第5話 最奥

 竜の一件から二週間。

 被害のあった広場はすでに元どおり。前と変わらぬ活気を取り戻していた。

 ちなみに私はカイザークの素材を換金したお金と、この竜の換金額の半分をもらった。もはや貴族並みの資金を持っている。


 そして私も迷宮の攻略を着々と進めていた。

 今現在、冒険者パーティーで最高到達階層を大幅に更新して三百階層。

 そしてさくっと三百階層のボス、オルテンという巨大ゴーレムを破壊し次に進む。


 深く潜るに連れ魔物やボスも強くなる。

 ここを通ったのはかつての勇者パーティーのみ。彼らもいちいち魔物を記録していないのか、初めてみる魔物も多く解体屋を通らずそのままオークションに出て高値で取引されることが多くなった。必然わたしには大金が舞い込むわけで、私の元にはすでに数十年は暮らしていける大金が集まった。

 なのでダンジョン攻略をやめて兄さんを探しに行きたい。しかし私はどこまでいけるのかという探究心が生まれた。


 よってもう少しここに滞在するとしよう。


 三百五十階層、攻略。


 四百階層、上級ボスを倒して攻略。


 四百五十階層、攻略。


 五百階層、攻略。


 そしてかつての勇者が到達した、五百十二階層を過ぎて全くの未知へと向かう。

 『ソロでダンジョン五百階層を攻略』は瞬く間に世界へと広がり歴史的快挙を成した。多くの人々が私を褒め称える。

 これによって冒険者ランクは“Sランク”へ。


 私も階層を攻略するたびに強くなっていく。

 強敵が現れても私は止まらない。


 そして六百六十六階層。

 そこは今までのどの階層のボス部屋とも大きく違い、巨大で豪華な扉が身を構えここがダンジョンの最奥だと感じさせる。

 私のレベルはすでに八十を超えている。おそらく世界最強格となり私の敵はもういないと思っていたが、入る前から冷や汗をかく。

 それほどのプレッシャーが扉越しに伝わる。


 深呼吸をし息を整え、一度落ち着く。

 そして扉と向かい合い、強く開け放つ。


 そこはまるで地中ではないような地平線まで続く空間が広がっていた。おそらく別次元なのかもしれない。


 そしてその空間には、私の正面に浮いた状態でドンとあぐらをかき、いずれここに来るものを待ち構えていた一人の男がいた。

 男はまさに筋肉の盾で覆っており筋肉の塊が見て取れる。三メートルはあろう巨大な体躯が私を威圧する。


「待ちわびたぞ挑戦者よ」


 男はゆっくりと閉じていた瞳を開き、言葉を発する。


「我は神の使徒ルイン。神の命を受け邪神を討つ者が現れるのをここで待っていた。しかしここまで辿り着くものは現れず、はや一万。汝は我を超えられるか?」


 男は鋭い瞳で私を見据える。


「私は邪神などどうでもいいです。兄さんがいれば……」

「……汝が兄を見つけたとしてもいずれは邪神は復活し世界は滅びる。汝はそれでもよいか?」


 男は私の心を読んでいるようだ。


「私は……」


 私は兄さんさえいれば、世界が、人がどうなろうと知ったことじゃない。私と兄さんの邪魔をするなら誰であろうと滅ぼすかもしれない。だが……


「友と呼べる仲間ができ守りたい人たちができた、か?」

「っ!?」


 私の心のうちを読まれて驚く。

 確かにこの世界にきて多くの人と関わり、ずいぶん楽しんだ。そして楽しむうちにそんな日常が好きになった。


「それなら迷う必要もあるまい。汝は我を超えて兄と仲間と過ごしついでに邪神を討つ。それでよいではないか」

「それなら…………私はあなたを超えますよ」

「うむ、それでよい」


 私は高速で奴に近づき抜刀する。

 男はそれを視認もせず指で掴む。


「中々速い。だが、まだ足りん」


 私は脚に身体強化をかけ、更に雷魔法で身体に電気を流し反応を速くする。

 そして残像が残るほど速く動き男を斬りつける。

 しかし男はそれすらも視認せずに最小限の動きで躱す。


 一度力をため勢いよく横に薙ぐ。

 だが男はあぐらをかいたまま私の後ろに移動する。


「転移、ですかっ」

「正解だ。我は時空を操る。この空間も我が創り出した空間。その中ではなす術もなし」


 今度は男からの攻撃が私を襲う。直接空間を操作して攻撃しているようだ。

 空間そのものが爆破したり、見えない何かが私を襲う。

 私はそれを間一髪のところで避ける、が完璧には避けきれず髪を切ったり体に傷を負う。

 私は大きく後ろに飛び男の攻撃を避ける。男はすぐにでも追えるだろうが追ってはこなかった。

 傷口からポタポタと血が垂れる。


「最近の人間は弱体化しすぎている。今の我を超えられぬようなら邪神に滅ぼされる運命ぞ」


 私は十分強くなったと思っていたが全く違った。

 今の私ではこの男を超えられない。


 では負けるか?


