第4話 えすえふ

 時空警察の久守機構は2020年代に大犯罪を起こした推理雨(二十歳)を重要参考人として監視下に置き、また、今後、同じタイムトラベルを犯してパラドックスが発生しないように推理雨(十七歳)を教育することにした。


「2000万円問題が完遂したところで本人が3年後に同じ過ちを犯す可能性があります。宇宙当局の判断により金融リテラシーを身に着け、悪い借金をしない性能に改造します」


 亜麻色の髪。チワワの瞳。水平に並んだ前髪から上目遣いする女子中学生型アンドロイド。久守機構は言った。


「当局の有する現代の知識の限りにおいて、推理雨(十七歳)を、借金をしない体質に改善します」


 新生活を始めた一日目。下校途中、雨は女子中学生に捕まり、近くの公園まで引っ張られる。異性の手を握り、ドギマギした至福の時間は、彼女がアンドロイドであることを告げられ、木端微塵と化した。


「失礼ですね。現時代において人間と何ら変わりない性能を有しています。生殖行動も可能ですよ?」


「ダッチワイフみたいなのはNG」


 冗談を言いつつ、説明を受ける。2020年担当の時空警察、久守機構は、今のクローン人間に近く、99%現代人と同じである。また、女子中学生の姿に扮した理由は攻撃性のないことが証明でき、雨と身近に話せる存在が12歳から15歳の間であることを考慮した結果だという。


「あなたは女子高生と喋ると心拍数が上がり雑念を抱くことが分かりました。金融の授業を受ける過程で煩悩は邪魔です」


「悪かったな、異性が苦手で!」


 雨は妹が一人いる。ちょうど久守機構と同じくらいの年齢で変に興奮せず喋ることができる。


「男だったらダメだったのか?」


「とある理由で、私が仮に男だった場合、因果律の歪曲が生じます。ここはSF知識の少ない雨用に省略しますが、要するに、私が女でなければ世界に悪影響を与えるのです」


「なるほど。で、僕が一番話しやすい妹と同じ年になったというわけか」


 二人は周りに聞こえないように、公園に一つしかない長椅子のある談話スペースで話をする。もっとも遊具の周辺には小学校帰りの児童しかいないので話を聞かれてもアニメか漫画の話だと勘違いするはず。子供たちの楽しそうな声が聞こえてくる。


「二十歳は呼ばなくてよかったの?」


「彼は借金をあなたに丸投げしたので、責任はあなたにあります。私はあなたが金融リテラシーを付け、彼の借金を返し、ついでに、タイムトラベルした罪も償ってもらえれば結構」


「金融リテラシーって何? 競馬や宝くじを予想してくれるの?」


「宇宙法によって2020年代での未来予知は禁じられています」


「きびし」


「金融リテラシーとは、お金の知識や判断力。あなたが借金しないための勉強です」


「そんなものがあるんだったら二十歳に学んでほしかった」


 未来の彼は、金融知識がないまま、ギャンブルやFX、株の信用買いに手を出してしまった結果ああなった。もし、少しでも知識があったならばリスク許容度を考え、遊びの範囲内で負けていたはず。雨は、なぜ3年前に推理雨(二十歳)を救えなかったのか、を聞いた。


「雨(二十歳)の動きは完全にイレギュラーでした。2020年代に時空跳躍を可能とする神社を経由し、神の御業で宇宙法を違反するとは私どもは誰でも思っていなかったのです。想定外の想定外です」


 バタフライエフェクトというものがある。彼方で蝶が羽ばたくと、全く別の場所で台風が起きるという話。未来の彼がしたことは宇宙を歪ませるほどの大事件だったらしい。


「詳しい話は省きますが、宇宙監視下に置かれた地球でウルトラC級の変動が起きました。私どもは決められた未来に修正するため、雨(二十歳)の借金を終わらせて雨を再教育します」


「未来の僕のタイムスリップがそんなにやばかったんですか?」


 思わず敬語になる雨。


「はい、未来の、彼のせいで、ブラックマンデーやリーマンショック級の経済災害が起き、自殺者が急増して地球環境を大きく乱すことが予想されました」

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