第12話 太郎さん

 ──太郎さん。

 この名前をお持ちの方は快く思わないと思うけど、太郎さんとはG◯◯◯のことを言う。

 何故太郎さんなのかは定かではないが、たいした理由はないのではないだろうか。それがいつの間にか定着していただけ。・・・・・・太郎さんが太郎さんを潰すときって、どんな気持ちでやっているんだろう。

 さて、何故今この話をしたのかというと、私とおっさんを二足歩行で二メートルほどある太郎さんが囲んでいるからだ。何を言っているんだと思った皆さん、ここは現実リアルではなく非現実ゲームの世界だということをお忘れではないかな? そう、つまり、そんな太郎さんがいてもおかしくはないということだ。

 頭逝っちゃってるね、このゲーム開発した人は。

 太郎さんがリアル過ぎるんだから、目の困りようったらありゃしない。

 本格的にヤバいです。メイドだからなんだ。戦闘メイドだからなんだ。太郎さん嫌いに決まってるじゃない! 鮮花さんなら躊躇いなくるんだろうけど、私には無理。

 戦略的撤退? 戦略的かどうかはともかくとして、撤退することができない。

 『飛行』スキルがあるけど、無理なんだな、これが。何故ならば、上にもいるから。

 さっきいた森の中心、拓けている場所からなら飛べたけど、今は無理。

 嫌な状況だよ、本当。

「因みにオレの名前はな、タロウと言うんだが」

「そこでその名前を言いますかね普通」

「だがな、嬢ちゃん。何を話せばここから脱出出来ると言うんだ?」

 それはそうだけど! あいつらのことなんか考えたくもないんだよ!

 しかしながらこの状況でどうやっても解決方法など見つかるわけがない。

 とにかく、どうにかしてここから脱出する案を出さなくては、と私は考えるが、どう考えても詰んでいる。

 G◯◯◯嫌いな人のためのトラップだね。カメムシも嫌だよ。あ、そうそう、こんなことが前にあったんだ。ちょっと服を重ねておいたんだけど、その間に手を入れたら、死んでたのかわからないけれど、カメムシがいて、それを右手でがしりと掴んじゃったんだよね。あれ、何か触ったなーと思って、あれ何か匂うと思い、手を鼻に近づけると、つーん、と臭いのかよくわからない匂いが、臭いがして、それがだんだん強烈な臭さとなり、鼻に残ったんだよ。しかも、右手さ、洗っても全然臭い取れなくて、大変だった。

