観察記録NO.0020000

『○月□日・晴れのち●●』

 今日は身体の検査を受ける日です。

 部屋で待っていますと、看護師さんが呼びに来てくれました。

「村町さん。検査の順番が来ましたので、検査室に行きましょう。ご案内、致しますね」

「はい。宜しくお願いします」

 私は頷いて、看護師さんの後について行きました。

──いったい、どんな検査を受けるのでしょう。

 注射で血を採ったり、機械に入って写真を撮られたりするのでしょうか。

 何が始まるのか分からなかったので、私は少し不安になりました。

 それでも、お父さんやお母さんは仕事が忙しくて付き添いに来てはくれなかったので、私一人で頑張らなければなりません。

「エレベーターもありますけど階段で上の階に上りましょう。付いて来て下さい」

 私は看護師さんの先導の元、廊下を歩いて検査室へと向かいました。


 それから全てを終えるのに、待ち時間も合わせると一時間程は掛かったように思います。

 普段は病室に閉じ籠もりきりの私からすれば、ちょっとしたイベントで良い気分転換になったものです。


 私は真っ直ぐに、自分の病室へと戻りました。どうせ他に行くところもないのですから、そうする他ありません。

 それに、久し振りに部屋を出て歩いたので足腰が悲鳴を上げて震えていました。何度も倒れそうになるのを堪えて、手すりを持って体を支えながら私は壁伝いに病室へと戻ったのです。


 病室の扉を潜ると、ふとベッド周りのカーテンが閉まっているのが目に入りました。

 私が部屋を出る時に閉めたのでありましょうか。流石にそこまでは意識していなかったので憶えておりません。

 何の迷いもなく、私はカーテンを開けました。

 そして、ベッドの上——布団を被って横になっている男の人と目が合ったのです。

「きゃあっ!」

 私が驚いて悲鳴を上げると、ベッドの上の男性も驚いて飛び上がりました。

「グエッ、ギョギョギョッ!」

 その男の顔には見覚えがありました。なんせ、それは隣りの魚魚さんだったからです。

 仰向けに寝そべった魚魚さんは布団を剥ぐと、昆虫のように上を向いて手足をジタバタと動かし始めました。

 私は急に魚魚さんが取り始めた行動の意味が分からず首を傾げます。

 そんな私に訴えるかのように、魚魚さんは窓側のベッドを指差しました。


──君のベッドは向こうだよ!


 いえいえ、そんな筈はありません。窓側のベッドこそが魚魚さんのスペースであります。

 それなのに魚魚さんはまるで、その廊下側のベッドスペースが自分の場所であるかのように、平然と寝そべっているのです。

 勿論、私のベッドなのですから、そのベッド周りには私の所持品が変わらずそれまで通りに置いてありました。

 可愛らしいピンク色のウサギの縫いぐるみやお姫様が描かれた絵本——どれもこれも、私のものであります。到底、それが魚魚さんの趣味であるとは思えません。

「ここは私のベッドですよ!」

 抗議の声を上げますが、魚魚さんは肩を竦めるばかりでそこから動こうとはしません。

 そればかりか、魚魚さんは枕元のナースコールを手に取ると、躊躇なくそのボタンを押したのでありました。

『どうされました?』

 すぐにスピーカー越しに看護師さんから応答がありました。──ところが、魚魚さんは何も答えません。

『あの、イタズラはやめてもらえませんかね』

 看護師さんの声が不機嫌になります。イタズラとでも思ったのでありましょう。

 私のベッドからの通知でありますから、このまま何も言わなければ私の心証が悪くなることでしょう。

 私は魚魚さんを押し退けると、慌ててマイクに向かって叫びました。

「違いますよ! すぐに来てください!」

『はぁ……。分かりましたよ』

 ガチャリと通信は切れました。

 それから私は、看護師さんが駆け付けてくれるまでの長い時間、魚魚さんを前にして気まずい沈黙に耐えなければなりませんでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る