第19話「激闘、虚空を切り裂いて」

 真空の宇宙が絶叫に震える。

 怒号どごうと悲鳴、無数の声で星の海は燃えていた。

 その全てが、摺木統矢スルギトウヤの手から生み出される。

 幾度となくパラレイドは……新地球帝國しんちきゅうていこくは襲い来る。短距離の次元転移ディストーション・リープを用いた、圧倒的物量による連続波状攻撃だ。

 集中力を維持して、その全てを仲間たちと退けてゆく統矢。


『統矢さんっ、次が来ます。第七波、エンジェル級! 数は40! 飛行機のやつ、変形するバルトロマイですっ』

「わかった、先制する!」

『コンテナ内のミサイルを再装填、これが最後っ』

「弾切れか! そっちでマーカーを割り振って、デカいやつから優先してロックオンを頼む」


 更紗サラサれんふぁの声も、今日は緊張に強張っている。

 巨大な武器庫である【樹雷皇じゅらいおう】でも、戦闘がすでに二時間を超えている中で弾薬が尽きてくる。それでも、砲身400mを誇る集束荷電粒子砲オプティカル・フォトンカノンと左右のグラビティ・アンカー、そしてコントロールユニットとして搭載されている97式【氷蓮ひょうれん】ラストサバイヴは健在だ。

 統矢は、前方の宙域に揺らぐ虹が弾けると同時に、機体を加速させた。

 眩い光の中から、敵が現れる。

 最初は大量の無人機だったが、今は違う。

 エンジェル級パラレイド、バルトロマイと呼ばれていた変形機構を有する人型機動兵器である。

 その何割かが、【樹雷皇】を避けて後方へ飛び去ろうとした。


「いかせてやるかよっ! れんふぁ!」

『はいっ! 集束荷電粒子砲、緊急チャージッ! ――きゃっ!』


 統矢は強引に【樹雷皇】を反転させる。

 重力制御によってコクピットはある程度保護されているが、それでも殺しきれぬGにれんふぁが悲鳴をあげた。だが、申し訳なく思いつつも統矢の殺意がトリガーを押し込む。

 その場で全身のスラスターを使って、【樹雷皇】は向きを変えた。

 それは、後方の天城あまぎへ向かうバルトロマイが、戦闘機形態から人型形態に変形するのと同時。エンジェル級の中でも、バルトロマイの危険度は一番高い。変形を駆使した機動力は驚異だ。


「天城はやらせるかよ……消し飛べっ!」


 【樹雷皇】の中心線を貫く巨砲が、苛烈な光の奔流ほんりゅうを吐き出した。

 白く染まる宇宙の闇が、そのまま無数の影を消し去ってゆく。

 同時に、背後に回り込んだ別の敵へとマイクロミサイルが叩きつけられた。全領域対応型駆逐殲滅兵装統合体ぜんりょういきたいおうがたくちくせんめつへいそうとうごうたい、【樹雷皇】に死角はない。奥の手として、マーカー・スレイブランチャーと呼ばれる遠隔操作型の浮遊砲台も搭載されている。

 だが、統矢は雑魚をミサイルで処理しつつ、マーカー・スレイブランチャーを温存するつもりだ。

 必ず出てくるであろう強敵……メタトロンとの最終決戦に備えているのだ。


『砲身冷却開始……統矢さんっ、次が来ます』

「天城は?」

『後方、距離1,200! 健在ですっ! 辰馬タツマ先輩たちが守ってますから』

「だな」


 まだまだ前方には、不気味なオーロラにも似た光が広がっている。

 だが、この作戦が失敗した時……これから向かう宙域に、過去最大の次元転移反応が現れる。そして、異なる平行世界の地球から大軍が押し寄せるのだ。新地球帝國の残党、その主力部隊である。

 ちらりと統矢は、サイドモニターに表示されているカウントダウンを見やる。今の天城は、最大戦速で真っ直ぐ進む矢だ。自動航行システムは、大量に搭載された全ての核弾頭と連動している。


「あと一時間を切った。もうひと踏ん張りだな」

『統矢さん、減速お願いしますっ。後方から沙菊サギクちゃんたちの火力支援っ』

「了解」


 今度は周囲に敵がいないので、丁寧にスピードを殺してゆく。その間も、【樹雷皇】の側のコクピットではれんふぁが忙しくキーボードを叩いていた。彼女が火器完成を一手に引き受けてくれるので、煩雑はんざつなシステムの【樹雷皇】を統矢は完全に掌握している。

 ゆっくり減速すれば、追い付いてきた天城がちょうど横に並んだ。

 無人になった巨大戦艦と並走すれば、背後から火線が無数に飛来する。

 そして、援護射撃が導く先で再び次元転移の反応。


『まだ来る……第八波、あれっ? 統矢さん』

「どうした、レンファ」

『数、600! でも、全部無人機……デーミウルゴス級ですっ』

「あの竜みたいなやつか。妙だな?」

『あっちも弾切れ、っていうか、ネタ切れ? なんでしょうかぁ』

「だったらいいけどな。――っし、行くぞれんふぁ!」


 統矢はまだ、気を緩めてはいない。

 非人型の機体は全て無人機だが、デーミウルゴス級はその中でも最大の威容を誇る。今、群れなす竜が殺意のうずとなって、【樹雷皇】と天城の前に立ちはだかろうとしていた。

 数で押されるのは想定の範囲内だ。

 むしろ、想像の範疇を出ない攻撃に統矢は神経を尖らせる。


「どこだ……どこで見ている、スルギトウヤ! 俺の戦いは……この戦いは、お前を倒さない限り終わらない!」

『と、統矢さんっ』

「わかってる、俺は冷静だ。けど……あいつとレイルは必ず出てくる。その時は」


 迷わず、殺す。

 どんな手段を持ってしても、スルギトウヤ大佐だけは生かしてはおけない。だが、リレイド・リレイズ・システムによって完全に人格と記憶を管理されているので、殺してもどこかに生まれ変わる。本人が望むなら、トウヤは再び統矢の世界線に生まれ落ちてくるだろう。

