってのはなぁ、魔力を持っている猫のことだ。俺は男を殺していた時、間違えて魔石を食ったんだろうな」
ミャン吉は過去の記憶を一つ一つ整理するようにゆっくりと話す。フゥと葉巻の煙を吐く。
「それから俺は盗賊への復讐を始めた。男を殺したこともそうだが、市民を殺されたことでも俺は怒っていたんだ。男と歌っていると微笑ましそうに聞いて、餌をくれたあいつらも好きだったんだ」
ミャン吉は路地裏から出て次々と盗賊を噛み殺して行った。
「市民らは俺を化け物を見るような目で見てたなぁ。だが俺が盗賊だけを殺していっていることは確かだったからか何も言わなかったがな。もう俺は戻れないだろうなって思った。だがそれでもよかった。嫌われても男と、市民の復讐のためなら構わなかった」
ミャン吉はまた煙を吐き、空気中を漂う煙を見る。そして煙は霧散されて消える。
「で、盗賊を殺し尽くした俺は、男が殺された路地裏でずっといるって訳だ」
ミャン吉の話が終わる。しばらく静寂が訪れる。
「同情はいらん。同情されたことで何にもならんからな」
「わかりました」
私は魔法鞄から一輪の花を取り出し、男が殺された場所へ添える。
「嬢ちゃん……」
「私たちはそろそろ行きますね」
私たちはベンチを立ち元来た道を戻る。
「嬢ちゃんらの名は……」
「私はシオン・ヴァーゲルです」
「リコ・シルフィーです」
「ユー・ヴァイスだ」
「リョウ・アールヴです」
「ありがとな。お前たちの名前は忘れないでおこう」
「さようなら」
私たちは再び散策を続ける。
◇◇◇
「っていうことがありましたよ」
私たちは散策を終え、支部長に今日あったことを話していた。
「へぇ、そりゃ『ストラスの猫』だね」
「ストラスの猫?」
「ああ、この街に昔から伝わっている話でね、吟遊詩人ストラスの猫が猫又となって盗賊からこの街を救ったという話さ」
ミャン吉は市民に嫌われたと言っていたがそんなことはなかった。むしろ尊敬されて七十年経った今もなお伝えられている。
「君たちのようなことは数年に一度あってね。猫の世界に行って、猫又と会った、っていうのがね」
「猫の世界ですか?」
「ああ、あそこ一帯、本来なら人が近づかないようになっているんだ。だけど猫は行ける。だから猫の世界って言われてるんだ。それでもたまに猫の世界に迷い込む人がいるんだけどね。だから迷い込んだ人には幸せが訪れるとか、悪いものから守られるとか言われてるんだ」
そんな逸話があるとは。
幸せになれるなら兄さんと会いたいです。
それから私たちは支部長と少し雑談を交わし、宿に行く。
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