 否。今の私に超えられないなら今の私を超えればいい。

 戦いの最中に強くなればいい。


 私は限界まで集中し男の攻撃を見切りながら剣を振るう。

 先ほどよりも速く鋭く、剣を振るう。


 しかし私の剣は男に擦りもしない。


 速くっ、速くっ、速くっ……


 世界が色あせる。

 突如として私の視界から世界の色が消え時がゆっくりと進む。

 男の攻撃か?


 そう思い男をみるも何かをした様子はなく、私に驚いているようだった。

 それなら私が今、この瞬間に新しいスキルを得たか。

 ちょうどいい。


 私は色あせた世界でさらに剣を振るう。


 そしてついに男の肌に傷をつける。

 だが、たかがかすり傷では慢心しない。まだ足りないのだ。

 もっと速く、もっと鋭く、もっと深く。


 だが次第に世界に色が戻り、私は息切れを起こす。

 目から血も垂れる。


「さすがだ、この瞬間に自分を超えるとは。先程より速くなった。だが、あともう一歩だ」

「分かって、ますっ!」

「ほぅ」


 私は高速で奴の喉を突こうと動く。

 しかし男が手を出し剣は男の手に突き刺さり、寸前のところで勢いが止まる。


「『雷電爆花ライトニングバーン』!」


 私は即座に雷魔法を放つ。

 高威力の雷が爆発しながら剣先から飛び出して男を襲う。

 同時に私は男の手から剣を引き抜き距離を取る。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、どうですか、少しは効きましたか」


 私は肩で息をし呼吸を整えながら、男に問う。

 大して効いてはいないだろう。


「ああ、中々良い攻撃だ」

「ッッ…………やはりですか」


 やはり効いてはいないようだった。

 普通の人間にやれば少なくとも上半身は消滅するのだが、さすがは神の使徒といったところか。


「攻撃もいいが防御を疎かにするなよ?」

「ッッ!?」

ドンっ


 気がつけば男は私の眼前に現れ、拳を突き出すところだった。

 私は咄嗟に腕をクロスさせ後ろに飛んで衝撃を緩和しようとするも、大した効果はなく地面と水平に吹き飛ぶ。

 数十メートル飛んだところでようやく地面に着地し、さらに吹き飛ぶ。


 百メートルほど進んだところでようやく止まり立ち上がる。

 腕はジンジンと痺れる。なんとか骨は折れていないようだった。


 男を見ると腕に違和感を感じていたようだ。

 それもそのはず。吹き飛ばされる直前、私は男の腕に雷魔法で電流を流したのだ。ちょっとの電流では意味がないためかなり強めの電流をだ。飛ばされるときのドンという音もそのせいだ。


 しかし男は少しこそばゆいていどにしか感じていないようだ。だがこれでいい。


 私は再び体制を立て直し奴に猛攻を加えていく。



 どれぐらいそうしていただろうか。

 十分? 一時間?

 とにかく長い間奴に攻撃をしていただろう。


「その諦めぬ心意気は良し。しかしどれだけ足掻こうとまだ我には届かない」


 そう私はまだ奴にかすり傷ぐらいしか与えられてなかった。

 一方私は全身傷だらけ。今にも倒れてしまいそうだ。

 だが布石は準備できた。


「でももう私が勝ちますよ」

「? …………っ、これはっ!?」


 私は魔法陣に魔力を流す。

 今まで奴に攻撃を加えていた際に奴の体に隠蔽して付けていた魔法陣の数々。

 それらが一同に起動する。


 さらには地面にも無数に描かれた小さな魔法陣が、大きな一つの魔法陣を形作る。


 そして私は二十メートルほどの魔法陣を描く。


 これによって奴の体に描かれた魔法陣と、地面に現れた大きな魔法陣、私の描いた魔法陣の三つが接続し、一つの魔法となる。


 これを仕掛けるのは骨が折れた。

 流す魔力の量を少しでも間違えれば全てが水の泡。

 そして奴に見つかっても水の泡。

 私の体力や魔力が切れても水の泡。

 緻密な計算と技術の末にできたものだ。


「この魔法は超級魔法すら凌ぐ、神話級魔法。さすがにこれをくらえばあなたでもただでは済まないでしょう?」

「…………この魔法を使えるものがいるとは……見事だ」


 そして私は魔法の名前を言い、魔法を発動する。


「神話級魔法『森羅万象灰塵回帰』」

「くっ」


 神の光が時空を白く染め上げる。

 星すらも破壊しうる衝撃が時空をかける。

 それだけで生物を殺せるような爆音が時空をかける。


 もし地上で使えば世界が滅びるような魔法が奴によって作られた時空を破壊する。


 バリンと大きな音を立てて時空が崩壊し、五十メートル四方の空間が現れる。おそらくここが最後のボス部屋なのだろう。

 しかし魔法の余波でそのボス部屋すらも破壊し半径百メートルほどの球体の空間ができる。


 余波は収まらず衝撃で大地すらも揺らす。


 数十分程してようやく、衝撃が完全に収まる。

 後に残ったのは球体の空間と虫の息の男。


「あれを受けてまだ無事なんですか」

「げふっ、これを見て、無事と言えるか?」

「死ななければかすり傷です」

「ははっ…………さて、汝は我を超えた。それほど強ければ邪神にも抵抗できるだろう。期待しているぞ人の子よ。我は力を失い天界に帰る。まあ一応ダンジョンは残しておこう」