 それについても、あらかじめ御堂刹那ミドウセツナが対策を講じてくれている。

 殺したいけど、死なせてはいけない。

 ただ、復讐の輪廻りんねに囚われたトウヤを、命だけはそのままに意思を殺さねばならないのだ。


「しかし、デカブツが600機もいると流石さすがに……くそっ! 使うか!」

『マーカー・スレイブランチャー、スタンバイ。えっと、全部? う、うんっ、全部! 行ってーっ!』


 【樹雷皇】の巨体に備え付けられた、左右の巨大兵装コンテナが開く。垂直発射セルから、無数の光が虚空こくうへと舞った。それは全て、レンファのオペレーティングで流星となる。

 温存したかったが、しかたがない。

 数もそうだが、デーミウルゴス級は最強の無人機だ。

 神話や物語に描かれたドラゴンの姿は、決して張子の虎ではないのだ。


『あっ! いけない……あわわ』

「どうした、れんふぁっ!」

『い、いえ、大丈夫ですっ。ちょっと鼻血が……知恵熱、みたいなものだと思います。でも、平気っ。ティッシュ詰めときますから』


 【樹雷皇】はグラビティ・ケイジを全開にしたまま、群がる敵を次々と撃墜してゆく。マーカー・スレイブランチャーはれんふぁの繊細な操作で、敵の死角に潜り込んで必殺の一撃を放ち続けていた。

 そう、全てれんふぁのマニュアル操作である。

 のぼせてしまうほどに彼女の脳はフル回転しているのだった。

 とはいえ、この極限状態でもれんふぁは、いつもの調子だ。それが少し頼もしくて、自然と統矢にも笑みが浮かぶ。

 突如、ゴン! と機体がかる揺れたのは、そんな時だった。


『統矢さんっ!』

「被弾したか? グラビティ・ケイジは!」

『右主翼の上に敵が! 取り付かれました!』

「くっ! 図体ずうたいがでかいからな、【樹雷皇】は!」


 すぐにモニターで確認する。

 【氷蓮】が首を巡らせれば、魚群の中を泳ぐような【樹雷皇】の主翼に、人影。人型、一つ目モノアイのエンジェル級が立っている。

 高速で自在に動く【樹雷皇】の巨体に対して、直接張り付いての攻撃は有効だ。

 統矢も警戒はしていたが、これをレイル以外に許すとは思わなかったのだ。

 緑色の一つ目、エンジェル級イザークがマシンガンを向けてくる。

 今の【氷蓮】は、【樹雷皇】のコントロールユニットとして固定されている。残念だが、銃弾を避けることもできないし、反撃に撃つべき火器も使えない。

 れんふぁもマーカー・スレイブランチャーの一部を回そうとしているが、【樹雷皇】そのものを自分で撃ってしまうことにもなりかねなかった。


『――統矢君っ!』


 声が走った。

 凛冽りんれつたる深き青が、愛しい声を叫ばせていた。

 瞬時に統矢は、阿吽あうんの呼吸でバレルロール。れんふぁの小さな悲鳴を聴きながらも、強引に【樹雷皇】を回転させる。

 切り身もで飛ぶ巨体から、流石にイザークが落ちそうになっていた。

 だが、ここは無重力の宇宙空間……思ったよりも引き剥がせない。

 それでも、五百雀千雪イオジャクチユキの声を迎えて統矢は任せた。


「千雪、任せるっ!」


 刹那、衝撃インパクト

 大型のパンツァー・モータロイドが、イザークの前に着地した。【樹雷皇】の翼の上で、鋼の修羅が一つ目鬼イザークを睨み返す。六つの瞳が一点を見詰めて、引き絞る拳が重力場を集束させていた。

 千雪の【ディープスノー】は、鋼の一撃でイザークを穿うがつ。

 真っ直ぐ放たれた正拳突きが、取り付いてきた敵を消し飛ばした。高速で飛ぶ【樹雷皇】から落下したイザークは、遙か後方で爆散する。


『処理しておきました、統矢君』

「助かった……さっきのデーミウルゴス級、他の機体を搭載して飛んできたみたいだ」

『【樹雷皇】への対策としては有効ですね。でも、統矢君とれんふぁさんは私が守りますから』


 頼もしい恋人である。

 大切な恋人たちである。

 守りたい者の全てが今、統矢を守りながら戦ってくれていた。


『千雪さん、ありがとうございますっ』

『れんふぁさん……鼻血、大丈夫ですか?』

『あっ、うん。もう止まったかもしれないですぅ』

『……ちょっと、女子力ががっかりな感じですが』

『えーっ、千雪さんに女子力を言われるんですかぁ? なんか、フクザツ』

『私の女子力は完璧ですよ? 瓦割かわらわりなら12枚はいけます』

『……女子力って、そういう物理的な力じゃない気がします、よ?』


 少しだけ緊張感が緩んだ。統矢もサイドモニターで、腕組み立ち尽くす【ディープスノー】に頬を崩す。

 だが、ささやかな一時が一瞬で終わった。

 次の次元転移反応は、かなり小さい。

 そして、その中から現れたのは……たった一機。

 そう、ただ一機のPMRパメラが悠々と姿を現したのだった。

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