「いや、そんな話をされても、何て返せばいいのか困るのだが」

「G◯◯◯=カメムシってとこあるでしょう?」

「わからん」

 うん、ごめん、わからないわ、私も。

 って、そんなことはどうでもいいんだよ! 自分で脱線させたんだけど。

 ──先人曰く、クリスマスプレゼントはお早めに。だそうだよ。

「いやだから、そんな話をされても、何て返せばいいのか困るのだが」

「答え=クリスマスプレゼントなとこあるでしょう?」

「知らんがな」

 うん、ごめん、私も知らないわ。

「では、太郎さんどうしようか作戦を開始します!」

「作戦なんて聞いてないぞ」

 当たり前です。言っていないので。というか、私も知りません。

「ダメじゃねぇか」

 そんなことはありません。今思い付きました。

 こぇよ、とおっさんは言い、この状況を打破できる作戦があるのならば聞こうじゃないかと、なんだ、と問うてきた。

 ごほん、とわざとらしく咳払いをし、その作戦を話した。

「おじさんブッ飛べ爆弾砲!!」

「オレ死ぬじゃねぇか」

 拒否されました。




◇◇◇




 メイドリスたちが太郎さんに包囲されている頃、村では──処刑が始まっていた。

 男一人が広間で十字架に貼り付けにされており、その回りに立つ兵士たちの手には松明があった。

 一際大きな松明を持った黒の甲冑を着た兵士が十字架に貼り付けにされている男に火を放った。

 ゴウ!! と一瞬で燃え広がる。男には火がよく燃える水ガソリンがかけてあるからだ。

 黒の甲冑兵士が手をあげると、回りにいた兵士が一斉に火を放った。

 男が燃える。先程より火が強くなり、その火が空気を温めた。

 それを見ていた村人たちには、泣く人、歯を噛み締める人などがおり、村はいつも通りの賑わいさを失っていた。

 燃え盛る十字架からは、悶える声が聞こえる。だが、その炎は消えはしない。

「・・・・・・ふん、領主様に不敬なことをするからだ」

 黒の甲冑兵士はそう言い、踵を返した。もう用は済んだとそう言うかのように。

 この出来事は、流れる数多の時間の一コマでしかなかった。ただその事実があったというだけでこれ以上何かが起こるということはない。あるとするならば、

「・・・・・・やる」

 あるとするならば──

「・・・・・・殺してやる」

 ──復讐心だけだろう。

 その復讐心が自身の身を滅ぼす前に滅ぼせばいい。タイムリミットは近いが、

「殺すのは、容易い」

 その人は女性だった。名をマリー=アンヌ・シャルロット・コルデー・ダルモン。とある世界の一部では有名な暗殺者。別名、暗殺の天使──。

 

 もう一度言うが、この出来事は、流れる数多の時間の一コマでしかない。ただその事実があるだけである。



◇◇◇



「やっぱり、騎士たち来ないね・・・・・・」

 私は囮だ。来ないのは当たり前である。しかし、結構な時間こうして突っ立っているけど、何もしてこないな、太郎さんと騎士たち。何か仕掛けてくると思ったけど・・・・・・というか、いつまで太郎さんをみていればいいのか。

「なあ、嬢ちゃん」

 おっさんが私の顔を覗くようにして呼ぶ。何ですか、と聞くと、

「トイレどっかねぇかな」

 と頭を掻きながら言った。

 言わないでくださいよ、と私は心の中で言うと、急に下腹部に違和感を覚えた。

(うぃ~、おっさんのばか。──う、うぅ)

 つまり、私もトイレに行きたいのだ。

 どうにかしてこの場から抜け出さなければならない。

「嬢ちゃん、トイレ作ってくれ」

「無理です」

「じゃ、ここでする」

「しないでください!」

 言うと、だってよー、と唇を尖らせた。・・・・・・それは女の子がやるからいいんですよ。おっさんがしないでください。気持ち悪いです。などとは言わず、「じゃあ、太郎さんにかければいいじゃないですか。もしかしたら、逃げていくかもしれませんよ」と冗談で言ったのだが、「お、そりゃ言い考えだ」と言って太郎さんに近寄っていった。

 それを見ながら私は呟く。

「なんで襲ってこないんでしょうかね」

 普通、どんな生物も知らぬ生物が近寄ってくれば逃げたり攻撃を加えたりする。しかしこの太郎さんたちはそれがない。何もするなと命令されているかのように。

 ───と。

 ちょろちょろちょろ~

 そんな音が聴こえてきた。何かと辺りを見渡して──そこに目が行く。

 おっさんが太郎さんに尿をかけていた。

「アウトッ!」

 私は叫んだ。しかしだからなんだとばかりにおっさんはかけまくる。

「って、何で太郎さん逃げたり攻撃しかりしないの!?」

 不思議で仕方がない、と私は額に手を当てる。

 ゲームの不具合かもしれないが、既に気付いてもいい頃だろう。ならば、そういう仕様なのだ、と私は考えた。

 とは言っても、逃げられるかと言えば、どちらとも言えない。

 はあぁ、と溜め息を吐く──

 ──バサバサバサ・・・・・・

 音が、聴こえる。そう、あの嫌な音が。

 そして─────ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッッッッ!!!!

 私たち──ではなく、おっさんから逃げるようにして、太郎さんたちが一斉に飛び上がり、何処かへ去っていった。

「お、嬢ちゃん。いけたな」

 何がどうなっているのかと頭を抱えていると、そんな気も知らないおっさんが声をかけてきた。

「おじさん・・・・・・」

「お、なんだ?」

「・・・・・・すごいですね、いろいろと」

「何か、〝いろいろ〟のところが気になるが、おうよ、どういたしまして」

 こうして、太郎さん事件は幕を下ろした。


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