 男曰く、このダンジョンは男が造った神への試練のためのダンジョンらしい。

 男は最奥にてダンジョンの管理をしていた。魔物の発生や討伐報酬、ちょっとしたバグの修正などだ。


 最奥でしか管理できないと言えば違うそうだ。天界から今まで通りダンジョンは運営されるらしい。


「汝にダンジョン完全攻略報酬だ」


 男はそう言って私に手を翳す。

 すると男の手から光が溢れ出し私に纏わり付く。


「我の、時空の神の使徒の加護だ。汝ほどの実力者ならば時空魔法を十分に扱えるであろう」


 少しばかり力が滾る感覚がする。

 なるほど、これが「ふっふっふ、力が滾るぜ」という状態か。

 時空魔法の使い方も頭に流れてくる。


「もし邪神が攻めてきたらどうか滅ぼしてほしい。では頼んだぞ」


 男は私に全てを託して、光の粒となり天へと昇った。

 直後、球体の空間となったボス部屋の中央に転移陣が現れる。

 私は転移陣に乗り地上へ帰還する。


 ◇◇◇


 地上は大混乱だった。

 ダンジョンの管理人たちが右往左往している。しかもギルド職員まで駆けつけていた。


「あ、シオン様!」


 リコが私を見つけたのか私の名を呼び駆けつけてくる。

 主人の帰りを待っていた犬のようだ。

 リコの声によってその場にいたすべての人が振り返る。


「シオン様、ダンジョン大丈夫でしたか?」

「大丈夫、とは?」

「ついさっき、地震みたいに大きく揺れたと思ったらダンジョンが光り出して、光の柱が空に消えていったんですけど」


 どうやら私の戦闘の余波が伝わっていたらしい。


 私は三人衆や三羽、ダンジョン管理人、ギルド職員にことの顛末を話す。

 ダンジョンの最奥で神の使徒と戦っていたこと。

 神話級魔法を使って大地が揺れたこと。

 無事ダンジョンを完全攻略したこと。


「以上です」

「「「「……………………」」」」


 信じられないと言った顔でその場にいたすべての人が私を見つめる。


「え、シオン様、ダンジョン攻略したの?」

「ええ、しましたよ」


 再び沈黙が流れる。

 そして――


「号外だー! 号外を出せー!」

「早馬を、早馬を出せ! 歴史が変わったぞ!」


 新聞記者であろう人たちがいち早くこの街に、全世界にこの情報を伝えようと走り出す。

 それほどのことを私は成し遂げたのだ。


 最低でも数千年は攻略者が出なかったこの街のダンジョン。

 しかも世界を見ても未だにダンジョンを完全攻略したという者はいない。

 たった一人で世界で初のダンジョン完全攻略を成したのだ。


 それはもう大ニュースだろう。

 その場に居合わせた冒険者や管理人、ギルド職員がわらわらと群れる。

 しかし私はもう限界だった。


「リコ、私は休みます。後お願いします」


 私はそう言ってリコに体を預けて、全ての力を抜く。

 どっと疲労が私を襲い、一瞬にして眠りにつく。


 神の使徒との戦いは尋常じゃなかった。

 限界を超えてでも集中し頭を回転させ、さらには神話級魔法を放った。その余波も少なからず受けていたわけで体のダメージは限界を突破していた。


「お疲れ様、シオン様」


 私は暖かいリコの胸で、深い深い眠りにつく。


 ◇◇◇


 その日、世界に激震が走った。


『冒険者シオン、ソロで迷宮都市イヒンズの大迷宮を完全攻略!』


 その事実は世界に即座に広められ連日話題の的であった。


 世界中の大商人が、貴族が、国王が、平民が、奴隷が。

 種族や地位すらも超えて皆が冒険者シオンに注目した。


 商人はその名にあやかって饅頭やおもちゃを作り。


 貴族はその冒険者を我が領に引き入れようと暗躍し。


 国王は我が国の戦力にしようと動き、現在シオンが滞在しているシュワルゲン王国が発言権を高め。


 世界の情勢が変わった。変わるのは必然だった。


 シオンと友好関係を築き世界は明るくなるのか、シオンの逆鱗に触れ敵対関係となり世界は暗くなるのか。


 それはまだ、誰にもわからない。

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